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闇の王

 

 アラストルに、時の魔女の力を借りてもとの世界に戻ると報告してからが大変だった。

 彼は深夜にも関わらず、そう、よりによって一番忙しい時間帯にあの悪魔の所に電話を掛けたのだ。結果は当然悪魔が不機嫌になって、何故か私まで呼び出された。




「帰るのか?」

「はい。三日後に」

 何故かルシファーと向かい合って座らされた。

 この人の前に居ると妙に緊張する。そのせいだろうか。折角リリムが出してくれたお茶に全く口をつけられない。

「良かったですね」

「はい。でも、すぐに戻ってくると思います」

「魔女のしでかしそうな話だな」

「ルシファーも魔女が嫌いですか?」

「嫌っちゃいねぇが関わりたいとも思わねぇな」

 これが正しい反応なのかもしれない。

 ハデスという組織はある意味孤立しているのかもしれないが、ディアーナを一方的に敵視している部分がある。

 アラストル曰く、ルシファーが一方的にセシリオ・アゲロを憎んでいるらしい。私の予想では、ルシファーも例の「デイジー」を口説いてしまったことがあるのだろうと考えている。

「戻ってくるのに挨拶か?」

「会えなくなったら困るから。前にうっかり過去に行っちゃったことがあるから不安なんだ」

 大好きなみんなにあえなくなるのは哀しい。

「明日はラウレルと宮廷騎士に挨拶をしに行く予定です」

「随分と知り合いが多くなったな」

「本当に。遊郭にもカルメンという知り合いが居ます」

 一度会っただけだけれど嫌いじゃない。むしろ、彼女はかなり自分を楽しんでいる部類に居ると思う。

「あそこは宮廷騎士も手出しできねぇ領域だからな。情報が集まる。娼婦と繋がりがあるのはかなりでかいぞ」

「同じことを言っている人が居ましたよ」

 瑠璃だ。騎士は鼻が利きすぎるらしいからね。

「リヴォルタには知り合いは?」

「居ないことを願いますよ」

 ルシファーを見てから、もう一度リリムを見る。少し癒された。


「……うおっ!」

 ルシファーに電話を投げつけられて気絶していた保護者アラストルが目を覚ましたようだ。

「大丈夫? パパ」

 わざとそうやって言ってやるとルシファーは大笑いをする。どうやら「パパ」が相当お気に召したようだ。

「誰がパパだぁ! 帰るぞ!」

 アラストルは相当苛立って様子で私の腕を引く。

「あっ、じゃあ、またいつか会いましょう」

「ああ、いつでも来い」

 ルシファーは笑っていた。あのいつもの意地悪い笑みではなく、時折リリムに向けるような優しい笑みを浮かべていたのだ。その隣にはリリムが、いつもの優しい笑みを浮かべている。


 ハデスもまた、一つの家族のような組織だと感じさせられた。




「どうしたのさ、急に帰るなんて」

「俺はこれから仕事だからな。お前が居るとあいつら仕事しねぇんだよ」

 成程。暗殺業は主に夜だ。前に瑠璃が「昼間に遊びたいから」などと言う理由で暗殺者になったという嘘か本当か解からないようなことを言っていたし、セシリオは「思う存分昼寝が出来てわざわざ暑い時間に直射日光の当たる場所に居なくてもいいから」などと言う理由だと話していた。

「アラストルはなんで暗殺者になったの?」

「成り行きだ」

 なんの面白みもない回答だ。そういえば、ディアーナに比べてハデスの人たちは笑いが少ない。どちらかというと厳格な雰囲気がある。まるで戦前の父親が絶対権力を持っている家庭のようだ。それに比べてディアーナの人たちはどこかのびのびとしている。未だにアジトには行ったことがないけど。

 仲良し家族という印象を受けるのだ。

「なんか面白い理由ないの?」

「俺にそんなもん求めるな」

「だってディアーナの人たちはすごく個性的な回答をしてくれたよ?」

 朔夜は「生きるために必要だったから」と答えていたけど。

「お前は……あまりそういうことを聞きまわるな」

「どうして?」

「暗殺業は確かに人気だ。儲かる。だが、常に危険がある。人の命を奪う仕事だからな。それぞれが人に言えないような理由を持っているんだ」

 ということは、アラストルも言えない理由を持っているんだろう。

「生きるために必要、それ以外の理由が欲しかった」

「は?」

「職業選択って重要だなって思って」

「ああ」

 私もあと数年したら仕事を探さなきゃいけない。就職活動か。会社員は嫌だなぁ、とか職人とかかっこいいなぁなんて考えたことはあるけれど、まだ具体的な未来図がない。なんとも寂しい。これが日本の同世代にかなり多いということがより一層寂しさを増す。


「お前がこっちで働くならどんな仕事を選ぶ?」

 アラストルがもしものはなしだと付け加える。

「そうだね。やっぱ、バーテンダーとか?」

「はぁ?」

「なんかさ、いっつもセシリオのお店に居るバーテンダー見てるとああいうの良いなって思うんだ。カウンター客はそれほど多くないけどさ。あの人みたいにパフォーマンス含めてお客さんを楽しませれる人ってかっこいいと思うよ」

 それにいろんな面白いお客さんを見れるし。そう告げればアラストルに小突かれる。

「馬鹿か」

「馬鹿でいいよ」

「認めんなよ」

「認めてやるよ」

 なんともくだらない会話。でもそれがすごく楽しい。


「ここから一人で戻れるか?」

「うん」

「多分玻璃が来てる。ココアでも淹れてやってくれ」

「へぇ、こんな時間に来るんだ」

「神出鬼没があいつの専売特許だ」

 そう言ってアラストルは来た道を引き返していく。

「速い……」

 走るってことは急ぎの仕事でもあったのだろう。悪いことをしたかな、と思う。


「君」

 突然の声に驚いて振り返る。

「ジル……なんでここに?」

「カトラスAを探していた途中だよ。また逃げられた」

「そう、緊急脱出装置でもついてるのかな?」

「だったら厄介だね」

 冗談で言ったつもりなのにジルは大まじめに頷く。

「で? スペードがどうしたの?」

「知り合いなの?」

「まぁね。この前道案内してもらった」

 そう告げると、ジルは複雑そううな表情をする。

「あんな奴に近づいちゃだめだ」

「誰に近づくかは自分で決めるよ。今のところそれほど危ない人には会っていないし」

「君、やっぱり変だね」

「はぁ?」

「だってカトラスAもセシリオ・アゲロも時の魔女も恐れない」

「だって、みんな良い人だよ? 勿論ジルも」

 そう告げるとジルは顔をそらす。

「照れてるんだ。可愛いな」

「ふざけないでよ」

「ふざけてないよ」

 そう言って、言わなきゃいけなかったことを思い出す。

「ねぇ、ジル」

「なに?」

「私ね、二日後に帰るんだ。元の世界に」

 そう告げると、ジルは驚いたように目を見開いて、それから「そう」とだけ言って黙り込んだ。

「でも、すぐに戻ってくるつもり。今度はさ、行き来できるようになるんだって。そのためにはリリムかスペードの力を借りなきゃいけないかもしれないけど」

 スペードの名が出た瞬間にジルは不機嫌そうになる。

「ちょっと待ちなよ」

「なに?」

「そうやって勝手に行き来されたら困る」

「どうして?」

 そう訊ねたとき、ジルは既に仕事の顔だった。

「本来この国に入るのには王と宮廷騎士の許可が居る。御璽の捺された旅券と宮廷騎士の許可証だ。クレッシェンテ人は生まれた時に戸籍と一緒に旅券が発行されるけど、君は特例中の特例だ。僕じゃ判断できない」

「なら戻ってくるなって?」

 ジルにそれを言われてしまっては戻ってきたら即監獄行きでミカエラの世話になることになってしまう。

「そうは言ってないよ」

「じゃあどうすれば?」

「王に謁見を」

 ジルはついておいでと視線で指示する。

 まさかこんなにも大事になるとは思っていなかった。まさか王に会えるなんて。


 噂ほども知らない、この犯罪王国の王はどんな人なのだろう。きっと化け物には違いないと思いつつ、不敬罪は即刻死刑だと聞くのでとても声を出す気にもなれなかった。

 



 ジルに連れられて王宮に来た私はなぜか彼の部屋で待たされた。

 彼の部屋は彼の性格なのかきっちりと整頓されていて、清潔感が溢れているし、さりげなく上品に高価な家具が置かれているが、それら全ては機能を重視したものだと言うことがまさにジルを表していた。

「そんなに珍しい?」

「ジルらしいと思って」

「そう。今、ポーチェが来る、ここで待ていなよ」

「うん」

 ジルが出て行ったその部屋で一人になる。なんだかとても落ち着かなかった。


「お待たせいたしました」

「あ、ペネル」

「お久しぶりです」

 そう、久しくも無いが、知った顔に会えたことで少しだけ安心する。

「王さま、どんな人かな? 緊張してきちゃった」

「そうですね、少し厳しいところが御有りになられますがとても賢い方です」

 できれば優しいとか温厚という言葉を聞きたかった。

「許しが出た」

 戸の向こうからジルの声が。

「すぐに。さぁ、行きますよ」

「はい」

 かちかちに緊張してちっとも私らしくないけれど、これから犯罪大国の王様に会うのだから仕方ない。第一、日本に居たって天皇陛下に会うことなんて滅多に無いのだから他国の王に会うなんてどれだけレアな体験か予測もつかないのが現状だ。


 


 案内された謁見の間と言うのはとても厳粛な雰囲気だった。

 アリスに出てくるハートの女王が座っていそうな玉座に、私よりも年下に見える少女が座っていた。

「……この人が王様?」

「ああ、無礼の無いように」

 ジルがこっそり耳打ちしてくれる。


「お前が異界から来たという者か?」

「はい」

「ほぅ、面白い。あの魔女が……そうか」

 王は何か一人納得したように頷く。

「我はクレッシェンテ王国第24代王、テネブラだ。覚えておけ」

「は、はぁ」

 やはりクレッシェンテ人は変な人が多い。第一、テネブラなどと言う王で本当に大丈夫なのか? と不安になる。

「ジル」

「はい」

「この者に旅券を、とのことだったな」

「はい」

 ジルが頷く。この男が誰かの下についていること自体が不思議でならない。

「この者に旅券などいらぬ」

「は?」

「旅券などいらぬと言った。許可証も発行するな」

「それは……」

 つまり私に二度とクレッシェンテに足を踏み入れるなと言いたいのだろう。

「ペネル」

「はい」

 王はペネルに耳打ちすると、彼女は慌てて駆けていくが見事に転んだ。

 一体何をしたいのだろう。

「陛下、一体どういうおつもりで?」

 ジルも不思議そうに訊ねる。

 いや、解かりきっている。きっと私はつまみだされるのだ。


 しばらく沈黙が続いた。

 そしてペネルが小さな箱のような物を王に渡した。

「いつ見ても美しい……」

 王はうっとりと箱の中身を見つめる。

「異界の者」

「はい」

「ここへ」

 彼女は自分の足元を指す。仕方ないので言われるままにその場へ向かった。

「お前にこれをやろう」

 そう言って彼女は先ほどの箱を差し出した。

「あの……これは?」

「何代か前の王がロートの魔術師に作らせた指輪だ。身につけていろ。それがお前の旅券代わりになり、許可証代わりだ」

 驚いた。王は、彼女は私をこの国に置いてくれるというのだ。

「ジル」

「はい」

「今のを聞いたな?」

「はい。しかと」

「騎士団に知らせておけ。この者は我が招いた客人だと。そして、半分だけクレッシェンテ人として認めよう。ただし、戸籍は与えん」

「……それでは国民とは呼べません」

「税は納めなくてよい」

「はぁ」

 ジルは呆れた様子で王を見上げる。

「決して失くすな。それを失えばお前はこの国に入ることができぬと思え」

「はい」

 王の言葉。それは私に滞在と出入りを許可するものだった。これはこの人の優しさなのだろう。

 何故だろう。クレッシェンテ人は話に訊くほど悪い人はいない。

 それは、偶然私がその様子を見ていないだけか、故意にこの国が悪い噂を流しているのか……。

 それは私にはわからない。

「ありがとうございます」

 礼を言って退室する。


「ジル、王様、すごくいい人だね」

「当然だよ」

 ジルは誇らしげに言った。

「今度は正式にこの国に居られる」

「ああ、だから……」

「なに?」

「いつでもおいでよ」

「え?」

 ジルの言葉に驚く。まさか、仕事の鬼のジルがそんなことを言うなんて。

「君が居ないと調子狂う」

「なっ……」

「いつでもおいでよ。いや、来なかったら逮捕する」

 ちょっと待ってよ。それって……。


「職権乱用しないでよ」


 ジルって本当によくわかんない。

「君がここに来れば問題ない」

「なに? それって義務?」

「それとも陛下に法令を作ってもらおうか。異界の君は週に一度は必ず王宮に足を運ぶとか」

「うわぁ、それすっごく乱用じゃん」

 こういう人に権力持たせちゃダメだと思う。

「僕がここまで言ってるんだから、来てよ」

「すっごく上からだね」

「今更でしょ?」

 うん。前から思ってた。ジルって素直じゃない唯我独尊人間だって。

「認めたくないけど」

「なに?」

「好きなんだ。君のこと」

「へ?」

 ジルってこんな人だっけ。なんて失礼なこと思った。

「二度は言わない」

「ごめん。でも、ありがとう」

 やっぱり言葉で貰うのは嬉しい。

「それで? 君は?」

 どうなの? とジルは問う。

「好きだよ。玻璃とアラストルと瑠璃と朔夜とミカエラとカルメンとデイジーの次くらいに」

「一人男混ざってたけど?」

「保護者だもん。パパ大好き。むしろファザコンでいい。で、玻璃が妹」

「カァーネより下ってのも気に入らない」

 ジルは拗ねた子供のように言う。

「だって……ミカエラってなんかかっこよくない?」

 多分憧れって言うんだ。

「もういい……どうせ君は解かってないんだから」

 ジルはそう言ってすたすたと先に行ってしまう。


「カァーネ」

「何か?」

 ジルが呼ぶとすぐに不機嫌そうな声が。

「この子を送ってあげて。君のことが好きらしいから」

「……仕方ない。ついてこい」

「はいっ」

 ミカエラの気迫に負ける。

「全く……貴様は私の仕事ばかり増やしおって!」

「すみません」

 確実にこのミカエラに嫌われている気がする。

「謝る気があるのなら、コーヒーでも奢れ」

「え?」

「……茶にくらいなら付き合ってやってもいいと言っている」

 どうも騎士団には素直じゃない人が多いらしい。いや、ある意味凄くクレッシェンテ人の特徴なのだろう。

「ありがとう、ミカエラ」

 そういうと、彼女は顔を真っ赤にして顔をそらした。

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