辺境の大魔法使い領主
私はいつも通り早起きし、自室のバルコニーから聖騎士たちの戦闘訓練を眺めていた。
庭園の広場では、朝早くから腕自慢の聖騎士たちが剣を交え、冷涼な空気の中で鍛錬している。
「手え抜くなよ、グランス!」
「ったく、こっちはこれで全力だっ!」
鍔迫り合いの音が響き渡る。
「……朝から元気ね」
私は静かに紅茶を飲みながら彼らの様子を見つめる。
そこへ控えめなノックの音が響いた。
「失礼します」
扉越しに聞こえたのは侍女のネフィリナの声だった。
「入っていいわ」
彼女は静かに部屋へ入ると落ち着いた声で報告する。
「辺境の領主、ラグナルド・ルクスフリート様がお越しです」
「……また面倒な話かしら」
私は小さくため息をつく。
それでも無視するわけにもいかないので、ゆっくりと客間へ向かう。
ラグナルド・ルクスフリート。
彼は数少ない、私の転生を知る人間の一人。
「一月ぶりじゃな、ミリアーナ」
「ええ、お久しぶり」
赤髪の少年の姿で白い法服をまとった彼は異質な存在だ。
見た目は幼いが、その瞳には深い知恵と老獪さが滲んでいる。
「今日は何の用かしら?」
「ふむ、単刀直入に言おう」
「ダンジョンの探索を頼みたいのじゃ」
(……また厄介な話ね)
「これだけ聖騎士がいれば余裕じゃろう」
「そもそも、お主ひとりでも余裕だと思うがのう」
「……」
私は少し考えた後、適当な理由をでっちあげる。
「最近は屋敷の管理が大変で忙しいの」
「アズレイがやたらめったらと改築してるのは知っているでしょう?」
「そんな余裕はないのよ」
「……ほう?」
ラグナルドは疑わしげに私を見た。
「……のう、ミリアーナ」
彼は少し真剣な表情になる。
「ダンジョンから魔物が溢れ出し、辺境の村々を襲っとるのじゃ」
「子供たちが危険にさらされておる」
(そういうことは先に言いなさいよ)
「それなら仕方ないわね」
私は大きくため息をついた。
「ただし報酬は、ちゃんと用意しなさいよ?」
「もちろんじゃ」
「前払い用に持ってきとる」
ラグナルドはそう言うと、小さなアミュレットを取り出した。
「……これは?」
「お主の聖女の力を抑えるためのものじゃ」
「やっと出来たのね」
私にしては珍しく自然と笑みが漏れた。
「やっとってお主なぁ」
「宮廷魔法師団が総力をかけても」
「1年はかかるような代物じゃぞ」
彼は得意げに笑う。
「ニ月で作ってくれて感謝するわ」
私はわざと期間を強調していおいた。
ラグナルドは、この広大な辺境の領主にして大魔法使いなのだった。
「聖女の力は国でも有名じゃから」
「理屈だけなら対策はできるんじゃよ」
「でも実際に作れる人間は早々いないのよね」
「短期間で作れる人間は辺境では、わしくらいじゃよ」
私はアミュレットを見つめる。
「しかし、もう片方の力は、わしでも未知の領域じゃ」
「そこはさすがに、お主自身でなんとかするしかないのう」
「……そうね」
とりあえず、このアミュレットで聖女の力は抑えられる。
「少なくとも、これで失神する聖騎士は減るはずじゃ」
私は少しだけ安心した。
「まったく、最初から私の周囲にいなければいいだけなのに……」
「ほんとに世話が焼けるわね」




