聖騎士の晩餐
フリズルホルン邸の厨房で料理長を務めるのはカストル・エルセイド。
「俺に料理を任せて正解だったな」
「最高の晩餐を用意したぜ」
彼は長い金髪を軽く揺らしながら、手際よく食材を切り、鍋を煮立てていた。
「聖騎士としての剣技よりも」
「俺の真の才能は料理だからな」
「ほう、そういうことを堂々と言うとはな……」
「ミリアーナの胃袋から掴もうってか?」
「お前たちの胃袋は俺が支配している」
「それを忘れるなよ?」
「まあまあ、彼の言う通りで」
「胃袋を掴まれてるのは僕たちなんだからさ」
聖騎士たちがざわつく中、カストルは涼しい顔で料理を仕上げ、数十人の給仕たちによって豪華な晩餐が並べられた。
テーブルには焼きたての肉料理、濃厚なスープ、香ばしいパンが並ぶ。
「おぉ!」
「これぞまさに聖騎士の晩餐!」
「カストル、お前やるな……!」
「これが俺たちの胃袋を掴む力か」
聖騎士たちは次々と料理を取り分け、満足そうに食事を楽しみ始めた。
一方、私は静かにナイフとフォークを手に取る。
(ようやく静かに食事ができる……)
そう思った瞬間だった。
「ここがフリズルホルン邸か……」
「この館、辺境とは思えないほど豪華だな」
「昔は寂れた屋敷だったが、今や貴族の城並みに立派になってるぞ」
「ここを改築したのはアズレイ・ノルダルだ」
「あいつが財力に物を言わせて好き勝手に改築してる」
「力仕事なら俺も手伝ったぞ」
「無駄に広すぎるんだが……」
「いや、それがいいのだ」
「ミリアーナ様に相応しい屋敷にしたのだ!」
勝手に住み着いて、勝手に大改築を進めた彼らの会話を聞きながら、私は頭を抱えたくなった。
「さぁ、ミリアーナ様」
「これをどうぞ」
聖騎士なのになぜか燕尾服に身を包んだユリウス・ヘルスヴァルが優雅に微笑む。
そして私の口元にスプーンを差し出した。
「あーん、して差し上げますよ」
「……いらない」
拒否するが、ユリウスは涼しい顔を崩さない。
「遠慮しなくてもいいのですよ」
「これは料理長のカストルが腕を振るった逸品」
「素晴らしい料理なのですから」
「……自分で食べる」
「それはダメです」
「聖騎士として、お嬢様の健康管理も我々の役目ですから」
その言葉に続くように、他の聖騎士たちも次々とスプーンを持ち出し始めた。
「待て!」
「僕が先にあーんするんだ!」
「は?」
「俺の方が先だろうが!」
「貴様ら、身の程を知れ!」
「ミリアーナ様への食事の世話は、この私が務める!」
「ふざけるな!」
「貴様こそ退け!」
食事の時間だったはずが、聖騎士たちの間で「あーん権」を巡る戦争が勃発した。
私は大きくため息をつくと、手を軽く振るった。
空間が揺らぎ、一瞬のうちに全員の動きが止まる。
「……貴方たち、少し黙って」
私の言葉と同時に、全員が硬直した。
「「……す、すみません……」」
彼らの表情は明らかに恐怖に満ちていた。
「ミリアーナ様の力はやはり……」
「おそろしい……」
「しかし、美しい……!」
「いや、むしろこの圧倒的な力にこそ魅了される……」
「さすが、我らが主……!」
恐れながらも、彼らはなぜか歓喜していた。
「ミリアーナ様の御力は神聖なるもの!」
「この威厳、追放された令嬢ではなく」
「まさに真の聖女!」
「いっそ支配されたい……!」
「そのお力で我々を導いてください!」
「なんと荘厳なる存在……!」
静かな晩餐を望んだだけなのに、彼らはますます私を崇め始めた。
その結果、全員が黙々と食事を取り始めた。
ようやく、静かな晩餐が訪れたのだ。
(……疲れた)
私はため息をつきながら、ゆっくりとワイングラスを傾ける。
(まぁ、静かになったのだから、これでいいか)