第三十話 翡翠マリモと七つの海の恵み
フロート・オーブの表面に到着したナナミ。
手をかけると、ぷよりとした弾力が指先を跳ね返した。
「……不思議な手触り……」
(安心して。中はもっと柔らかいわよ)
「もっと……?」
アストラルの言葉どおり、膜をそっと押し広げると──
内側はやわらかな光の海だった。
淡い緑の光が静かにゆれていて、まるで巨大な水風船の中に入ったみたい。
「……すごい……昨日と全然ちがう……!」
(こっちは鉱石が少なくて海藻が多い。“光の反射”が散るの。ほら、だから翡翠みたいでしょ)
ナナミは感嘆しながら、手袋を装着し採取鞄を抱えなおす。
「よし……じゃあ、採取開始だね!」
◆
マリモ内部の柔らかな地面を進むと──
最初に見つけたのは、淡く発光する大きめの貝だった。
「これ……光ってる……!」
(それ、《晶海牡蠣》ね。魔力を吸って育つから縁が光るの)
慎重に持ち上げると、ずっしりと重い。
旨味が詰まっている証拠だとアストラルが教えてくれた。
「ミストさんの言ってた“高級食材”……きっとこれだ!」
ナナミは丁寧に採取鞄へとしまう。
◆
少し奥に進むと、丸い影がゆらゆら揺れていた。
「な、なにこれ……かわいい……!?」
(《シェルマロウ》よ。ぶら下がってるだけの貝。味は保証するわ)
摘むと“もちっ”としていて、ぷにぷにしている。ナナミはつぶれないようにそっと手袋で包む。
煮物にすると美味しいらしい。
「今日の報酬も嬉しいけど……食べてみたいものばっかりだなぁ……」
◆
さらに光の筋が差す方向へ向かうと──
淡い緋色の殻をしたホタテが、海藻の隙間で丸く光っていた。
(あれが《潮珠ホタテ》ね。珍しい食材で、とても上品な甘みがあるわ)
「わ……大きい……!」
そっと両手で抱えると、じんわり温かかった。
◆
足元には青い薄い板のようなものがふわふわと漂う。
「あれは海苔……? 綺麗……」
(凝固した藻──《青藻海苔》よ。乾燥すると香りがとても良くなるの)
「食材の宝庫すぎない……?」
◆
その時だった。
「……えっ、なにか動いた──」
マリモの影の中を、小さな影が“こそこそっ”と横歩きする。
(あれは《フロート・カニ》ね。泡をまとって歩くの。ほら──)
カニは驚いた拍子に、ぷくぷくと小さな泡を出した。
「か、かわいい!!? びっくりしたけど……かわいいッ!」
(持ち帰る時は壊れないように注意してね。やわらかいから)
ナナミはほわほわした気持ちのまま、小さなカニを一匹そっとカゴへ。
◆
奥では、小さな光がきらりと舞っていた。
「……え……魚……? 透明……?」
(《ガラスウロコの稚魚》。光を集めて泳ぐのよ。ほら、触れてごらんなさい)
そっと指を伸ばすと──稚魚は光の粒のように弧を描いて逃げた。
幻想的で、息を呑むほど美しかった。
「綺麗……こんなの見たことない……」
◆
素材を抱えて満足しかけた時──
アストラルの声が、少しだけ真剣に低くなる。
(──ナナミ。止まって)
「えっ……?」
(あそこ、見える? 光を吸い込んでいる場所)
ナナミは目を凝らした。
海藻の奥、死角になったくぼみに──
透明な雫のようなものが静止していた。
「……綺麗だけど、ただの石だよね……?」
(いえ、それは違うわ)
アストラルがそっと調子を落とす。
(《ミラージュ・コア》──幻像核結晶。
食材ではない。きっと、この時代の誰も価値を知らない素材よ)
「価値……?」
(ナナミ……これは、あなたの“未来”のための道具。必ず持っていきなさい)
胸がじんと熱くなる。
「……わかった!……ありがと……アストラル」
(ふふ。すぐに役に立つ場面が来るわ)
◆
すべての素材を採り終えると、採取鞄はずっしりと重かった。
「いっぱい……採れた……!」
(ええ。初依頼としては、十分すぎる成果よ)
ナナミはマリモの出口へ向かう。
翡翠色の光が、まるで背中を押すように揺れた。
「……行こう。ギルドに届けないと!」
(ええ、ナナミ。あなたの初仕事──素晴らしい成果よ)
光に包まれながら、ナナミはフロート・オーブを後にした。
⸻次の話へ続く。




