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元聖女悪役令嬢と元魔王堕天使と大魔法使い老少年の昼食

 カストルがワゴンを押しながら涼しい顔で料理を運んできた。


「最初にキジ肉のコンソメスープをどうぞ」


 銀のスープ皿に注がれた澄んだスープから芳醇な香りが立ち昇る。


「ふむ、なかなか良い香りじゃ」


 黄金色の表面には小さく刻まれた香味野菜が浮かんでいた。


 ラグナルドがスプーンを手に取り、ひと口。


「おおっ……これはたまらんのう」

「出汁がじんわりと広がる、これぞ極上の一杯じゃ!」


 少年のような見た目の彼が満足そうにスープを飲む姿はどこか微笑ましい。


 私もペロリと呑み終えてしまった。


 次にカストルが鹿肉のカルパッチョを運んでくる。


「燻し鹿肉のカルパッチョ風トリュフオイル仕立てです」


 薄くスライスされた鹿肉が皿の上に美しく並べられ、上から黒トリュフのオイルがかけられている。


 芳しい香りが鼻をくすぐった。


「ほぉ……これはまた辺境らしい肉なのに上品な一皿じゃ」


 ラグナルドが目を輝かせながらフォークを手に取る。


「俺も気になるな」


 ティルクが鹿肉を眺めながら感心したように言う。


「魔王をやっていた頃の北方大陸は寒さが厳しく食料が乏しかった」

「こういう手間暇かけた料理はなかったな……」


 彼は静かにフォークで一切れをすくい、口に運ぶ。


「……これはすごい」


 鹿肉の濃厚な旨みとトリュフの香りが絶妙に絡み合う。


「おいしいでしょう?」


 私が問いかけるとティルクは頷いた。


「思ってた以上に柔らかくて香りがいい」

「こういう食文化があるのは羨ましいもんだな」


 私もひと口食べる。


「北方大陸に比べたら豊かとはいえ」

「辺境は食料が乏しい……だからこそ工夫のしがいがあるのよね」

「何もない場所でこそ料理人の腕が試されるということかしら」


 辺境の料理が持つ奥深さ……というかカストルの腕前に私は改めて感心した。


 食べ終えた私たちのもとにルーヴェルが新しい甘味の皿を持ってくる。


「デザートに霜降りイチジクのコンポートをご用意しました」


 琥珀色のシロップに漬け込まれたイチジクが透き通るように輝いている。


 カストルとルーヴェルは飲み込みが良いみたいでティルクが卓に着いていても、とくに文句をつけなかった。


「霜降りイチジク?」


 ティルクが興味を示す。


「ええ、辺境特有の果実よ」

「霜が降りるほど冷え込む場所で育つせいか、甘みが濃縮されているの」

「シロップに漬けて時間をかけて煮ることで、さらに風味が増すのよ」


 ティルクは興味深げにシロップをすくいながら果実を口に運んだ。


「……うますぎて天使に戻ってしまいそうだ」


 彼が目を閉じて陶酔したように呟くとラグナルドが笑いながらスプーンを置いた。


「はっはっは、そりゃあ傑作じゃのう!」


 私もイチジクの甘みで口を綻ばせながらニヤリと微笑む。


「あなたが私を堕落させると言っていたけれど」

「逆に私が昇天させてあげるわよ」


 ティルクが吹き出した。


「ぶはっ、やれるもんならやってみな」


「お主、それ騎士たちの前で言わんほうが良いぞい」


「……?」


 ラグナルドが妙なことを言うので私は聞き返す。


「どうして?」


「ええい、そんなことを言わせるな」


「くくく……しょ」


「あぁーっ!」

「バカバカ……!」


 何かを言いかけたティルクの口をラクナルドが慌てて塞いでいる。


(変な人達ね……)

(この二人は見た目からして変だし、それはそうか……)

(方や羽が生えてる堕天使なのに元魔王で方や少年なのにお年寄り……)


 食後、ハーブの香りが広がる温かい飲み物が運ばれてきた。


「銀の夜露のハーブティーです」


 私は一口飲んで、ほっと息をつく。


「これは落ち着くわ……」


 ティルクもカップを手に取り、くつろいだ表情を浮かべる。


「ところで銀の夜づ──」


 長い食卓がある大広間の扉を開く音が響いた。


「人選を終えたぜ」


 戻ってきたのはグランスだった。


「さすが、早いわね」

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