風の戦士
「おい、どうした?迷子か?」
声を掛けて来たのは、栗毛の若い女性でした。
遡る事おおよそ一時間、アラストルはルシファーからの電話を受け、忌々しそうに言った。
「ったく、こういう仕事を俺に回すな!」
「どうしたの?」
「ああ…あ、お前、『お使い』頼めるか?」
思えばこのときアラストルの少しばかり何かをたくらんだような笑みに気がついていればよかった。
アラストルから頼まれた依頼は『カトラスA』と呼ばれる詐欺師を探し、持たされた封筒を渡すこと。
約束事は三つ。
封筒の中身は絶対に見ないこと。カトラスAに何を聞かれても答えないこと。カトラスAと取引をしないこと。
まるで子供に言い聞かせるように彼はそういった。
ついでに三段アイスクリームまで買ってくれたのだからますます子ども扱いされた気がする。
そうして、私はカトラスAことスペード・ジョアン・アンジェリスという男を捜しに町へ出、みごと道に迷ったのだった。
「えっと…はい、迷子です」
私が素直に答えると、女は豪快に笑う。
「お前、外から来たな?」
「え?」
「クレッシェンテ人じゃないってことだよ」
「はい」
何故解ったのだろう?
この国には様々な人種が居て外見は理由にならないし、言語にだって今のところ不自由していない。
「クレッシェンテ人なら嘘でも『人を待っている』とか言ってはぐらかす。迷子だと言って『はい』って答える奴は余所者だ」
彼女の言葉に納得する。
「で?どこに行きたいんだ?」
案内してやるという彼女に、正直に告げるべきか迷ったが、彼女のどこか自由な空気に、私は彼女が悪い人ではない気がして、正直に答えた。
「スペード・ジョアン・アンジェリスさんに届け物を頼まれたのですが」
「スペード・J・A?カトラスとか名乗ってる詐欺師野郎か。あいつに?」
「あ、はい」
そういえば詐欺師だとアラストルも言っていたと思い出す。
彼女は少しばかり嫌そうな顔をした。
「近くまでなら送ってやるよ」
「え?良いんですか?」
「ああ。それと、私は瑠璃だ。これ以上の質問は無しだぜ?」
「はい」
瑠璃と名乗った彼女は、どこか子供っぽい悪戯な笑みを浮かべた。
一緒に歩く間、瑠璃は妹について話してくれた。
瑠璃には双子の妹が居るらしく、その妹が可愛くて仕方が無いのだが、その妹は今大変な反抗期で家出して帰ってこないらしい。
「瑠璃は大変ですね」
「大丈夫、そのうちかえって来るさ」
気まぐれなんだよ、あいつもと彼女は豪快に笑った。
「ほら、ここだぜ」
そう言って彼女が案内してくれた場所はいかにも怪しげな酒場だった。
「あの詐欺師はいつもここで大儲けしている。何があってもあいつの提案に乗るんじゃねぇぞ?」
「はい。ありがとうございました」
礼を言うと彼女は豪快に笑って、「またな!」と風のような勢いで駆けていった。