原初の死者
一日を終えた私は、自室で侍女のネフィリナに服を脱がせてもらっていた。
彼女の手付きは静かで、無駄がない。
肩から滑り落ちる生地の感触に、わずかに安堵の息を漏らす。
「……今日も疲れたわ」
私はそう呟くと、鏡に映る自分の姿をぼんやりと見つめる。
「聖騎士たち……本当に騒がしいわね」
ネフィリナは静かに微笑みながら、ブラシを手に取り、私の髪を梳かし始めた。
「彼らはミリアーナ様を慕っているのですよ」
「……慕われても、困るのだけれど」
私は彼らの騒々しいやり取りを思い出しながら目を閉じる。
「貴女のように寡黙な方が、私には合っているわ」
「左様ですか……」
ネフィリナは淡々と答える。その静かな口調が心地よい。
「騎士たちは、ミリアーナ様の強さと気高さに惹かれているのです」
「彼らにとって、貴女はまるで聖女のような存在」
私の素性を知るネフィリナは皮肉を口にした。
「……それが負担なのよ」
「けれど、それが貴女の宿命なのでは?」
ネフィリナは静かに言葉を紡ぐ。
「……相変わらず達観しているわね」
「私もまた、転生者ですから」
「そうね……」
彼女はただの侍女ではない。
人類で初めて殺された女性。人々がまだ楽園にいた頃、初めて死んだ存在。
原初の死者。
伝説では彼女が死んだ瞬間から、人類に死の概念がもたらされたという。
ネフィリナは時を大きく超えて転生し、今このフリズルホルン邸で私の世話をしている。
そんな彼女だからこそ、私は安心できるのかもしれない。
「だからこそ、私にはわかるのです」
「ミリアーナ様が、どれほど孤独なのか」
私はネフィリナの転生を知る数少ない人間で、ネフィリナは私の転生を知る数少ない人間だ。
「……そう」
私はゆっくりと目を開き、鏡の中の自分と向き合う。
ネフィリナは静かで、余計な言葉を発しない。
彼女は私の髪をを梳かし終えた。
「おやすみなさいませ、ミリアーナ様」
ネフィリナの静かな声が響く。
私は彼女のラベンダーの香りを感じながら、そっとベッドに横たわった。
「……おやすみなさい」
静寂が広がる中、私はゆっくりと目を閉じた。