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夢見る娼婦

 見事に道に迷って辿りついたのは娼館街、ミカエラの言うところの遊郭だった。

 幸い今は昼間だ。人通りは少ない。ただ、ここがクレッシェンテでも異色だということだけは肌で感じ取れる。いや、感じ取っているのは鼻なのかもしれない。

 違和感があるのだ。その違和感が何かを考える。ディアーナにもハデスにも無かった。酒場にも無かった匂い。

 きつい花の香。香水の匂いだ。思いだせば、ウラーノからは微かにこの匂いがしたかもしれないと思う。だけど、ここにあるのはあの伯爵の上品な香りではなく、ただ何かを隠すかのような強い芳香。この香りはやがて鼻を麻痺させるだろうと思わせる、ただ、あるだけの匂い。きっとジルがここに居たら取り締まるだろう。セシリオがこの香りの主を見つけてしまったら殺しているかもしれない。

 鼻が麻痺する前にここを抜け出したいと思う。だけどもどちらに行けばいいのかが解からない。そんな時だ、後ろから声を掛けられた。


「あら? ここは子供の来る場所じゃないわよ。それに、昼間はどこも閉まっているわ」

 黒い髪、くせ毛の、褐色の肌の女性。クレッシェンテでは珍しいと思ったが、アーモンド型の黒い瞳に宿っているのは間違いなくクレッシェンテ特有の「極端に強い自己主張」だった。不思議と日ノ本出身のあの四人はこの色に染まっていないし、アラストル・マングスタは例外的にこれを持っていないが、他の連中は大抵この「極端に強い自己主張」を持っている。嫌な予感がした。

「別に来たくて来たわけじゃない」

「迷子? 出口はあっちよ」

 女は私が進もうとしていた方向とは全く逆を示した。

「カルメン、一部屋空けて……ってお前この前の」

 どこかで聞いた声だと思って見上げると瑠璃の姿があった。

「瑠璃、なんでここに」

「私は報酬の二割位をここで消費してるんだよ。女がいっぱいいて癒されるし、任務の嫌なことを全部忘れられる」

「ふぅん」

 ハッキリ言って私にはどうでもいい話だ。

「瑠璃、その子は?」

「カトラスAエースにカモられなかったかなりレアな奴だ」

「へぇ、瑠璃はその子気にってるんだ。妬けちゃうわ」

「私はクレッシェンテに居る全ての女の味方だよ」

 瑠璃は宥めるようにカルメンと言う女の髪を撫でる。

「……瑠璃ってそっちの趣味?」

「別に。どっちも喰えるってやつだ」

「でも、男には興味が湧かない。そうでしょ?」

 カルメンが悪戯っぽく言う。

「ジルに見つかった後は大抵ここに来る。あいつは、宮廷騎士の連中はここに入れない」

「どうして?」

「鼻が利きすぎるからさ。国王の番犬共め」

 瑠璃とカルメンは豪快に笑う。鼻が利きすぎるね。おそらくは国の要人もここに足を踏み入れるのだろう。それこそ騎士団すら手出しできない大物が。

「瑠璃はジルを知ってるんだ」

「私からしてみればお前が知っている方が不思議だ。どこで知り合った?」

「国立図書館」

「そりゃまた珍しいな」

「そうなの?」

「ああ、さてと。お前、あんまりここに長居すると売り飛ばされるぞ。ここじゃ若くて見た目が良きゃ男でも女でも関係ねぇからな」

「だったら瑠璃はどうなのさ」

「これをもってりゃ誰でも怖がってそんなことできねぇさ」

 そう言って瑠璃は胸元からメダルのようなものを取り出した。月の女神の紋の入ったものだ。

「なるほど」

「な? 私はこいつを迷わない場所まで送ってくるよ」

「まぁ、過保護ね」

 カルメンが呆れたように言う。

「あいつはカルメンだ。カルメン・ネロ。ああ見えて面倒見はいい。また迷ったらあいつを頼れ」

「解かった。でも、あの人私のこと嫌いみたい」

「あー……そりゃ自分より若くて綺麗で自由な奴を見たら腹が立つって言うのが娼婦だ。あそこの簾中は大抵親に売り飛ばされてあそこに居るからな。特にカルメンはシエスタに戻るための旅費を稼ぐためにあの場に居る」

 驚いた。ミカエラはあの連中は好きであの場所に居ると言っていた。

「好きで居るわけじゃないんだ」

「中にはそんな奴もいるさ。楽に稼げるからな。暗殺以上にリスクは少ないがそれなりには稼げる。だけどね。私や玻璃なんかは人より少し殺すのが上手かったから今の生活ができてる。だけど、あそこにいる子たちはそういったことが下手だったから、人を騙すことだって下手な子だって居る。あの場で店主や得意客に守ってまらうことでしか自分を守るすべがないからあそこに居るんだ」

 そういう瑠璃の表情は硬い。忌々しそうに王宮のある方向を見ていた。

「王は何も知らない。あの子たちが苦しんでいることも。ただ一定の税を絞りとり他国から奪い、贅沢な暮しをしている」

「瑠璃、それ以上は言っちゃだめだ。この先にミカエラが居る」

 そう告げれば瑠璃は目を見開く。

「何だ。あいつとも知り合いか。本当に、お前は恐ろしいな。誰よりもこの国で力のある奴らを知っている。私でさえ会ったことも無い奴にも気に入られてる。お前はこの国に、新月の王に愛されているようだな」

 瑠璃は笑う。だけれども、その表情は憂いを含んでいた。


「ほら、ここからなら帰れるだろう?」

「うん。ありがとう」

「もう迷うなよ」

「それは約束できない。けど」

「けど?」

「また会える?」

 そう訊ねると、彼女は笑った。今度はあのどこか悲しそうな笑みではない。

「ああ、きっと」

「約束」

「ああ」

 そう言って彼女は風の速さで駆けて行った。




 噴水前広場からならすぐだ。

 私は全速力で駆けて、あの古びてぼろぼろのアパートメントの戸を思いっきり開いた。


「ただいま」


 そう言うと、アラストルから思いっきり拳骨を貰った。

「今までどこ行ってたんだよ」

「ごめん。でも、たくさんの人に会ってきた」

「……お前は……ったく、時の魔女は何を考えてるか解からんな」

「それは私だって知らない」

 そう告げれば彼はため息を吐く。

「ほら、とっとと風呂入ってこい。飯は用意しておく」

「うん。ありがとう」

 

 不思議だ。もう、元の家よりこの場所の方が「家」だと感じる。


 ここが私の居場所のような気がした。

 

 

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