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緋の悪魔

 その日、アラストルの職場を見学させてもらえるということで、独立暗殺組織ハデスを訪れた。


 ハデスというのはなんとも個性的な面々が揃っている。それこそ芸術家からメガネ、オネエまで選り取りみどりのまるで女性向け恋愛シュミレーションゲームの舞台になりそうな空間だった。

「…これでショタが居れば完璧」

「はぁ?」

「あ、いや…大丈夫!不憫がいるから!」

アラストルを見ながら言ったら見事に殴られた。


「おまえ、頼むからボスの前で変なこと言わないでくれよ?」

「ボス?」

「緋の悪魔、ルシファーだ」

緋の悪魔という言葉は始めて耳にしたが、ルシファーならゲームファンにはおなじみの悪魔の名前だ。

「それって本名なの?」

「は?」

「ルシファーって名前」

「当然だろ」

そういやアンタも同類アラストルだったと思い、私は曖昧に微笑んだ。


「ここがボスの部屋だ、少し待ってろ」

他より幾分か豪華なその部屋の前には、先日会ったリリムの肖像画が飾られていた。



 待つこと数分、部屋から何かを投げつける音やらグラスの割れる音、電話の受話器が外れる音や痛そうなうめき声が聞こえた後、死に掛けたアラストルの声で「入れぇ……」と軽く呪いのようにも聞こえなくも無い言葉が紡がれた。

私は一瞬だけ恐怖を感じたが、この世界ではアラストルが居なければまた道端で雨に打たれて死に掛けるなどということになってしまうので、どちらにしろ死を覚悟しなくてはならないと思った。


 中に入ると、そこには絢爛豪華な調度品と、いかにも高そうな生地の衣服に身を纏った、燃えるように真っ赤な髪と血のように赤い瞳を持った男と、その足元で死に掛けているアラストルが居た。

「……あなたがルシファーさん?」

「ああ」

足元のアラストルは見なかったことにしよう。

そう、心に決めたが、足首を捕まれ失敗に終わった。

「おい……無視するなぁ……」

「えっと、救急車!救急車呼んでください!」

「キュウキュウシャ?なんだ?それは」

「へ?」

どうやらこの世界には救急車も存在しないらしい。

「ひょっとして車も無かったりします?」

「車?馬車、人力車、牛車っと言ったところだな。尤も、国王の車は獅子が引く」

「へ、へぇ……では、医者を呼んでください…」

電話はあるくせに自動車は無いのか…

その事実にまず驚いた。

「放っとけ」

「え?」

「そこの雑魚は放っとけ」

「は、はぁ…」

私は心の中で謝った。

本能的にルシファーに逆らったら命が無い気がした。

「それで?お前がここに来た理由は何だ?」

「時の魔女の探している少女を探しています」

「は?」

これもおかしな話だと私自身思う。

私が探しているわけではない少女を何故私が探さなければならないのか。

「元の世界に戻るために必要なんです」

「そうか。おい、そこの雑魚、リリムを呼んで来い。茶を出させろ。ゆっくり話を聞きてぇ」

そう言って、ルシファーはアラストルを蹴り上げる。

この国に人権は無いのだろうか。

アラストルが不憫に思えてならない。


 痛々しいアラストルがリリムを引き連れて戻ってきたとき、なぜかアラストルは無傷の状態に戻っていた。

「リリム、治療の必要はねぇといつも言ってるだろ」

「あら?そうだったかしら?」

ふわふわとリリムが微笑む。

相変わらず美しいと思った。

「リリム、客に茶を出せ」

「何がよろしいでしょうか?」

「お前に任せる」

ルシファーが言うとリリムは「かしこまりました」と一言言って礼をし、部屋を出て行った。

「あれ?蝶?」

まただ…

「珍しいな。リリムに気に入られている」

「そう、何ですか?」

「ああ。お前で四人目だ」

「え?」

「その蝶をつけられた女の数だ」

ルシファーの言葉に首を傾げる。

「時の魔女とリリアン、玻璃と朔夜の四人だ」

「玻璃?」

そういえばアラストルが時々口にしていた名前だ。

「あの、その玻璃って人に会えますか?」

時の魔女の探している少女。

彼女に会えば元の世界に戻れるかもしれない。

期待は大きかった。

「あいつはこっちの管轄外だ。玻璃に会いたければ直接ディアーナに行け。尤も、命の保障は出来ねぇがな」

ルシファーが意地悪く笑う。


 どうもクレッシェンテ人という人種は意地悪く笑うようだ。


 リリムに出されたお茶は玉露で、酷く懐かしい味がした。

「そういえば、日ノ本ってどんな国なんですか?」

リリムに訊ねた。

「え?まぁ、科学技術が発達した比較的平和な国よ」

「へぇ」

どうやら日本とあまり変わらなさそうだ。

「それは表の顔だろうが。裏じゃ世界各国に兵器の輸出をしている。あの国さえなければ先の大戦だってあそこまで長引かなかっただろうに」

ルシファーは忌々しそうにそう言って煙草に火を点けた。

「日ノ本ってのはな。昔から独立した妙な国だ。島国ってのもあるが、どうも他を嫌う。着るものの食うものも武器さえも、どこか隣国とも違う独特の雰囲気を持った国だ」

「私のいた国に少しだけ似ています」

日本はどちらかというと、八方美人な国だと私は思っている。

そんな場所が似ていると感じたのだろう。

「元の世界に戻りたいのか?」

「とりあえずは」

「この国は居心地が悪いか?」

「いいえ」

むしろ逆に…


居心地が良すぎる。


そこが問題なのだ。


「私はこの国が好きです」

「なら居ればいい」

「だけど、一度戻って、それからここに再び来ることが出来るならそれが一番良いような気がします」

時の魔女から受け取った砂時計がきっと何かの意味があるんだ。


「私は、時の魔女を探します」

「勝手にしろ」

言葉は冷たいながらも、ルシファーは妖しく笑った。

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