閑話 エクセイルの覚悟
エクセイルはドレッド・シャークに向けて構え、臨戦態勢をとる中……
──突如、ドレッド・シャークが“消えた”。
水が圧縮されるような静寂。
次の瞬間、横合いから黒い閃光が襲いかかる。
「ッ──!」
ギリギリで槍を構えて受け流す。
だが衝撃で腕が痺れ、身体ごと後方へ吹き飛ぶ。
水中が揺れる。
魔力膜がビリビリと振動し、警告めいた光が走る。
(……速すぎる……! 本当に、同じ“海魔”かよ……!)
エクセイルはすぐに身をひねり、横から迫る第二撃を避ける。
鰭が水を裂く音すら聞こえない。
ただ、避けた後に“何かが通った痕跡”だけが残る。
「クソッ……来いよッ!!」
彼は渾身の力で槍を振るう。
黒い刃が目の前を横切った瞬間、隙を狙って突き込む──が。
──キィンッ!
硬い。
まるで金属を突いたような感触が腕を逆に痺れさせた。
(硬すぎる……! 鱗が……ネームド級みたいじゃねえか……!)
ドレッド・シャークがひるみもしないまま、口を開く。
その奥に、渦のような暗流が巻き上がる。
「──ッ!?」
エクセイルは身を翻し、死角へ逃げるように動く。
しかし追ってくる速度が異常だ。
暗海域の水圧を無視しているかのように、影がひたすら迫る。
(逃げきれない……!
こいつからは……絶対に逃げ切れない……ッ!)
頭では理解している。
だが身体は戦闘の負荷と魔力膜の維持で限界に近い。
(もっと……魔力を乗せて槍を振らなきゃ……!
けど……そんなことしたら魔力膜が保たねぇ……!
この深度で膜が崩れたら──即死……!)
葛藤が、胸を締め付ける。
ドレッド・シャークはその迷いを嗅ぎ取るように加速した。
水が爆ぜた。
「──ッ!!」
エクセイルは槍を振り下ろす。
だがやはり鱗に弾かれる。
さらに尾の一撃が迫る。
「ぐっ……あああッ!」
脇腹から食らい、身体が回転しながら吹き飛ぶ。
内臓が揺れ、呼吸が乱れ、魔力膜の色がさらに薄くなる。
(まずい……もう限界が……!
このままじゃ……一撃で、押し潰される……!)
しかし、逃げても追いつかれて終わり。
だったら──と、彼の中で一つの覚悟が固まる。
(……なら、一撃に賭けるしかねぇだろ……!!)
エクセイルは深く息を吸い込む。
魔力膜が悲鳴を上げても構わず、魔力を槍に集中させる。
槍全体から、青白い火花が散った。
暗海域の冷気に逆らうように、魔力が燃え上がる。
「……来いよ……!
俺はまだ……折れてねぇ!」
ドレッド・シャークが口を大きく開く。
全身の鱗が逆立ち、突撃態勢に入る。
──その瞬間。
「今だ……ッ!!」
エクセイルは全身の魔力を叩きつけるように加速。
死角へと一気に回り込む。
そして。
「おおおおおッ!!」
渾身の槍が、ドレッド・シャークの脇腹へ突き刺さる。
──ゴギャッ!!
金属を砕くような衝撃。
黒鉄の鱗がはじけ飛び、赤黒い血が散った。
ドレッド・シャークが短い悲鳴を上げ身体をくねらせる。
「ブォォォ……」
(通った……!やったか……!)
しかし──。
その傷は、巨体を止めるほど深くはない。
ドレッド・シャークの複眼が、ゆっくりと、エクセイルを捉えた。
先ほどまでとは違う。
“捕食対象”としてではない。
明確な──“敵”として。
水が震える。
サメの全身から、怒りと殺意が噴き出した。
(……やばい……完全に……こっちを“殺す”つもりだ……)
逃げ場はない。
魔力も残りわずか。
魔力膜は今にも破れそうに震えている。
エクセイルはゆっくりと目を閉じた。
(……あぁ……ここまで……か……
ナナミ……お前が見た景色を……
俺も追っていけると思ったんだが……)
ドレッド・シャークが、闇そのものを裂く勢いで突進してくる。
海が震え、圧が押し寄せる。
──巨大な影が迫る。
エクセイルの心臓が、ひとつ大きく脈打った。
………………………………続く。




