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騎士の知恵

 アラストルが良くなった所でメディシナの「御遣い」をしなくてはいけなくなった。内容自体はアラストルやルシファーが寄越すものと大差ない。


「メディシナ、スペードにまで持っていくの?」

「ああ、詐欺師に薬、騎士団には診断書だ。失くすんじゃねぇぞ」

「これで二回分だよね?」

「バーカ、一日で一回分だ」

「うわぁ、性格悪っ」

「うるせぇ」

 根っからの商人だとスペードが言っていたのも解らなくは無い。何せ、この男は少しでも自分が損をすることを嫌う。ギャンブルなんて絶対にやら無い人間だろう。

「ってか、スペードと交流があったことに驚いた」

「賭けの相手に飲ませる薬が欲しいんだとよ。負けたら飲むかなりきつい奴との要望だった」

「なんで?」

「俺が知るかよ。本人に訊け」

 そう言ってメディシナは何やら小瓶を渡してきた。どうやら水薬のようだ。

「あ、この薬は宮廷騎士に見つかるんじゃねぇぞ」

「え?」

「申請してねぇんだよ。一応、形式上は全ての薬は原料を宮廷騎士に申請することになってるんだ。これは試作段階でな。まだ申請してねぇんだ」

 意外とめんどくさいんだ。

「何のために申請するの?」

「王に何かあったときにすぐに解毒できるようにだよ」

 毒薬とは限らなくても宮廷騎士が全ての薬の原材料と製造方法を知っておかなくてはならないらしい。まぁ、あのジルが居ればそんな事態にはならないと思うけど。

「わかったよ。こっちがスペードで、こっちはジル?」

「いや、ユリウスには直接渡せないだろう。ペネル・ポーチェって女が居るはずだ。そいつに渡しておけ」

「ペネル・ポーチェ?」

「いつも大量の書物を抱えた、眼鏡をかけたどこか抜けた女だ。よく転ぶ」

「へぇ、じゃあ転んだ人見れば……」

「一発だ」

 本当にそんな人居るのかな。それにしてもメディシナは口が悪い。趣味も悪くて口も悪いけど面倒見が良いから嫌いにはなれない。でも、スペードが言っていた通り恋人は出来ないと思う。

「そんなことばっかり言ってるから金目当ての女も逃げていくんだよ」

「なっ……何故それを……」

「メディシナを見てれば解るよ。じゃあ、行ってきます」

 先にスペードの所に行こうか、それともジルのところにいこうか。

 瓶と封筒を見比べる。

「王宮にしよう」

 酒場のほうが迷わないから王宮を先に探そう。スペードはいつだって酒場に居そうだし。

 そんなことを考えながら、王宮を目指した。




「あの、ユリウス宮廷騎士団長はいらっしゃいますか?」

「ジル様なら、先程出かけて……」

「誰がユリウスだって?」

 門前に居た騎士団員らしき人に声を掛けたら、後ろから声がした。

「あ、ジル」

「……君、何のよう? ってか今のわざとだったよね?」

「うん」

 だって、噂をすれば影って言うし。

「何か用?」

 用がなかったら殺すとでも言わんばかりにジルが睨む。

「ペネル・ポーチェって人を探すように言われたんだけど」

「ポーチェ? だったら中に居るよ。沢山書物を抱えていてすぐに転ぶ注意力の足りない奴だ。すぐにわかる」

「転ぶんだ……」

 ジルにいたってはペネル・ポーチェという人の外見的特長を一つも挙げなかった。そこまで行動で見分けろと言うことなのだろうか?

「ほら、あそこに」

 ジルが指した方を見ると、確かに沢山本を抱えた女の人がかなり派手に転んだ。


「ポーチェ、もっと注意しろと何度言えばわかる。大理石は傷つきやすいんだ」

「す、すみません。ジル様」

 ペネル・ポーチェという女性は凄く気の弱い人らしい。ジルの視線に負けてびくびくと震えている。クレッシェンテ人特有のあの瞳ではない。

「まぁいい。君に客だ」

 そう言ってジルは私の背中を押した。かなり力が強かったので危うく転びそうになった。

「え? えっと……あなたは?」

「はじめまして。メディシナからの御遣いで診断書を届けにきました」

「あ、はい。ああ、確かに受け取りました」

 ペネルはきょとんとした表情の後に私の手から診断書の入った封筒を受け取った。

「ねぇ、診断書なら僕に直接渡してもよかったんじゃないの?」

「そう思ってたけど、メディシナがジルは忙しいからペネル・ポーチェに渡せって」

「……仕事を増やすな」

 ジルは苛立った様子でペネルの手から封筒を奪い取った。

「僕は暇じゃない。君たちと違って」

 そういい残して、彼はずかずかと王宮の奥へと入っていった。

「ジル、機嫌悪いね」

「ええ、今日はカトラスに逃げられましたから。って、これは言ってはいけないことでした。すみません」

 ペネルは慌てて手で口を覆って謝った。

「いや、私はこれからそのスペードに用があるんだけど……何かあったんですか?」

「え? あなたがカトラスに?」

 ペネルは驚いたように私を見る。

「そんなにおかしいですか?」

「彼はSランク級危険人物ですよ? 捕らえ次第、死刑が確定している」

「え?」

 驚いた。それはスペードは口は悪いし、性格もあまりいいとは言えないかもしれないけど、それでも面倒見は良いし、何より普通にクレッシェンテ人だ。クレッシェンテと言う国の規格からは何もはみ出ていなさそうな、まさにクレッシェンテ人の標本みたいな男だと思う。魔術師であることを除けば。

「魔術師ってダメなの?」

「いいえ、魔術師が悪いわけではありません」

「じゃあどうして?」

 世話になってしまった後だ。今更スペードを悪い人とは思えない。

「彼が悪名高い詐欺師であることはご存知ですよね?」

「はい。でも、詐欺師だって沢山居るでしょう? この国には」

 何せ犯罪が産業のような国だ。居ない方がおかしい。

「ええ、ですが、彼はそれだけではない。リヴォルタの幹部クラス、いえ、首謀者であるという話すらあります」

「リヴォルタ?」

 噂でしか知らないそれは一体何なのだろう? ただ、その名を口にしたペネルの表情が微かに翳ったことは確かだ。

「王の敵です。様々なところで無差別攻撃を行ったりする組織です。あのディアーナやハデスでさえ忌み嫌う組織です。奴らのせいで家族を失ったものも、この騎士団にも何人も居ます」

「王の敵、国の敵って事?」

「それは……少し違います。国の、クレッシェンテという国の人間としては特にとがめられません。ただ、王が居ることによって若干、規則に変動があります。たまたま、彼の行動が今の王の規則に引っかかっただけです」

 よくわからない。王が変われば規則も変わる? それじゃあ国は安定しない。

「あなたも、リヴォルタの連中には関わらないことです」

「どうして?」

「私の話を聞いていましたか? 奴らは危険です。あなたのような子供相手にも容赦ないのですよ?」

 子供、という言葉に腹が立った。

「私は18です」

「十分子供です。この国には化け物が沢山居ます。それこそ数百年生きているような者達が」

 それは確かに化け物だと思う。だけど。納得いかない。どこに行っても子ども扱い。

「それに、この国では、一人前に働けなければ子ども扱いされます」

「御遣いをしているうちは子供だと?」

「ええ、その通りです」

 確かにペネルの言葉は正しいと思う。だから私はどこに行っても子ども扱いされるのだ。スペードが私を子供だと言うのもそのせいかもしれない。

「私、もう行くよ。次にも届け物あるから」

「ええ、お気をつけて。くれぐれもリヴォルタには関わらないように」

「それは保障できない。なんか、変な人にばっかり関わってるから」

 クレッシェンテじゃちょっとした有名人って人にばっかり会ってる。ちょっとした、どころか超有名人にまで会っている。運がいいのか悪いのか解らない。

「本当に気をつけてください。あ、その……」

「なんですか?」

「ジル様はなにもおっしゃいませんが、またいつでもいらしてください」

「え?」

「ジル様、あなたと会う日は機嫌がよくなります。私どもとしては大変助かります」

「あー、あの人子供好きだからね」

「え?」

「ううん、なんでもない。それじゃあ、また」

 ペネルも知らないことを知っていたことが少し誇らしく思えた。




 王宮を出て、真っ直ぐ酒場に向かう。もう道は暗くなってきている。スペードは居るだろうか?


「スペード・ジョアン・アンジェリス」

 酒場の扉を勢いよく開けて叫んだ。

 目当ての藍はいつもの席に居た。だけども、今日はカードを広げては居ない。

「ああ、お前ですか。丁度来るころだと思っていました」

「え?」

 なんで知ってるんだろう? 驚いた。けれど、私が驚いたのはそのことだけではない。スペードがカードを広げていなかったという事実に驚いていた。

「なんとなく、お前が来る気がしていました」

「どうして?」

「さぁ? ただの感です。賭け事をしていると感が研ぎ澄まされる。お前もやってみますか?」

 スペードはどこからかタロッキを取り出して言う。その仕草が妙に上品に見えた。

「結構です。スペードみたいにギャンブル中毒になったら困るもん」

 そう言って、勝手にスペードが座ってる席の向かいに座る。

「届け物」

「え?」

「メディシナから」

 そう告げれば、彼は「ああ」と納得したように返事する。

「随分遅かったですね」

「ペネルと長話してた」

「お前は、御遣いもまともに出来ないのですか?」

 スペードに小突かれた。どうしてテーブルの反対側に居るのに届くのか不思議だった。

「だって、ペネルは変なことばかり言うんだもん」

「変なこと?」

「スペードがリヴォルタとか言う組織の首謀者だって」

 そう告げれば、スペードはいつもの「ハハン」という笑い声を響かせる。とても楽しんでいるようだ。

「それで? お前はどう思っているんです?」

「私は……リヴォルタが何かよくわからないけど、ペネルが言う通りだったらスペードはそんなんじゃないと思う。だって、ディアーナも忌み嫌う組織でしょう? スペードはセシリオと仲よさそうだもん」

「お馬鹿さん」

 スペードは私の頭を撫でる。いつの間に来たのか、隣に居た。

「馬鹿でいいもん」

「お前は意外に、真実を見る目を持っているかもしれませんね」

「え?」

「一人の言葉だけを信じるのではなく、自分の目で確かめようとする。良い心がけです」

 スペードは私の目を見る。何かの暗示にでも掛かりそうなそんな感覚に陥る。

「少し話をしたいですね。今日は奢ります。と言っても、お前に酒は早いですね。ココアでも注文しますか」

「……確かにお酒は飲めないけど、ココアは無いんじゃない?」

「では何がいいですか?」

「アイスコーヒー」

「残念ですが、この店にはありません」

「じゃあ、何があるの?」

「適当に注文しますか」

 スペードは店主に声を掛けて何やら注文していた。早口だったのでなんと言ったか聞き取れなかった。だけども、店主は随分とそれになれているようだった。


「それで? ポーチェは他に何か言っていましたか?」

「スペードを捕まえたらすぐに死刑だって」

「ああ、そう言って宮廷騎士は一度も僕を殺せた例がない。現に僕はここに在る」

 スペードは本当に楽しそうにそう言う。おそらくは彼を心配していただろう自分が馬鹿馬鹿しく思えた。

「スペードは騎士が嫌い?」

「いいえ。彼らで遊ぶのはなかなか面白い」

「ふぅん。ジルはスペードを逃して凄く不機嫌だった」

「ああ、彼ですね。あれは良い玩具ですよ」

 暇つぶしになる。スペードはそう言ってタロッキを弄ぶ。

「不思議」

「何がです?」

「スペードのことはじめ大嫌いだと思ってたのにさ、なんか、良い人かもって思い始めた」

 性格は最悪かもしれない。だけど、絶対悪ではない。スペード・ジョアン・アンジェリスという男は限りなく人間なのだ。

「お馬鹿さん」

 また小突かれる。けれど全く痛くない。

「僕はお前を生意気なガキだと思っていました。今も少し思っていますね。年長者に対する礼儀と言うものが無い」

「そんなに離れてないじゃん」

「見た目で判断しないで下さい。お前なんて曾孫以上に年が離れていますよ」

「えっ? 嘘でしょう?」

「嘘じゃありませんよ。二百を過ぎてから数えるのをやめましたからね。確か四百は済んでいたはずです」

 ようやくペネルの言っていた「化け物」の意味が解った。

「納得」

「今日は妙に聞き分けが良いですね」

「あんたのこと嫌いじゃないって思ったからかな?」

「そうですか。僕はお前なんてどうでもいいですよ」

 スペードは笑う。妙に意地の悪い笑みだ。

「お前がウラーノとセシリオに気に入られていなければあの場で殺していただろうに、何故か妙に興味が湧いた。けれど、僕はお前のように好き嫌いで判断はしない」

「私はするの」

 なんとも子供っぽい言い争いだ。

 

 丁度店主が飲み物を持ってきた。どうやらスペードが注文したのは山葡萄のジュースだったらしい。

「子ども扱い?」

「ナルチーゾの特産品ですよ。味を覚えておきなさい。ホンモノとニセモノを見分けられるように」

「因みにこれは?」

「ホンモノです。ここはセシリオの店です。ウラーノが直接品を届けさせている。ニセモノの入る隙なんてありませんよ」

 驚いた。あの恐怖の代名詞が酒場を経営していたのか。

「覚えておきなさい」

「え?」

「あの壁の時計の文字盤に微かに紋が入っている」

「うん」

「あれがディアーナの紋です」

 スペードに言われ、目を凝らして見てみる。確かにどこかで見たような紋だった。

「どうしてそれを?」

「何かあったらあの紋を探して、セシリオとその妻か娘の名前を出しなさい。保護してもらえますよ」

 ということは、つまりスペードは私の心配をしてくれていたのだ。

 

 なんだか嬉しくなった。


「スペード」

「何です?」

「やっぱ、あんたのこと好きかも」

「はぁ?」

 スペードは呆れたように私を見る。

「あんたはあんたが思っている、みんなが思っているよりはずっと良い人だ」

 そう言うとスペードに小突かれた。


「お馬鹿さん」


 微かにスペードの耳が赤い。

 なんだか凄く貴重なものを見られた気がした。

 


 

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