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黒の殺し屋



 夢のような時間が、終わりに近づいた。




 今日はハデスの御遣いで、メディシナのところへ書類を届けた。その帰りに、なんとなく花屋があったから覗いてみた。

 なんとなくの好奇心と言うものはどうしてだろう。すぐに問題を起こしてくれる。


「瑠璃?」

「え?」

 なんとなく、花屋のその店主が瑠璃に似ているような気がした。

「違う。彼女はイリスよ」

「え?」

 後ろから声がしたので慌てて振り返る。そこには漆黒の衣装を身に纏った少女が居た。

「……玻璃?」

「うん」

 彼女は何の感情も読み取れないその顔で頷いた。

 黒い髪を編みこんでいる、血のような赤い瞳の少女。いや、実際は私より年上なのだ。

「やっと会えた」

「うん。待ってたよ。ずっと」

「え?」

「だって、約束したから」

 玻璃は無表情のままそう言う。ああ、この数年で玻璃から笑顔が消えてしまったのだと知る。

「会いたかった」

 思わず玻璃を抱きしめた。綺麗になったねと告げる。

「あなたは変わらない」

「うん。だって、この時間から過去に飛んだから」

 そう言うと、玻璃は微かに首をかしげた。

「過去に?」

「うん。これのせいで」

 そう言って例の砂時計を見せる。

「蘭……また変な暇つぶしを考えたんだ」

「え?」

「ごめんなさい。蘭は退屈になるとすぐそうやっていろんな人を巻き込むの」

 時の魔女……迷惑な奴だ。

「ちょっと文句言いにいきたい」

「うん」

「あの魔女がどこにいるか知ってる?」

「うん。こっち」

 玻璃はまるでついて来いというように、私の手を引いた。

「ねぇ、玻璃」

「なに?」

「どうしていつもアラストルの家では会えなかったの?」

 そう訊ねると玻璃は不思議そうな顔をする。

「アラストルの家? どうして?」

「私はそこにお世話になっているんだ」

「そう、あなたも。一緒だ」

 玻璃は微かに笑った。

 なんというか、昔と違って「綺麗」という表現の方が似合うようなそんな微笑だった。

「多分、まだ時じゃなかったから会えなかったんだ」

「え?」

「全ての出来事は必然だって蘭がいつも言っている。人が出逢うのは運命なんだって」

 あなたと出逢ったのもきっと運命だよ。玻璃は言う。

「そうかも。時空を超えて、っていうか、世界を超えて廻り逢ったんだから」

 本当に沢山の人に会って、凄く幸せな時間を貰った。これは全て必然。そう考えると、また寂しくなる。

「私が帰るのも……必然、か」

「帰っちゃうの?」

「うん。帰らないと。だって、ここは私の世界じゃないから」

 どんなに居心地が良くても、ここは私の世界ではないのだ。だから、私は私の世界に帰らなくてはいけない。そのために玻璃を探して時の魔女を探していたのだ。




 しばらく歩いて、いつもスペードが居る酒場のすぐ傍にある古びた雑貨店と本屋の間の、注意深く見ていないと見過ごしてしまいそうな「Notturno」という汚らしい看板があった。

「ここだよ」

「え?」

「蘭の店。でも、探せる人が少ないの。マスターも滅多に辿りつけない」

「だって、あの酒場のすぐ傍にある……」

「うん。でも、必要な人にしか探せない、そういう魔法が掛かってるんだって」

 そう言って玻璃は店の戸を押して中に入っていく。

「蘭、居る?」

「あら? 玻璃ちゃん。ってことはあの子も……いらっしゃい。よく来たわね」

「よく来たわね、じゃない。一体どういうつもり?」

「あら、あなただって結構楽しめたでしょう?」

「それは……否定はしないけど」

 実際楽しんだ。いや、今だって帰りたくないくらいにはこの国が好きだ。

「玻璃ちゃんを連れてきてくれたご褒美に、あなたの願いを一つだけ叶えてあげるわ」

「え?」

「なんでもいいわよ? 時の魔女に不可能は無いわ」

 そう言って魔女はくすくすと笑う。

「私の願い……」

 願い。それは酷く曖昧で、現実離れしている。けれど、言ってみるだけなら許されるはずだ。


「じゃ、じゃあ。私の願いは、ずっとみんなと一緒に居ること」

「え?」

「そう、元の世界とこの国を自由に行き来できるようなそんな手段のこと」

 上手く表現できない。だけど、こっちに来たなら帰れるはずで、もう一度ここに来る方法もあるはずだ。

「あら、だったら、その願いは既にあなたの手の中よ?」

「え?」

 魔女の言葉が理解できない。

「その砂時計、新月クレッスィードゥラ砂時計クレッシェンテはあなたの望みをかなえることが出来る」

「でも、前に試したときは戻れなかった。それに、シルバがこれは回数制限のある魔術だって言っていた」

 回数制限があると厄介なのだ。

「そうね。その砂の量じゃ三回が限度。でも、魔力を補充すれば何度でも使えるわ」

「え?」

「あの坊やは肝心なことをあなたに教えなかったのね。ほんと、意地悪な子」

 魔女は水晶球を覗く。

「それもそうね。大好きなあなたを帰したくないんですもの」

「どういうこと?」

「いいえ、あの子が言わないならあなたは知る必要がないわ。それより、元の世界に戻るには、砂時計を三回ひっくり返せばいいの。時間軸が少し違うから。そして、こっちに戻るときは元の世界に戻るときとは逆方向に一度よ」

 回転方向で行き先が決まるのか……。

「魔力を補充ってどうすればいいの?」

「ここに持ってこれたら私がしてあげてもいいけど、次からはちゃんと対価を頂くわ。いいえ、対価はお金じゃないの。それが嫌なら、スペードやリリムなんか魔術を使える人に頼むといいわ。最も、あの坊やはそんなことをしたがらないだろうけど」

 魔女はただ、水晶を見てくすりと笑う。

「他に方法は?」

「満月の光を三度浴びさせれば一回分、かしら」

「それって三ヶ月待てってこと?」

「そういうことかしら」

 気が遠くなる。けれど、とりあえず今回は三回分、この魔女が魔力をくれるらしい。

「蘭、いつでも会えるってわけにはいかないの?」

「そうね、いつでも、なら、この子をこの国に縛り付けるか、玻璃ちゃんが子のこの世界に行くかの二つの方法しかないわ。でも、この子はそれを望まないの」

 時の魔女は悩ましげな表情でそう言う。

「だって、元の世界には母さんが待ってる。だから、会って、謝らなきゃ。勝手に居なくなってごめんなさいって」

 そう、アラストルが言うように、アルジズが言うように、母さんは心配しているのかもしれない。

「お母さん、居るんだ」

「うん。二人暮らしなんだ」

 だから、余計に心配をかけていないか不安になる。

「解ったわ」

 魔女は立ち上がる。

「その砂時計を預けて頂戴」

「え?」

「三日掛かるけれど、私の魔力を入れてあげるわ。三日後にここに取りに来る? それともどこかで渡したほうがいいかしら?」

 この魔女も、クレッシェンテ人なのだと感じさせられた。

「じゃあ、届けて欲しいな。セシリオの酒場に。あそこが一番好きなんだ。賑やかで」

 三日あるなら、みんなに挨拶できるかな。ジルとミカエラとペネルに会って、それからメディシナに会って、カルメンと瑠璃に会って、朔夜とアルジズに会って。ハデスの人たちにも挨拶して、アラストルにお礼を言って、それからあの酒場に行こう。そうしたらみんなに挨拶してから帰れる。もう一度みんなに会える。

「解ったわ。三日後の晩に」

「うん。お願い」

 魔女に砂時計を渡す。

 終わりのときが来る。けれど、それはきっと更なる自由の始まりなんだ。


「ねぇ、玻璃」

「なぁに」

「朔夜が大聖堂で待ってるよ」

「ほんと?」

「うん。それにね、セシリオが地図の所に玻璃を連れてきて欲しいって地図を渡してきたんだ」

「そっちは行かない」

 玻璃は不服そうにそう言った。

「どうして?」

「だって、アジトに帰るとマスターがうるさいもん」

 セシリオ、報われないんだ。誰よりも奥さんと娘達を愛していますアピールをし過ぎているせいで部下には嫌われているパターンなのだろうか?

「アジトは嫌い?」

「そういうわけじゃない」

「じゃあどうして?」

 玻璃は目を閉じる。

「あなたがどうしてもって言うなら戻ってもいい」

「じゃあ、どうしても」

「仕方ないな」

 玻璃は笑う。まるで子供のような笑み。

「そのほうが玻璃らしい」

「え?」

「可愛いよ。凄く」

 こんな妹欲しいな。あ、恋人もいいな。っておかしいか。

「私、きっと玻璃のこと大好きだと思う」

「うん。私も」

 何でだろう。たった二度しか会ったことが無いのに、ずっと昔から一緒に居たようなそんな感覚。

 クレッシェンテは不思議と、そういう感覚がある国だ。だからこそ居心地がいい。

 

 まるで、私の一部みたいに。





「玻璃、アイスクリーム奢ってあげる」

「ふふっ、昔みたいだね」

「うん。じゃあ、チョコとクッキーとレモンであの時と一緒にする?」

「うん」

 全く同じ組み合わせ。でも、今度は二つ買った。一緒に歩きながら食べる。

 なんだか本当に、ずっと仲良しの友達と歩くようなそんな気分だ。

「このまま買い物とか行きたいね」

「買い物?」

「服とか小物とか。実はあんまり女の子と歩いたこと無いんだ」

「私も」

 顔を見合わせて笑う。この時間が凄く幸せだ。

「やっぱ玻璃大好き」

「私も」

「さっきからそればっかりだね」

「うん」

 なんだか凄く幸せだ。それに、女の子と歩くこと事態が不思議な感じがする。

「買い物、言っちゃう?」

「ダメだよ。アラストルに怒られる」

「あ、この前拳骨貰ったばっかりだった」

「ふふっ、アラストルは心配性だから」

 そういう玻璃はどこか楽しそうだ。

「じゃあ、このままパパの所に帰りますか」

「パパ?」

「そんな感じしない?」

「する」




 玻璃と二人でアラストルのアパートの扉を思いっきり開ける。


「ただいま」


 二人揃ってそう告げると、アラストルは驚いたようで、目を見開いたまま何も言えずにいた。

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