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異界の旅人

 

 今夜、私は私の世界に帰る。


 その前に、またみんなに会っておきたかった。


 カルメンに会いに行ったら「別に帰るならさっさと帰んなさいよ。どうせ戻ってくるんでしょ?」と彼女は自信たっぷりに言うし、瑠璃に至っては「好きな場所で自由にすればいいさ」となんとも放任主義な答えをくれた。

 だけど、カルメンの言葉は戻ってきても良いと言ってくれているし、瑠璃だって邪魔はしないと言ってくれているのだ。それが何とも嬉しかった。

 

 大聖堂に行くと、アルジズが待ってくれていたようだった。

「帰るそうですね」

「もう知っていたんですか?」

「ええ」

「帰っちゃうの?」

「うん」

 ベルカナはここに来るたびに、興味深そうに私を見ていた。

「ベルカナ、この人にも国に家族があるのですよ」

「戻ってくる?」

「すぐに」

 そう言ってベルカナの頭を撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。

「あら? まだいらしたの?」

 朔夜の声に慌てて振り返る。

「朔夜、会いたかった」

「まぁ。ありがとう。出発は今夜かしら?」

「ええ、時の魔女がセシリオの酒場まで砂時計を届けてくれるそうなので、その前にみんなに挨拶をって思って」

 そう告げると朔夜は嬉しそうに笑う。

「嬉しいわ。気をつけて帰って頂戴」

「気をつけるも何も、一瞬だよ」

「また戻ってくるの?」

「そのつもり」

 私は何故、こうもこの国の人たちに溶け込めたのか不思議だ。それでもこうしてみんなに思われていることが嬉しくて堪らない。

「朔夜、アルジズ、ベルカナ、また会いましょう」

「ええ、また」

「お母様に心配を掛けてはいけませんよ」

「アルジズに言われちゃ反論できないや」

 アルジズの言葉は温かい。しかりと噛みしめよう。

「じゃあ、また」

「もういっちゃうの?」

「うん。これからまだメディシナにも挨拶しなきゃいけないんだ」

 もう一度ベルカナの頭を撫でて大聖堂を飛び出した。

 向かう先はラウレル。メディシナにも世話になった。ちゃんと挨拶をしていかなきゃ。




「メディシナ」

「ああ、お前さんか。どうした? 急患か?」

「うん。そうかも」

「どうした?」

 メディシナは特に顔色も変えずに言う。つまらない。

「少し寂しくて泣きそう」

「それは大聖堂にでも行け。すぐに慰めてくれる奴が二人程いるだろ。でなきゃ遊郭だな」

「医者に匙を投げられた……」

「精神科は専門外だ」

 メディシナはぴしゃりと言って本に目を戻した。

「メディシナ」

「なんだ」

「今夜帰るんだ」

「そうか……って、いきなりだな」

「メディシナが最後から二番目の報告だからね」

 最初が玻璃とアラストルで次がルシファー達ハデス。その次がジルとミカエラと騎士団で、その次がカルメンと瑠璃。そして大聖堂の三人だ。

「で? 最後にドッキリをしかけられる奴は誰だ?」

「酒場の悪友三人組」

「なるほど。ほんっと顔広すぎだろ」

「そうだね。王様にまで会っちゃった」

 自分でもびっくりだよ。と告げるとメディシナは目を見開く。

「なに?」

「ほら、指輪貰ったの。通行手形みたいな役割なんだって」

 そう言って指ではなく、首から下げている指輪を見せる。

「……こりゃ王家の紋章だな。良くこんなものを……これを売れば国ひとつは買えるな」

「売っちゃダメ! これがないとこの国に入れないんだから」

 とんでもないことを言う男だ。驚きつつも指輪は死守する。

「ってことはまた戻ってくるんだな」

「うん。あ、ねぇ、次来たら宿の保証無いからどこか確保しといてくれる?」

「高くつくぜ?」

「うわぁ、仕事探さなきゃ」

 メディシナにつられて私も笑う。

「おう、働け」

「頑張るよ」

「ああ、待ってるからな」

 そう言ってメディシナは、アラストルが時々するように頭を撫でてくれた。

「えへへ、なんか、初めはこういうの嫌だったけど、なんか嬉しくなってきた。ありがとう」

「ガキだな。まぁ、もう少しガキを楽しめ」

「そうしようかな。クレッシェンテに居る時間だけでも」

 見習いは子供扱い。そんなクレッシェンテは風変わりだと思っていたけれども、ただ大きくなっただけの人間を大人とは呼ばない辺りは正しいのかもしれない。

「そうしろ」

「うん、ありがとう。それじゃあまた」

「ああ」

 メディシナは本に視線を戻して手だけ振る。なんとも彼らしいと思った。




 そして、最後の一か所。例の酒場へと足を踏み入れた。


「ほら、スペード。あの子が来ましたよ」

「計画通りに進めるんだ」

 三十路に片足突っ込んだような外見の男が三人こそこそと何かを企んでいる。

「一体何のいたずらの相談だよ。化け物共」

 こいつら全員四百年とか生きてる化け物だって言うからクレッシェンテ人ってのは寿命が長いんだなあ。って違う。

「別にいたずらの相談ではありませんよ。それより、帰るって本当ですか?」

「玻璃から聞いたの? うん。今夜ね」

「随分急だね」

 そう? とウラーノの言葉を流しながら先程から一言も口を利いていないスペードを見る。

「どうしたの? 随分大人しいね。詐欺師廃業したの?」

 口先勝負の詐欺師が黙り込んでいるほど不気味なものはない。

「違いますよ」

 ようやく口を開いたと思うと随分と不機嫌そうだ。

「ふぅん」

 つまらない。スペードが少しも面白みがない。

「スペード、その子は今日帰ってしまうのですよ」

「僕には関係ありません」

 スペードはわざと視線をそらして言うので腹が立つ。

「酷い。ジルはいつでも来ていいって言ってくれたのに」

「ユリウスが?」

 スペードは驚いたのか目を見開く。

「詐欺師が顔に出していいの? 驚きすぎ」

「黙りなさい。お馬鹿さん」

「あ、やっといつものスペードだ」

 最近ずっと私のことを「お馬鹿さん」って呼んでいたスペードが急に呼んでくれないと少し寂しくなる。

「なんですか。まったく……」

「今夜帰るの。本当は愛しのデイジーを攫って行きたいんだけど、朔夜が怖いから止めておくことにした」

 そう言ってセシリオを見ると彼は笑っていた。

「そんなにあれが気に入りましたか?」

「とても。次はカメラ持ってきますから一緒に写真撮りましょう? 引き伸ばして部屋に飾っておきますから。アラストルの部屋に」

「自分の部屋じゃないのかい?」

「それはちょっと恥ずかしいな。ってか親に捨てられそう」

 ポスターとかの価値って親は解かってくれない。自分だって部屋に昔のベーシストのポスター貼ってるくせに私のは認めないんだ。

「そんなにセシリオが好きですか?」

「好き。ってか女装が好き」

「は?」

 三人そろって可哀想な子を見るような目で私を見る。

「女装とかオネェとかニューハーフとかオカマとかネカマとか大好き」

 ネカマドルのサイトに毎日通うくらい。そう告げると三人そろって奇怪な生物を見るような目で見る。

「……意外と悪趣味だね」

「冗談を真に受けないでよ」

「冗談だったのですか?」

「オネェからの下りは全部」

「結局女装は好きなんですね」

「似会ってればね」

 ここが重要だと言わんばかりに主張するとスペードは深いため息を吐いた。

「スペード、女装してみませんか?」

「何故僕がそんなことをしなければならないのです」

「だって、この子が女装好きだって」

 いや、別にスペードには求めていない。

「スペードは顔の骨格的に、濃くなると思うから嫌だ。好みじゃない」

「はぁ?」

「だって、ウラーノとかセシリオはまだ元が女性的だもん」

 中性的というか。スペードは完全に男顔だ。綺麗だとは思うけど。

「スペードは好みじゃないと?」

「うん。だって可愛い女の子が好きだもん。スペードは背が高いから女装してヒールなんて履いたらアウトって感じ」

 好みの問題かもしれないけど。と言うと、ウラーノは腹を抱えて笑いだす。

「今、セシリオが訊いたのは女装の好みの話じゃないよ」

「へ?」

「男としてみればどうなんです?」

 ああ、そういう意味か。

「世間一般で言えばかっこいいんじゃないの? 黙ってれば綺麗だと思うよ」

「口を開けば?」

「なんか腹立つことが多いけど、黙ってれば黙ってるで心配になる」

 そう、適度に会話が欲しい相手なんだ。

「随分好き勝手に言ってくれますね」

「うん。私なりの愛情表現かな」

 そう告げると、スペードは口元を手で覆う。きっと何か知られたくないという合図だ。

「スペードってホントに詐欺師なの?」

「どういう意味だい?」

「感情は顔に出なくても身体で表現しちゃってるっていうか……口元を覆うのは言いたくないこと、知られたくないことがある証。って前に心理の先生が言ってた」

 そう言うとスペードは驚いたように私を見た。

「スペードが感情を表に出すのは僕らと貴女の前でだけですよ。随分気に入られているようですね」

「ふぅん。まあいいけど。スペードも嫌いじゃなくなったし」

「嫌いじゃないの意味が理解できません」

 スペードは真っ直ぐ私の目を見て言う。まるで嘘も逃げ出すことも許さないと言うように。

「嫌いじゃない……好きでも無いってことかな? 好きかもしれないけど好きって言いきれないってこと」

「は?」

 自分でもよくわからない。

「良い人だと思ってるけど本当は違うかもしれないって思うのに似た感じ」

 良く分からないというのが答えだと思う。

「お馬鹿さん」

 スペードに小突かれる。

「まったく、どうして僕がお前なんかに」

 スペードの言う意味が全く理解できない。


「愛しています」


 耳元で囁かれた。

 頭の中が真っ白になる。

「な、なに? 急に」

「確かに急ですね。でも、帰ってしまうのでしょう?」

 そりゃあ、帰るとは言ったけどさ。

「すぐ戻ってくるのにこんなドッキリ仕掛けられるの? 私って」

「は?」

 スペードは間の抜けた顔をする。

「どういうことです? すぐに戻ってくるとは?」

「そのまま。時の魔女が往復分の魔力を砂時計に入れてくれるって言っててここで待ち合わせなの」

 そう告げればスペードはぽかんとした顔から戻れないようだった。

「僕の苦労は一体……」

「良いんじゃないの? こういうのは勢いが大事だからね」

 ウラーノはくすくすと笑う。

「よくありません」

「減るものじゃないでしょう?」

「減ります」

「何がです?」

「僕の誇り《プライド》です」

 スペードはかなり落ち込んでいるようだ。

「大丈夫だって。忘れてあげるから」

「傷口を抉るのが本当に得意ですね。お馬鹿さん」

「塩塗ったげようか?」

 良く効くよ。痛いけど。と言うと、スペードは深いため息を吐いた。

「鈍すぎます」

「スペードの場合は日ごろの行いだよ」

「日頃の行い? クレッシェンテで?」

 スペードはウラーノをばかばかしいと言った目で見た。


「で? どうなんです?」

 二人が言いあっている間にセシリオに訊かれる。

「なにが?」

「スペード、あなたになんて言いました?」

「「愛しています」って。クレッシェンテジョークでしょう?」

 私が言うとセシリオはため息を吐く。

「違います」

「え? じゃあドッキリ?」

「違います」

「じゃあ、詐欺? 残念だけどお金持ってないな。この前玻璃にアイス奢って二人で食べ歩きした時にお小遣い殆ど使っちゃた」

 うっかり値切るのを忘れて言い値で買ってしまった。あれは痛かった。

「本当に、鈍すぎますね」

 セシリオは呆れたように言う。

「嘘。知ってる」

「え?」

「スペードに言っておいて。「お馬鹿さん」って呼ばれるの結構好きだって」

 店に魔女が入ってくるのが見えた。


「時の魔女」

「ええ、ちゃんと持って来たわ。もう、すぐ行くの?」

「うん。えっと、どっち回し?」

「月の飾りの方がクレッシェンテ、太陽があなたの世界へ」

「わかった」

 砂時計を受け取ろうとした時だった。


「待ちなさい」

 スペードに止められる。

「どうしたの?」

 そう訊くと、逃がさないと言わんばかりに抱きしめられる。

「行かないでください」

「え?」

「置いて行かないでください」

 まるで子供のようなスペード。思わす髪を撫でる。

「大丈夫。すぐ戻ってくるから」

「すぐって、いつです? 深夜? 朝方? それとも明日の夜ですか?」

「えっと……早くて三日後かな?」

「そんなに待ちたくありません」

 本当に子供そのものだ。

「ちゃんと戻ってくるから」

「本当ですか?」

「うん。約束」

「信じられません」

 そうだ、クレッシェンテ人は口約束を信じない。

「仕方ないな。夢じゃないって証拠」

 偶然ポケットに入っていたお守りをスペードに渡す。

「これは?」

「私が居た世界の神様を祭る場所で祈祷したお守り。それは学業のだけど」

 スペードなら商売繁盛とかのほうが良いだろうに。

「結構ご利益あるんだよ。それのおかげで大学内定取れたし」

 でも、もう無効だろうな。きっと向こうじゃ行方不明で死亡届けが出てるかも。

「ちゃんと返してもらいに戻ってくるから」

「必ず、ですよ」

「うん」

 それじゃあ、と言おうとすると、再び引き止められる。

「なに?」

「手を出しなさい」

「手?」

 仕方ないのでマジシャンが見せるように手をみせる。

「手相でも見てくれるの?」

「違いますよ、お馬鹿さん。少し大人しくしていなさい」

 そう言ってスペードはポケットから何かを取り出す。


「指輪?」


 驚いた。さらに驚いたことに、見事に指にぴったりだった。

「右手中指?」

 普通は左の薬指じゃないの? そう思ったけれど、なんだか言いづらい。

「魔除けですよ。石はオニキスです」

「魔除け?」

「ついでに僕の可愛いお馬鹿さんに悪い虫がつかないように呪いを施してありますのではずさないでください」

 そう言ってスペードは私の右手の指先に口付けた。

「一刻も早く戻ってきてください」

「うん。じゃあ、またね」

「ええ、また」


 砂時計をひっくり返す。


「セシリオ、絶対写真撮るからね!」


 セシリオにそう叫んだとき、スペードが何か言っていたような気がしたけれど、すでにクレッシェンテは跡形もなく消えた。





 気がつくと私は自分の部屋に居た。

 まるでとても長い夢を見ていた気分だ。


「夢?」


 そう思って枕元を見るとあの砂時計がある。そして右手を見れば先程スペードが嵌めた指輪が、首元には王様からもらった指輪が。


「夢じゃなかった」


 そのことに安心して部屋を飛び出す。


「母さん」

 数か月ぶりに見た母に抱きつく。

「まぁ! どこに行っていたの!」

 強く強く抱きしめられた。


 私は母に長い長い夢のような話をしなくてはいけない。



 長く幸せな時間を。



 そして、再びクレッシェンテに。


 私を待つ人たちの元へ。

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