銀の剣士
目を覚まして真っ先に目に入ったのは薄暗いアパートメントの一室の、古びた木造の天井だった。
「…ここは?」
「おう、目が覚めたか?」
そう言って声を掛けてきた人物を見る。
一瞬女かとも思ったが、声を聞いた限り、明らかに男だった。
男は美しい銀髪を膝の辺りまで伸ばしている。
年の頃は三十を過ぎた頃だろうか。
そう思って見つめた相手、それがアラストル・マングスタだった。
彼は大変面倒見の良い男だった。
どうやら道端で倒れていた私を拾って世話をしてくれていたらしい。
「お前、どこから来たんだ?」
「えっと、北海道、函館市、ってところですかね?」
どう見ても異国人のその男に、詳しい住所を教えても解らないと思ったが、函館は観光名所だ。ひょっとしたら知っているかもしれないという期待を込めてそこまで言ってみた。
「ホッカイドウ?ハコダテシ?なんだそりゃ」
「ここは?」
「クレッシェンテ、王都ムゲットの外れにある俺の家だ。ついでに言うとお前は噴水のある大聖堂前の広場で倒れてた」
大聖堂があるということはキリスト教かなんかの宗教なのだろう。
「クレッシェンテ…そういえば時の魔女がくれた砂時計…」
新月の砂時計
過去と未来の全てを見ることが出来るとか時の魔女は言っていた。
「で、お前、これからどうする?」
「アラストル、時の魔女に会えない?」
「時の魔女?馬鹿言うな!あんな伝説級の化け物にそう簡単に逢える訳ねぇだろ!」
アラストルが怒鳴り散らしたことにも驚いたが、何より驚いたのは、彼が時の魔女を『化け物』と呼んだことだった。
どことなく紳士的にも見える彼が、あんな美しい女性を『化け物』呼ばわりしたのだ。
「アラストルは時の魔女が嫌いなの?」
「…別にそういうわけじゃねぇよ……悪い。苛立ってた」
そう言う彼は少しばかり寂しそうに見えた。
「どうしたの?」
「いや、ちょっとな。この部屋に時々来る奴が居るんだが…拗ねて帰っちまってよ」
拗ねて帰ると言ったら子供だろうか?
いや、ひょっとしたら恋人かもしれない。
「おい、間違ってもお前の思ってるような関係じゃねぇぞぉ!」
「え?」
「なんつーかさ、妹みたいな奴なんだよ」
「妹…いくつくらいの?」
「確か二十三だ。それがどうかしたか?」
時の魔女の言葉を思い出す。女性と言うには少し幼い少女。
だけど、二十三と言えばもう既に立派な女性と呼べるはずだ。
「その人、どんな人?」
「すげぇガキだな」
どうやらいきなり大当りのようだ。
「その人になら会える?」
「ん?どういうことだ?」
不思議そうに私を見る、いや、不審そうにと言う方が正しい。
「時の魔女が探している人、その人かもしれない。元の世界に戻るために必要なこと、みたいだよ」
そう、笑うと、彼は胡散臭そうに私を見る。
「おい、玻璃になんかしたらただじゃ済まさねぇぞ?」
「私は何もしないよ。少し会って話を聞くだけだ。その後どうするかは時の魔女のみが知ることだ」
時の魔女、本当に厄介だよ。
「玻璃ならそのうちここに来るだろう。あいつのアジトは俺も知らねぇ」
「そうなんだ。なら、何か仕事とか斡旋してくれる場所はない?私は金も行く場所も無い」
持ち物すらなかったであろう。
「随分高価な砂時計を持っていたようだ。あれを売り払えばいいんじゃねぇか?」
「え?ダメダメ!あれは時の魔女からの預かりものだ!」
アラストルの言葉に慌てたのは私だった。
だけども、時の魔女から譲り受けた新月の砂時計はそれほど高価なものだったのだろうか?
その事実に驚いた。
「行く場所が無いならここに居ればいい。別にお前ひとり増えたところで困ることはねぇ」
「いいの?」
「ああ、その代わり、家事を手伝ってくれると助かるんだが…」
少し言いにくそうに言うアラストルに思わす笑が零れる。
「家事は得意か?」
「料理くらいなら。裁縫は苦手だな」
「なら、料理を頼む。長いこと外食ばかりなんだ」
たまには家でゆっくり飯を食いてぇと彼は言う。
「了解しました。ミスタ、マングスタ」
「ミスタ?」
「あれ?使わないの?」
「ああ、意味が解らん。それに、アラストルでいい」
さっきまでそう呼んでただろ。と言う彼に思わずにやりと笑う。
「了解、アラストル」
「ああ」
どうやら彼との生活は楽しいものになりそうだと感じた。