聖夜演舞 後夜
ー夜ーー
そろそろ聖夜演舞も終わる頃か
自室の窓の外を眺めながら、
呆然と立ち尽くす
庭にある時計台をずっと見つめていた
あぁ、いてぇ
心臓があまりにもいてぇ
俺のヴィンスが
俺のヴィンスじゃなくなっちまった
ヒロイン、ルシル・オヴェット
おまえの名前を頭に浮かべるだけで俺はいくつもの呪術を編み出してしまいそうだ
「…っ」
……涙。
そりゃ、涙くらい流れる。
こんなに辛いんだ。あたりまえだ。
「……っヴィンス」
俺がヴィンスの運命の番ならよかった
いや、俺がルシル・オヴェットに転生できていればよかった。
愛しい愛しいヴィンス
俺にはおまえの番になるどころか、
おまえの α の香りすら認識することができない
おまえの大好きな香り
それがフェロモンだといわれれば
そうだと納得してしまうほどに
俺のことを煽る香り
傍にいれば 俺を安心させ 胸躍らせ
欲情までさせてしまう大好きな香り
遠くにいたって、おまえのことが愛しすぎて
犬にも負けないくらいの嗅覚なんじゃないかってくらいすぐにおまえがわかるんだよ、ヴィンス
でも、フェロモンってのもあるんだろ
俺にはヴィンスのそれがわからないのが辛すぎるよ
ヴィンスの全てが欲しかったんだ。
本当に。心の底から。ヴィンスだけが。
ふわっー
ほら、この香り
俺にわかるのはフェロモンではないけれど
愛しい愛しいヴィンスの香り
顔をみたら、
絶対にいえないから。
俺は窓の外を向いたまま、
入口にいるであろうヴィンスを遠く背中に感じながら
振り向かない。
涙を吹いて、心臓のあたりを握りしめながら
覚悟を決める。
「…いらっしゃい」
そして
「…おめでとう、ヴィンス。」
本当は1ミリたりとも思ってないんだ、ヴィンス
幸せになってほしいとは思うのに、
俺以外のヴィンスになることを
受け止めきれないから。
いやだよ。ヴィンス。
「…やっとだ。ぼく本当に幸せだ、アーティ。」
あぁ、そうかよ
そんなに、幸せそうな声、きかせないでよ
しあわせそうなおまえのその声、
好きなのに
うっかり嫌いになっちまいそうじゃんか
やっと…?
数ヶ月やそこらがそんなに長く感じたの?
俺は12年、
おまえとそうなることを待ち続けたよ。
おまえと違って、叶わなかったけど。
「……っ」
なんだこれ、泣きたくなんてないのに、
止まらない
「……ねぇアーティ泣いてるの?
お願い、こっち向いて?」
俺は、ヴィンスの声も震えていることに気付いた。
でもさ、ヴィンス、
嬉し泣きじゃねぇから、俺は。
「アーティ、そっちいくよ?」
「……こないで」
振り絞った声は
自分でも引くほど弱々しく、
余計に泣けてくる
これ以上落ちるな、涙
と思い顔をあげて視界に入ってきたのは
庭にある時計台だった
0:00ー
丁度だった
「……ヴィンス、お誕生日も、おめでとう。だな。」
ヴィンスの、18歳の誕生日
今日、ふたりの邪魔をするだとか、
そういうのはもちろんだけど、
これがあるからどうしても俺が一緒にいたかった
だってヴィンスは、
18歳の誕生日をずっと心待ちにしていたから。
ヴィンスは度々いっていた
18歳の誕生日にはやくなってほしいと。
その日はヴィンスにとって心底待ち遠しくて
心底大切な日だからって。
俺もずっと楽しみだったんだ。
その日を迎えるヴィンスの喜ぶ顔をみるのが
あ
今、気づいてしまった
運命の番の、ことだったのかもー
番をみつけていれば、
18歳のこの日に合わせて、
聖夜演舞を行って発表できるから
だからそれを楽しみにしてた?
この国での18歳とは、
成人を意味する
王族も、この歳になってはじめて、
番う資格だとか婚姻が許される
そう、いうこと、か、
なにこれ、
俺本当にめちゃくちゃ邪魔じゃん
今日を喜ぶヴィンスがみたかったのに、
俺は邪魔してる
ヴィンス
ヴィンスごめん
…ぎゅっ
背中に、ヴィンスの、体温。
ーーあたたかい。
俺、いま、ヴィンスに抱きしめられてるんだ。