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口裂け女、最後の戦い

作者: おでん

「なんで誰も歩いてないのよ……」


 都市伝説界のレジェンド――口裂け女は、いま最大の危機に直面していた。


 1970年代のデビュー以来、40年以上にわたって第一線で活躍してきたトップスター。

 だがいま、彼女の存在そのものが揺らいでいる。


 もちろんこれまでにも、テレビから這い出てくるヤツや、やたら白いヤツなんかに人気を奪われたこともあった。


「ハリウッド進出までしやがって……」


 悔しい。だが、そこまで大規模になると、もう“都市伝説”とは言えない。


「私は庶民派のレジェンドよ。CGも巨大資本もいらない。子どもを最低3回は泣かせてきたし、書籍化だって何度もされてるの!」


 西荻の格安居酒屋で、よく人面犬や花子と酒を酌み交わしながら、そう豪語していた。


「今や私、最強なのよ。ポマードなんて誰も使わないし、べっこう飴も売ってない。40年以上のキャリアで、無敵進化してるってわけ!」


「そ、そうですね……」


 時代遅れをポジティブに捉える口裂け女に、他のベテラン妖怪たちも引き気味だ。


「最近さ、あの白いCMの犬いるじゃん? しかも声がオッサン。あれのせいで俺、キャラかぶってんのよ。存在が薄れてさ……ほら、右手とか消えかかってるし」


 妖怪たちは、“噂”を栄養源にして存在している。語られなくなれば、自然と消えていく。


「夏になれば多少は何とかなるんだけどなぁ……」

 人面犬は、日本酒を舐めながら虚空を見つめる。


「トイレでスマホいじってる人ばかりで、脅しても気づかれないんです……」

 花子さんも、焼酎のお湯割りを飲み干してため息をついた。


「なによ! 情けないこと言わないでよ!」

 口裂け女は拳を握る。


「私はまだやれる! 今はSNS時代でしょ? ちょっと姿見せただけで大バズりよ!!」


 そして彼女は、勢いよく店を飛び出した――。


 だが外は閑散としていた。


 マスク姿にトレンチコートという変わらぬスタイルで街を歩くが、どこにも“カモ”の姿がない。


「不景気なのかしら……最近の若者、夜に出歩かないのよね」


 自らを鼓舞するように、口裂け女は定番のセリフを練習する。


「ねぇ、わたし……きれい? ……よしっ!」


 寒空で口がこわばり、噛みそうになった一言に、不安が募る。


(昔はこの顔で、みんな叫んで逃げたのに……)


 世間が変わってしまったことは彼女自身がいちばんよくわかっている。


 子供達がターゲットで無くなったのは、早かった。やれ習い事やら塾やら……


「子供、忙し過ぎだろう!」

 もはや子供達は口裂け女を構ってくれない。


 若い女性も厳しい。ストーカーが社会問題化してから、夜の徘徊はすぐに通報されるようになった。なんど職務質問を受けたことか……


「スマホとかほんとウザい!」


 ……さっきまでSNSバズとか言ってたくせに。


 しかも――実は口裂け女、加齢臭が大の苦手。マスクを外すその瞬間、フレッシュな臭気が直撃するため、最近はターゲットを“若い男性”に絞っていた。


(でも、最近の草食系男子は外に出てこないのよね……)


「何かがおかしい…」

頭を抱えて歩いていると、ようやく遠くに人影を発見した。


「ゲッ、若い女性か…… でも背に腹はかえられない。 ここは一気に決める!!」


 覚悟を決めたレジェンドは、自慢の俊足(100m9.9秒)で、一気に女性に駆け寄り、定番の台詞をぶちかました。



「ねぇ、わたし……きれい?」


 だが女性はマスクを外す暇も与えず、怒鳴った。


「密です、密です! ソーシャルディスタンス守ってください!」


 そして全速力で去っていった。


「……ほえ?」


 呆然と立ち尽くす口裂け女。

 “怖がられる”のではなく、“怒鳴られる”。初めての体験だった。


(でも、人に会えた! 今日はイケる日かも!)


 ポジティブだけはやたら強い。彼女は再び歩き出す。


 次に見つけたのは若い男性。


「ビンゴ! 久々にチビらせてあげるわ!」


 満を持してセリフを言おうとしたその時、男が叫んだ。


「跨ぐな!!」


「えっ、またぐ? 何を?」


 困惑する口裂け女に、男はさらに怒鳴った。


「跨ぐなっつってんだろ! お前、県またいだなコラァ!!」


 そして手にした石を、まさかの実力行使で投げてきた。


「ちょっ、ちょっと何なのよ!」


 男は怒り狂いながら石を振り上げ、鬼の形相で追ってくる。


「跨いでんのアンタでしょぉぉぉ!!」


 あまりの恐怖に、口裂け女は持ち前の俊足で逃げ出すしかなかった。


(俊足設定で良かったぁ)


 疲労困憊のまま路地裏にうずくまり、涙をこらえる。


「なんなのよ、この国……」


 だがその直後。

 ド派手な服装の女性とすれ違った。


(うう……でも……やるしかない!)


 背水の陣で声をかける。


「ねぇ、わたし……きれい?」


 すると女性が振り返った。


 その顔は――化け物だった。


 針のように尖った鼻、極端に吊り上がった口角、膨れ上がった頬、常識を超えた唇、全体が異様な光沢を放つ整形顔。


「くっ、唇おばけぇぇぇぇぇ!!」


 現実がホラーを超えた瞬間だった。


 恐怖のあまり涙をこぼした口裂け女の身体は、突然ふわりと浮き上がった。


「もう無理っす……」


 あまりの恐怖に自らの存在理由を見いだせなくなった口裂け女は、穏やかな表情で眩い光に包まれると、空へと消えていった――。


 こうして、2020年。

 ひとつの都市伝説が、ひっそりと成仏したのである。


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