第一話 追放・わたしはーーやめたくなかった
「――ナナミ。お前は今日をもって〈バニッシュ〉から追放とする」
告げたのは、細身の体に黒外套を羽織った男・エクセイル。
無駄な笑みも作らない、冷え切った声音。周囲の団員たちが「やっぱりな」と視線を逸らす。
討伐クラン〈海神〉の下部組織――〈バニッシュ〉。
その朝の集会で、彼女は突然呼び出された。
「……え、な、なんで……ですか」
ナナミは声が震える。屈辱か、恐怖か、自分でも分からない。
「理由は単純だ。お前の魔力量じゃ、深度百にも潜れん。雑用で三年も置いといてやったが――伸び代ゼロだったと判断した」
笑いもせず、ただ事務的に。
ナナミの指先がぎゅっと握りしめられた。
確かに、魔力量の伸びは悪かった。
周りの仲間がどんどん暗海域へ進めるようになっていくのに、自分は訓練しても訓練しても、ほんのわずかしか増えない。
だから、雑用や掃除や荷物運びに回され――
それでも、“いつか海魔を狩れる”と信じて耐えてきた。
「わ、わたしは……! 訓練だって、誰より努力して……!」
「努力ねぇ。そんな言い分は結果を出せないやつの常套句だろ。」
周囲からくす、と笑いが漏れた。
「お前が潜れないせいで、どれだけ周りの潜海師”ダイヴァー”が時間を無駄にしたのかわかるか?」
「それ、は……っ」
違う、と叫びたい。
魔力が足りない分、工夫して身体強化を細かく分けたり、呼吸を制御したり、魔力を“丁寧に使う”癖がついていった。
雑用を押しつけられる日々に、努力の意味さえ見失いかけていた。
「雑用押し付けられたと思ってるのか?弱いやつには弱いなりの仕事がある。俺は優しいほうだぞ?」
まるで思考を読まれたかのような追い討ちにナナミは言葉が出ない。
それでも、海魔狩りを諦めたくなくて歯を食いしばってきた。
「わたしは海魔が倒したくて……!」
「海魔狩り? 親の仇か知らんが、お前にできるわけないだろ。夢を見るのも大概にしろよ」
私は自分の意義すら折られてしまい、目の前がぐらついた。
「装備は返せ。そして荷物を纏めて今日中にクランから出ていけよ。安心しろ。お前の代わりなんて、いくらでもいるんだよ。」
エクセイルが背を向け、話は終わりだと言わんばかりに歩き出す。
胸が痛い。
ひどく、ひどく痛い。
でも泣いたら、全部本当に負けてしまう気がして。
「……分かりました。いままでありがとうございました」
そう言えた自分が誇らしいのか、惨めなのか、分からない。
荷物を整理しクランの倉庫から外へ出ると、夕方になり陽は落ちかけていた。
港の喧騒は落ち着いており、さっきまでいた世界をさらに遠ざけていく。
抱えた荷物は軽い。
けれど胸の奥は、重くて落ちそうだった。
「……海魔狩り、か」
ぽつりと呟いた言葉が、潮風にちぎれて流れる。
家族を奪ったあの海へ。
いつか必ず潜ると誓った海へ。
たとえ、誰に否定されても。
「わたしは――やめたくなかった」
足を踏み出す。
追放されたナナミの、小さな小さな旅立ち。
◆
しかし行く宛もなく、彷徨った彼女は夜中になっても行き先が定まらなかった。
そして夜風に当たり孤独と悔しさから涙が流れ始める。一度涙が出ると堰が外れたかのように涙が止まらなくなった。
そして独り、この街アクア・ヘイブンの海辺に座り込んだナナミは、泣きすぎて熱を帯びた目を袖でこすった。
「……どうして、だろう」
「こんなに頑張ってるのに……」
「なんで……届かないんだろう……」
涙はもう出ないのに、胸の痛みだけが残っている。
夜風が頬を撫で、熱のこもった体温を奪っていく。
しばらく、ただ静かだった。
機関の振動音が足元から伝わり、遠くで波の規則的な音。
いつもの、アクア・ヘイブンの“夜の海”だった。
――そのはずだった。
ふと、風が変わった。
「……ん?」
温度が一段、すっと下がる。
夜風は本来もっと湿っているのに、その瞬間だけ妙に乾いていた。
胸の奥にざわり、と嫌な感覚が走る。
――ゴォォ……。
耳ではなく、体の内側に直接響くような低音。
海底で巨大な何かが軋むような……そんな異様な揺らぎ。
「……今の、海?」
ナナミはゆっくり顔を上げ、海を見たのだった。
記念すべき第一話です!
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