プロローグ
目を覚ました瞬間、私は理解した。
また転生してしまったのだ、と。
前々世、日本人としての人生を終え、目を開けたときには乙女ゲームの舞台『ロズヴァイン帝国』の聖女ルミエールとして生きることになった。
私はゲームの知識を活かし、戦争を鎮め、
国を魔王から救い繁栄に導いた結果――
第1王子ネヴィル・ロズヴァインに「危険すぎる」と判断され、処刑された。
そして今度は、悪役令嬢ミリアーナ・スヴィンドレクとして転生していた。
(……またか)
私は感情を完全に制御することができる。
そうじゃないと、あの辛い日々は耐えられなかっただろう。
だからこそ、処刑の瞬間でさえ、取り乱すことはなかった。
日本人のときに私は、まともな人生を送っていなかった。
転生した後には、日本人のときのような悲惨な人生を避けるため、ひたすらソロプレイで自らを鍛え上げていた。
そしたら聖女なのに全然モテなくなってしまった。
モテないのは日本人のときからだから別に良い。
結局は転生しても私の人生はこんなものかと、淡々と死を受け入れた。
だけど──
ミリアーナ・スヴィンドレク。
それが今の私の名前。
僻地に追放された貴族令嬢であり、王族との関わりを断たれた存在。
それだけなら平穏に生きられたのかもしれない。
だが問題があった。
(……まだ、聖女の力が残っている)
本来、聖女の力は転生と共に失われるはずだった。
だが、私の場合、どういうわけか力のほとんどを維持している。
そのせいで、私の周囲に人がいれば――
「……また、壊れてしまった」
屋敷の隅で倒れている騎士を見下ろし、冷静に分析する。
すぐさま他の騎士が助け起こして外に連れて行っていた。
私の力は、魔力の流れを制御し、周囲に影響を与える。
だが、過剰に触れすぎると、人間の精神に影響を及ぼし、混乱や狂気を引き起こす。
(だから、人が近寄ると危ないのに)
私は、ただ静かに生きたいだけなのに。
それなのに――なぜか次々と聖騎士たちが私の元へとやってくる。
「ミリアーナ様!」
「貴女を守るために、どうか私にお仕えさせてください!」
「ミリアーナ様、お食事はお済みですか?」
「今日は特製のスープをご用意しました!」
「お嬢様、お屋敷の防備がまだ甘いかと」
「どうか私たちに守らせていただけませんか?」
……いや、だから近寄るなと。
無駄な行動は嫌いだ。
私は今度こそ悲惨な末路を回避したいだけ。
それなのに――
「ミリアーナ様!」
「どうか僕たちを遠ざけないでください!」
「お前の近くでもぶっ倒れない俺が来てやったぞ!」
「この無礼な者どもを遠ざける策が私にはあります」
「だから私こそが貴女に相応しい!」
……また、面倒なことになりそうだ。
そして私は、少しの間、窓の外を眺めた。
この屋敷は辺境の領地にあるとはいえ、決して小さくはない。
広大な庭園には手入れの行き届いた花々が咲き、夜になれば月の光が静かに降り注ぐ。
本来ならば、ここでひっそりと暮らすことができたはずだった。
私は、気配を消すことができる。
感情を押し殺し、ただ空気のように存在を薄める。
それが私の能力の一端だ。
なのに、どうして彼らはこうも私を見つけるのか。
この騎士たちは、私の何を見ているのか。
「……ミリアーナ様、どうか私たちを拒まないでください」
また一人、跪き、忠誠を誓う金髪の男。
彼の背後には、すでに屋敷の警備を名目に集まった騎士たちが並んでいる。
どうやら、彼らは私を守るつもりらしい。
ならば、どうするべきか。
追い払うか?
それとも、利用するか?
……考えるべきことは山ほどある。
私は小さく息を吐き、そっと目を閉じた。
「とりあえず、晩餐にしましょう」