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アビス・グランブルー 〜クラン追放された最底辺ダイヴァー、わたしはやめたくなかった〜  作者: ロートシルト@アビス・グランブルー、第二章毎日20:00更新
第一章 深淵での出逢い

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第三話 深淵の海の底で

 落下が止んだ。

 

 深海の闇は、黒すら失っていた。ただ“濃度の高い空虚”が広がっているだけだ。

 

 アビスリフトから放り出されたナナミ。


 すると即座に、身体を押しつぶすような極めて強い水圧が襲いかかる!


「――ッ……!」


 肺が悲鳴を上げる!


 当然だ。ここは差し込む光すらない昏く深い深海。海は深ければ深いほど、水圧という現象は牙を剥く。


(だめ…息が…身体が…わたしここで死ぬの……いや……)

 

 視界が暗く染まりかけたその瞬間、ナナミの体表に小さな光の粒が弾けた。


 ぱち、ぱち、ぱち――。


 薄く、揺らめく膜が彼女を包む。魔力膜。


 本来なら上級ダイヴァーでさえ深海で維持できない魔力膜。そのはずが、ナナミの意思とは無関係に展開した。


(なんで……? どうして……わたしの魔力が……こんな場所で……)


 これが出来ないから追放されたのに。


 そう思い疑問が浮かびかけた瞬間、大きな影が“動いた”。


 ゆら……り。


 違う。

 “影”ではない。

 “大きすぎる何か”が、ナナミのそばを通り抜けたのだ。


「ひ……っ!」


 呼吸が止まる。


 いや、そもそもここでは呼吸すらできていない。魔力膜が無理やり体を生かしているだけだ。


 目を凝らすと、“それ”がゆっくりこちらを向いた。


 巨大なサメ型の海魔だった。

 しかし、その姿はナナミの知るサメとは似ても似つかない。


 体表は黒い棘のような突起で覆われ、目は血のような赤。

 口の奥には何重にも連なる歪な歯列が、生物の形を否定するように蠢いていた。


 ――禍々しい。


 その一言しか浮かばない。


 海魔の瞳が、ナナミを射抜く。

 次の瞬間、闇が裂けるほどの速度で突進してきた。


「いやぁああああッ!!」


 身体が勝手に動き、必死に逃げる。

 だが深海では身体の動きが重い。

 海魔はあっという間に距離を詰め――


 ガッ……!


 海水が震える衝撃。

 しかし噛みつきはナナミを通り抜けた。


(……? 当たってない……?)


 違う。

 海魔の牙が貫いたのは、ナナミの“背後”だった。


 巨大な魚型の海魔が、まるで薄皮のように裂ける。

 骨と肉片がゆっくり漂い、赤黒い血が深海に糸のように溶け出す。


(わたし……狙われて……なかった……?)


 サメ型海魔はナナミを視界にすら入れていない。

 小魚のように無視して、バリバリと音が水を伝う。獲物を貪っていた。


 震えが止まらない。

 この世界の“生態系”が、自分の想像を遥かに超えていた。


 逃げなければ――。


 必死に手足を動かすが、魔力膜が薄くなっていく。

 視界の端がかすみ、唇が震える。


(だめ……もう……魔力が……)


 魔力膜がぱり、と音を立てて亀裂を生む。

 水圧がすぐそこまで迫る。


「たすけ……っ……やだ……しにたくない……!」


 涙が重力もない海中に溶けた瞬間――


 世界が、金色に染まった。


 さっきまでの冷たい深海が、ほんの一瞬だけ暖かくなる。

 水の流れが柔らかく揺らぎ、光の粒が雪のように舞う。


(……なに……?)


 意識が沈みかけていたナナミの目に、ぼんやりと丸い影が映る。

 ふわりと漂い、柔らかい金色の光を放つ“何か”。


 クラゲのような、光の生き物。

 人のようでも、魚のようでもない。

 ただ静かで、深海の闇を押し返す存在。


 人間の子供ほどの大きさの、そのクラゲのような生物は海の中で金色の光を放ちながらゆらゆら揺れていた。


 その金色の光と触手が、ナナミの頬に触れた。


 ぽう……っと温度を感じる。


「ひっ……こないで……! たすけ……たすけて……!」


 ナナミは恐怖で泣き叫ぶが、身体がもう動かない。

 魔力膜は崩壊寸前で、指先すら震えている。


 金色の光は、怯えるナナミの涙をゆっくり照らし、

 まるで「大丈夫」と語りかけるように脈動した。


 こく、こく、こく。


 まるで心臓の鼓動のように。


 その光はナナミの体を包み、壊れかけた魔力膜を優しく補強し……冷たい深海で唯一の“ぬくもり”となる。


 ナナミの視界が光に覆われた。


(……きれい……)


 最後にそう呟き、彼女の意識は静かに闇に沈んでいった。


 しかし――


 金色の光だけは、決して離れなかった。

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ハイファンタジー
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