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褐色の医者

 

 かつて無い危機が訪れた。

 アラストルが熱を出したのだ。


「ちょー、パパ、大丈夫?」

「だ・れ・がパパだぁ」

 熱で頭がまともに働いていないくせに突込みだけはちゃんと入れるが、明らかに顔は熱かった。

「何があったのさ」

「ルシファーの奴に舟から池に突き落とされて岸まで泳いだ」

「そりゃ風邪引くだろ。昨日は雨だったし」

 むしろ何でそんな日に舟に乗ったんだ? まぁ、あの悪魔ならこのロン毛を突き落とすため、なんて理由もありえそうだが。何せコイツはいじり甲斐がある。それに多少の無茶なら応えてくれるという素晴らしい機能がついている。

「アラストル、あんた子供のころ苛められてたでしょ?」

「んなわけあるか!」

 反論したアラストルは咳き込んだ。唯一の救いは風邪を引けたことだろうか。これで引かなかったら本当の馬鹿だ。

「病院行こうよ」

「どんなけ離れてると思ってるんだ?」

「へ? 病院ってそこらにあるんじゃないの?」

「クレッシェンテには一箇所しかねぇ。悪名高いメディコの居るラウレル。主に王宮が管理している」

「げ……王宮……無理。あんた結構でかいもん。運べない」

 身長差どれだけあると思ってるんだよ。アラストルはクレッシェンテ人でもかなり背が高い方だ。運べそうに無い。

「解った。医者を呼んでくる」

「はぁ?」

「パパが高熱で死んじゃうかもしれないって言ってお情けを貰ってくるよ」

「馬鹿言ってるんじゃねぇ」

 そう怒鳴って、アラストルは再び咳き込んだ。

「黙って寝てなよ。最悪ジルに頼み込んでみる。ああ見えてあの人結構親切だから」

 買い物に行ったときに会ったらたまに荷物持ってくれるし。その代わりに愚痴聞かされるけど。

 とりあえずアラストルの額に湿らせたタオルを乗っけて襤褸アパートを出る。


 向かう先はラウレル。


 けど、メディコって何だろう? 初めて聞く単語だ。


 仕方ない。使えるものはたとえ嫌いな奴でも使うのがここで学んだ流儀だ。

 あまり足を運びたくなかった酒場に訪れた。


「スペード・ジョアン・アンジェリス!」

 あえてのフルネームで呼ぶと、やはりその人はいつもの席でカードゲームをしていた。

「またあなたですか。何のようです?」

 呆れたように彼は私を見る。

「確実に会えそうな知り合いが貴方しか居なかったので」

「それで?」

「メディコって何?」

「は?」

 スペードは呆れたように私を見た。

「アラストルが高熱で酷いからラウレルに向かってるんだけど、メディコって何かわからなかったから誰かに聞こうと思って。あ、それとラウレルがどこかも解らない」

「……馬鹿だ」

「悔しいけど、今だけは認める」

 そう言うと、スペードは深い溜息を吐いた。

「仕方ない。ついて来なさい」

「え? 案内してくれるの?」

「ええ、お前を放っておくとまたウラーノとセシリオがうるさいですからね」

 初めてスペードが私を「お前」と呼んだことに少し驚く。

「ありがとう」

 やっぱりクレッシェンテ人はなんと言うか、面倒見の良い人が多いようだ。スペードもその一人だったことには少し驚いたが。

「僕は高いですよ」

「困ったな。お小遣いは少ししか貰ってないから」

「ハハン、面白いことを言いますね。所持金は?」

 そう言われたのが少し腹立たしくて財布の中身を全部ひっくり返して見せた。

「薬代とか足りるかな?」

「十分だとは思いますが……仕方ありませんね」

 スペードは再び深い溜息を吐く。

「ついて行ってあげますから」

 そういうスペードの目は哀れんでいるようでかなり腹が立ったが、今は他に頼れる存在が無いので大人しく従うことにした。



 スペードと一緒に、かなりの距離を歩いた。

「ここがラウレルです。どのメディコを指名しますか?」

「だから、メディコって何?」

「そうですね……治療する人、ですか?」

 魔術師とはまた別物ですが、と彼は言う。

「ああ、医者のことか。誰がいるかわからないから一番使えそうな人」

「失礼な言い方ですね。まぁ、良いでしょう。メディシナ・ティブロンを指名しましょう。彼は腕は確かです。人間性はなんとも言えませんがね」

 お前にそれを言う資格はないだろうと思いつつも、口には出さない。

 スペードは私の変わりに受付を済ませてくれたようで、すぐに呼ばれた。


「で? 患者はコイツか?」

「……あー、患者は、家で寝てます」

「……馬鹿、それを先に言え」

 メディシナ・ティブロンという男はカルメンと同じ褐色の肌に黒い髪の男だった。なんというか医者とは思えないド派手でいかにも成金趣味といった服装だ。

 メディシナは何やら鞄の用意をし始める。

「何してるの?」

「患者の所に行くに決まってるだろ」

「お前は肝心な所が抜けています」

 スペードに軽く小突かれ、ようやく医者をアラストルの場所に連れて行かなくてはいけなかったことを思い出す。

「そうだった。スペード、ついて来てくれる? ってか噴水前広場までの道がわからない」

「……仕方ありませんね。お馬鹿さん」

 さっきから笑顔で人を馬鹿にしてくるこの詐欺師に殺意が湧くが、勝てる気がしないのでなんとか堪えた。


「患者はどんな様子だ?」

「えっと、結構顔熱かったから熱は高いと思う。あと、凄く咳き込んでた」

「肺炎かもしれねぇな」

 アラストルが? 馬鹿だから肺炎になったんだろうか?

「昨日、池に突き落とされたんだって」

「そりゃ馬鹿か?」

「馬鹿でしょうね」

 ああ、スペードにまで馬鹿って言われてる。

「馬鹿は馬鹿でも良い馬鹿なんだから」

「フォローになっていませんよ」

 痛いところを突かれた。

「全く、世話が焼けますね」

「全くだ」

 どうやらこの二人の心は一つになってしまったらしい。

「メディシナ、アラストルは治る?」

「見てみないとなんとも言えねぇが、大丈夫だろう。俺は腕は確かだ」

「ええ、人間性、と言うか、趣味は悪いですがね」

「おめぇにだけは言われたくねぇよ。詐欺師野郎」

 この二人は面識があるのだろうか? なんだか仲がよさそうだ。

「二人は友達なの?」

「気色悪いこと言うな。初対面だ」

「え?」

 驚いた。けれど、このメディシナって言う人はなんだかどこにでも溶け込めそうに感じる。なんとなく、アラストルと近いものまで感じる。


「ここだよ」

 襤褸アパートの前で言う。戸を開けると、凄く咳き込んだ声がした。

「コイツが患者だな?」

「見れば解るでしょ。ほら、早く治して」

「無茶いうな。そういう瞬間芸は魔術師の仕事だ」

 メディシナは不快そうに私を見て、それからしばらくアラストルを見た。

「おい…こいつは何だ? 勝手によその奴を入れるなと言っただろ」

「医者だよ。あんたが病院行けないから連れて来たんでしょ」

 一瞬、アラストルの気持ちが解った気がした。

 いつも私のことを心配してくれてるけど、私もきっとアラストルのことが心配なんだ。


「これとこれだな。おい、コイツにこの薬、朝晩二回飲ませとけ。三日も飲めばよくなる」

「ほんと?」

「俺はメディコだ。嘘はつかねぇよ。そこの詐欺師と違ってな」

「よく言いますよ。死の商人が」

 スペードは忌々しそうに言う。

「死の商人?」

「この男は命さえも売買するような悪徳商人です」

「ハッ、だが俺の手に掛かれば手に入らねぇものはねぇ」

「ええ、そうですね。貴方が手に入れられないのは恋人だけだ」

「なっ……」

 ああ、この悪趣味だからか。

「可哀想に」

「お前に言われたくねぇよ。ほんっと生意気なガキだな」

「ガキじゃないもん」

 なんでクレッシェンテ人はみんな私をガキ呼ばわりするんだろう。

「諦めなさい。お馬鹿さん。お前に勝ち目はありませんよ」

「スペード、さっきからお馬鹿さんって呼ぶの止めてくれない? 腹立つ」

 しかも身長差を見せ付けるように私の頭に手を置いたりするのが余計に腹立つ。

「喧嘩なら後にしてくれ。さて、御代だが」

「こんな子供からまで金を取るのですか?」

「本人がガキじゃねぇって言っただろう」

「本当に、根っからの商人ですね」

「うるせぇ」

 メディシナは何やらメモ用紙のようなものにさらさらと書き込む。

「お遣い三回だな」

「は?」

「こんな襤褸アパートに住んでるガキに払えるわけがねぇ。労働力で払え」

 何だろう。

「ありがとう。メディシナ」

 結局この人も、お人よしなんだ。

「クレッシェンテ人らしからぬ行動ですね」

「うるせぇ、俺はシエスタ出身だ」

「それは意外です。てっきり悪名高さからクレッシェンテ人かと思っていましたよ」

 スペードはいつものハハンという不思議な笑い方をする。

「コイツの様子に変わりあったらすぐに呼べ」

「うん」

 メディシナは荷物を拾い上げてアパートを出て行った。

「では、僕も失礼しますよ。もう、こんな厄介ごとに呼び出さないで下さい」

 スペードも窓から出て行こうとする。

「あ、待って」

「何です?」

「スペードもありがとう。あ、これ良かったら持って行って」

 棚から取ったナルチーゾ産の蜂蜜を渡す。

「これは?」

「ウラーノからのもらい物だけど、良かったら」

 沢山貰ったんだと、少し自慢げに言うと、スペードはまた「お馬鹿さん」と言って私の頭を小突く。

「仕方ありませんから貰ってあげますよ」

 そう言って蜂蜜の小瓶を持ってスペードは窓から闇へ消えた。


「アラストル、薬飲める?」

「ああ」

 水と薬を渡すとアラストルは嫌な顔一つせずに飲み干した。

「凄い、粉薬飲めるんだ」

「ガキと一緒にするな」

 そう言ってアラストルは再び横になる。

「ゆっくり休んでよ」

「ああ」

「おやすみ」

「おやすみ」


 なんか不思議だ。私より先にアラストルが寝るって言うこともだけど、こうやって人の看病をする日がくるとは思わなかった。


 早く元気になってよね。


 それと、意外にスペードのこと、嫌いじゃないかもしれない。


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