第二十九話 アイアン級・初依頼
差し出された依頼書を受け取ると、ミストはページを開いて丁寧に説明を始めた。
「こちらが──ナナミさんの初依頼になります。
依頼内容は〈フロート・オーブ〉 ──通称マリモからの食材採取です」
「ま、マリモに食材……?」
ミストは指先で依頼書の地図を示した。
「座標は X18、Y16、Z-28。
直径十メディルほどの“小型マリモ”がひとつ流れ着いていて、内部や周囲に貝類の食材が多く棲息しています。
これらを採取し、依頼主に納品する──という内容ですね」
「貝……食材……!」
「危険度は低めですが高級食材も見つかり、初心者でも確実に成果を出せる、良い依頼ですよ。
成功報酬は 銀貨八枚。アイアン級としては十分です」
(ナナミ、いい依頼よ。無理がなくて、でも“ダイヴァーらしい”初仕事)
胸の奥が高鳴る。
ついに──本当に、自分が海へ潜って仕事をするんだ。
「……受けます! この依頼、やらせてください!」
「はい。では正式に受託として登録しますね」
ミストが微笑み、書類に印を押した。
その音が“コツン”と鳴り、ナナミの覚悟にも小さく火を灯した。
◆
ギルドを出る前に、巨大なハープーンを背負った例の金髪の女性ダイヴァーがふらっと近づいてきた。
「ナナミちゃん。マリモの貝採りなら、貝のトゲがけっこう鋭いから気をつけなね〜。
見えづらいから油断しがちなんだよ」
「えっ、そ、そんなのが……!」
「うん。グリーンリーフ堂で採取工具セット買ってるなら採取手袋あるから必ず使うんだよ。」
「採取手袋……使います。ありがとうございます!」
「困ったらいつでも声かけなよ~、女子は女子の味方ね〜!」
ひらひらと手を振りながら去っていく彼女を見て、胸がじんと熱くなる。
(よかったわね、ナナミ。ほんとに温かいギルドよ)
「うん……すごく、嬉しい……」
ナナミはそっと潜海証に触れ、海辺へ向かって歩き出した。
◆
潮風が頬に触れた瞬間、胸が“きゅっ”と締まる。
「……初依頼……わ、わたし……できるかな……」
(できるわ。あなたは昨日より確実に強くなっているもの)
「昨日より……」
(ええ。海に入ればもっとわかるわよ)
その言葉に少し肩の力が抜けた。
◆
海へ足を踏み入れると、ひんやりとした水が足首を包む。
ナナミは深呼吸し──昨日と同じ訓練を始めた。
(さ、魔力循環を。吸って──流して──戻す)
「すう……ゆっくり……」
胸の奥がじわりと温かくなり、背中を通って指先へと流れる。
昨日はぎこちなかった流れが、今日は驚くほど滑らかだった。
(……いいわね、ナナミ。昨日よりずっとスムーズよ)
「ほんとに……! なんか、体が軽い……」
(海の魔力に、あなたの身体が馴染んできたのよ。才能だわ)
褒められるたび、胸の奥がふわりと浮く。
こんな自分になる未来があったなんて、思いもしなかった。
◆ ◆ ◆
その時だった。
「……あれ?」
周囲の水が、いつもより“少し重い”ような妙な感触をまとった。
(……海流が、ほんの少し変ね)
「変……?」
(浅瀬の流れじゃない。深場の潮が入り混じってる……まあ、危険じゃないから安心して)
「う、うん……」
遠くの水面が一瞬だけ――“ゆらり”と揺れた。
影のような、光のような……説明のつかない違和感。
(気にしなくていいわ。海がざわつく日はあるもの)
「……なんだろう、変な感じ……」
(でも──ほら、見て)
アストラルの声に導かれるように顔を上げると──
「……わあ……!」
光が海中に散りばめられ、緑の球がゆっくりと揺れていた。
昨日見た〈青の洞窟〉を抱えたマリモとは違う。
こちらは海藻が絡まり、淡い翡翠色が水の流れにきらめきを放っている。
──似ているのに、まったく違う美しさ。
(昨日のマリモとはまた違うでしょう?
同じ種類でも、環境でこんなに色を変えるのよ)
「うん……こんなに綺麗なんだ……」
光を飲み込みながら揺れるその球体は、エメラルドの宝石のようだった。
(さ、ナナミ。あれが今日の目的地よ)
「……うん!」
緊張を押し流すように、ナナミはぐっと指先に力をこめる。
水流が背中を押すように優しく流れ──
(到着だね、ナナミ)
「──行こう!」
ナナミは煌めくフロート・オーブへ向けて、力強く泳ぎ出した。
――――続く。




