第二十五話 青の洞窟
青く輝く洞窟の入口をくぐった瞬間、世界は一変した。
洞窟内の壁面は淡い光に照らされ、青白く揺らめく光苔が星のように散りばめられている。
海水に溶ける光がきらきらと反射し、まるで天井のない夜空を泳いでいるかのようだ。
「……すごい……綺麗……」
ナナミが洞窟の輝きに見惚れた次の瞬間──
(下がって! 来る!)
アストラルの鋭い警告が、胸を一気に冷やした。
黒い影が、洞窟の暗がりから滑るように現れる。
光を吸い込み、輪郭が溶けるほど暗い“闇の魚影”。
──シェードフィッシュ。
三体。
しかも、全てがナナミを標的にして円を描くように包囲してくる。
「囲まれてる……!」
(恐れない。呼吸と循環──落ち着いて)
ナナミは一度深く吸い、胸へ魔力を落とし込む。
吐くと同時に、細い魔力の糸を身体全体へと広げた。
──コツン……と視界が澄む。
身体が水に馴染み、回避のタイミングが直感的に掴める。
(来るわよ──右!)
一体が稲妻のような速さで突っ込んできた。
洞窟の青光を切り裂き、その牙がナナミの喉元へ迫る。
しかしナナミの身体は、思考より先に動いていた。
スーツの補助機動が踵を蹴り、身体が横へ滑るように脱ける。
水流が頬をかすめ、髪が揺れた。
(今! 切り返して──!)
「はあっ!」
水を裂く音とともに、スピアーランスが鋭く突き出される。
刃はブレず、海魔の鱗を正確に貫き、一撃で心臓へ届いた。
黒い血が細い煙のように散り、海水に溶けていき海晶核が現れる。
「一体……!」
(油断しないで!)
残る二体が連携するように左右から襲いかかってきた。
闇のヒレが水を切り裂き、洞窟の光が引きちぎられる。
挟み撃ち。
真正面から受ければ無事に帰れないだろう。
「──っ!」
ナナミは魔力を脚へ一点集中し、海中で急上昇するように跳んだ。
身体が水流に乗って天井近くまで浮き上がり、二体の突進が交わった海面が泡立つ。
(いいわ、その判断!)
だが海魔もすぐに方向転換し、縦から追いすがってくる。
黒い影が柱のように伸び、ナナミを貫こうと迫る。
「負けない──!」
ナナミはスピアーランスを反転し、逆手で握った。
下降しながらの一撃。
勢いに水圧が加速し、刃が深く、より深く潜り込む。
シェードフィッシュの頭部が上下に割れ、海中へ崩れ落ちた。
残る一体はナナミを見失い、洞窟の暗部へ逃げようとする──が。
(逃がさないわ! ナナミ、追って!)
「うん!」
魔力循環が身体に力を満たし、脚が海水を切り裂く。
追いすがるナナミの速度は、まるで別人のように速かった。
闇の中で、海魔の尾ヒレが僅かに揺れる。
「──そこっ!」
渾身の突きが、海魔の胴を音もなく貫いた。
ランスの青白い刃が光苔を反射し、洞窟の光と重なって揺れる。
海魔は暴れることもできず、ゆっくりと沈んでいった。
──静寂。
洞窟の青光が戻り、泡がひとつ、またひとつ浮き上がる。
息を整えながら、ナナミは自分の手を見つめた。
「……怪我、してない……? 本当に……私、やれた……!」
(ええ。完璧よ。魔力循環が“あなたの力”になり始めてる)
「ブレイカーさん……フィアスさん……アストラル……ありがとう……!」
新しいスーツが魔力を正確に伝達してくれたおかげだ。
ランスはぶれず、補助機動も指先の意図に忠実だった。
(海晶核、回収しておきましょう。上出来だわ)
「うん!」
ナナミは三つの海晶核を丁寧に収納鞄へしまい、ようやく深呼吸した。
戦いの余韻で胸が熱く脈打っていたが──不思議と心地よかった。
(ええ、二人には感謝ね。あなたが成長できたのは、彼らの支えも大きいわ)
ナナミは工具袋から小型ナイフと採取器具を取り出すと、洞窟壁面の光苔へ慎重に近づいた。
「アストラル、これ……どこを採ればいいの?」
(苔の“根”の部分よ。強く引くと散ってしまうから、覆うように刃で浮かせてね)
「こう……?」
(そう、とても上手)
光苔がふわりと淡く光り、そのまま採取容器へ収まった。
収納鞄へしまうと、ほんのりと青い光が揺れる。
「綺麗……」
(戻ったらギルドの査定、きっと良い点つくわよ)
「ふふっ、だといいなぁ」
容器いっぱいに採取が終わり洞窟内を観察していると、青い光を強く反射する鉱石がやはりナナミの意識を惹く。
「あ……これ、鉱石? 綺麗……持って帰ってもいいかな」
(ええ、問題ないわ。岩肌ごと削り取る必要があるけど……いける?)
「やってみる!」
ナナミはハンマーと小さなノミを取り出し、丁寧に角度を調整する。
「えい……っ!」
カン……ッ。
美しい青の鉱石が一片ごとに剥がれ落ちる。
洞窟の光を受けて輝くその石に、ナナミはつい見惚れてしまった。
「うわぁ……宝物みたい……」
(持ちすぎると帰りが大変よ。自分の魔力量、把握して)
「はーい……!」
適量を採り終えると、ナナミは洞窟を振り返った。
青い光が洞窟全体を照らし、海中とは思えない静寂と美しさが広がっていた。
「……また来たいな、この場所」
(来ればいいわ。あなたが望むなら)
「うん!」
光苔、海晶核、青鉱石──
今日の目的はすべて達成した。
「じゃあ……帰ろっか。アクア・ヘイブンに」
(ええ、帰りましょう。あなたの“初めての仕事”、大成功よ)
ナナミは胸の奥が熱くなるのを感じながら、ゆっくりと青の洞窟……"マリモ"を後にした。
その背を、洞窟の光がしばらく見送っていた。




