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2/14

 隣国から、アルヴエスタ王国の王都まで三年ぶりの旅となった。


 国境でわざわざ王家から派遣された獣人族の護衛団がつき、この国の一回り大きいことで知られている速馬で進む。


「ただいま戻りました」


 シェスティは、三年ぶりに実家のディオラ公爵邸に入った。


 今か今かと待っていたのか、玄関ホールでハッと振り返ってきた父が、大歓迎で飛びついてきた、


「おぉっ、大きくなったね! 慎重だけでなく、髪もとても伸びたみたいだ――ふぎゅっ」

「おほほ、髪は同じ長さに整えていたつもりです」


 シェスティは、わざと持っていた鞄を父と自分の間に素早く置いた。


 バンッという衝突音を聞いて、執事は呆れていた。


 母は、顔を押さえてうめいている父を脇にどかすと、にこやかにシェスティとの再会を喜んだ。


「だいぶ性格が丸くなられたみたい……」

「それはそうですよ。シェスティが隣国に行って、我が子がいなくなってウチはどれだけ寂しかったことか」

「あれ? お兄様もまだいますよね?」


 ハンカチが目元を押さえる母に首を傾げ、シェスティはその向こうを見た。遅れて顔を出した兄が、口元を引きつらせるみたいに笑っている。


「俺はいつだって空気だよ……」

「そんなことないわよ。立派な公爵家の跡取りだわ。アローグレイ侯爵家の方々も褒めていたのよ――あっ、みんなからお土産があるの」


 シェスティが手で示すそばから、護衛騎士たちが両腕いっぱいの箱を持って、玄関からどんどん入ってくる。


「……馬車一台分かな?」

「あと、あなたも鍛えてみたらって言っていたわ」

「あの兄弟たちと一緒にするなよ。俺には剣の才能は、ない。商才で生き抜く」


 断言した兄の後ろで、立ち直った父が大好物の隣国産土産を見つけて、喜んでいた。


 すもと母が「あんな人はいいの」と言った。


「大事な用があるのよ。帰ってきたばかりで悪いけれど」

「今、あんな人はいいって言った?」

「カディオ殿下が待っているよ」


 シェスティは「は」と固まった。


「…………来てるの? 今? 彼が?」

「そうよ」


 なぜ、と頭にいっぱい疑問符が浮かんだ。


「あの、そもそも手紙に確か動悸があるとか――」

「あまりお待たせしては悪いわ。さ、行ってあげなさい」


 先程まで兄のほうが見ていてくれたらしい。

 母があとはやっておくとのことで、シェスティは執事に案内され、カディオが待たされているという客間へと移動した。



 その客間にいた人を見て、正直シェスティは驚いた。


(えっ、誰……あ、カディオか)


 ぱっと顔を向けてくる反応は、三年前まで見ていた彼と重なった。


 三年ぶりに見るせいだろう。顔を見てみれば、確かにカディオだ。

 光があたると青見が混じっても見える黒い髪も、次第に丸美が消えて長くしゅっとしたもふもふの獣耳も、彼そのものだ。


 ソファの上でぴんっと立った大きな尻尾は、久しぶりのせいか、ボリュームがたっぷりに見える。


(隣国ではあまり獣耳と尻尾は見なかったものね)


 旅行者、留学者、仕事をしている者たちはいたが、尻尾まで持った獣人族というのは、実は数が少ないのだ。


 尻尾まであるということは、それだけ〝血が濃い〟らしい。

 同じ獣人族から一目置かれている。


 とはいえシェスティが注目したのは、そこではない。


 騎士でもないのに鍛えられて引き締まっている彼の肉体に、少しだけ『まぁ』と見とれてしまった。


(彼、美しい青年だったけど、それがこんなにも男らしくなるなんて……)


 実のところ、なんとも好みの体格になっていて驚いたのだ。


「シ、シェスティ……?」


 カディオが間もなく言った。


「ご無沙汰しております、殿下」


 シェスティはハタと思い出し、ひとまずレディとして挨拶をした。スカートの左右をつまんで軽く頭を下げる。


 する、なぜかカディオが慌てて立ち上がった。


「やめてくれっ」

「え?」


 彼が、ハッと自分の口を手で押さえる。


「そ、その……俺と君の仲だ。いつも通りで、いいから……それとも、向こうでいい人でもできたのか?」

 気のせいか、言いながらも彼はこの世の終わりみたいな顔色になっていく。


「はい? いい人?」

「向こうのアローグレイ侯爵家の三人は、君が手紙で散々褒めまくった騎士でもあるとは聞いた。君は、その……意外と騎士が好きだと……」


 家族は、いったいどれだけ内容の手紙を彼に教えたのだろう?

 まさか家族にあてた話を言いふらされとは思っていなかったから、シェスティは『まったく』なんて思ってしまう。


「私が婚約するとしたら家に従わなければならないのだから、いい人もつくるはずがないでしょ。それに、勉学が進んでいる国よ? そもそもそんな暇はなかったわ」

「そ、そうか」


 彼はそのまま腰かけてしまう。


 二十四歳になって子供っぽさなんて、どこにもない。


 けれど、カディオは何も言わず見つめてくるだけだ。シェスティは小さくため息を吐く。


(相変わらず、有能な女性が嫌いなのね)


 昔から自分につっかかってきたのも、そのせいだろう。


(それなのに、なぜ来たのかしら?)


 ひとまず彼のいる席へ歩み寄ったものの、シェスティは首をひねったところで「あ」と思い出す。

「そういえば、変な手紙が来たのだけれど。あなたが仕事をほったらかして休みを取っているだなんて、よっぽど体調が悪いの?」


 休みを取ったから、平日に公爵邸になんているのだろう。


「い、いや、体調不良は、その、収まった」


 彼が慌てて顔を背ける。


(そうは思えないけど……?)


 カディオは、目の下がうっすらと赤い。口調も先程からぎこちないし、汗もかいているみたいだ。


 ひとまず彼の向かいのソファに座ってみた。


 さすがに十八際になって二人きりにはしないようで、どこから見ていたのかメイドがシェスティの分の紅茶を運んでくる。


 帰宅後で喉も乾いていた。有り難く飲む。

 そうすると、カディオが顔をこちらへと戻してきたが――何も言わない。


(やっぱり彼、おかしかったりする?)


 ティーカップを降ろしたところで、シェスティは彼と目を合わせてみた。


 徐々に彼の眉が寄っていく。

 それを見て、シェスティは密かに落ち込んでしまった。


(ああ、やっぱり私のことが嫌いなのね)


 留学は確かに楽しんでいたが、隣国に行ってあとで彼のことが気になった。


『嫌なら、私の顔を見なければいいでしょ』


 最後の言葉が、アレになってしまった。


 少し、子供っぽかったかなと反省している。


 どうしてか、カディオとは馬が合わないみたいに、いつも言い合いになった。


 大人になったら少しは和解するのではないかと想像したこともあったが――無理みたいだ。


(彼は……私みたいな有能な女がお気に召さないのね)


 隣国でもそうだった。踊る相手は少ない気心許せる友人たちに限られたし、それとなく耳にした理由を聞いて、納得した。


 シェスティは一人でも大丈夫そうだし、声をかけづらいのだ、と。


 それは自国でも同じだった。なんでもこなしてしまうから相手の男のほうが気後れしてしまうのだろう、と。


 そんな中で唯一、はじめからつっかかってきて、対等にぶつかってきたのがカディオだった。


(私、子供の頃は愛想笑いもできないし、ほんと可愛くなかったものねぇ)


 大人になって反省している。


 当時、もう少し笑う努力だってしていれば友人も多かったはずだ。


 戻ってきたからには、心を入れ替えて社交するつもりではいる。


 両親が呼び戻したのも、そろそろ縁談関係で動きがあるのではないかと勘繰ったからだ。カディオはそこまで体調は悪くなさそうだから、恐らくついでの用件だったのかもしれない。


 いまだに、カディオはとくに話を振ってこない。

 どうして彼と向き合っているのか、シェスティは分からなくなってきた。


「先にお帰りになられますか?」


 公爵令嬢として、王子へ言葉をかけた。


 カディオが、ピクッと肩を揺らす。


(うん? 私相手にそんな緊張した態度を取るなんて、やっぱり本調子ではないみたい)


 シェスティは立ち上がった。


「お見送りいたしますわ、殿下――」


 と言って出入り口を手で示した瞬間、シェスティは目の前に彼が現れて驚いた。


 いや、ものすごい速さで移動してきたのだ。


 カディオがシェスティの持ち上がった手を掴んだ。大きな手で、ぎゅっと握られる。けれど痛くないようにきちんと配慮して。


「カディオだ」


 言われた際、あまりにも近くてシェスティはのけそげる。


 カディオの獣みたいな金色の目もよく見えた。口を開いた際に、人族よりも少しだけ目立つ犬歯だって見える距離だ。


「わ、分かったわ」


 驚きで一瞬声が出ず、ようやく間を置いて、そう言うことができた。


「シェスティはまだ紅茶を飲み終えていないだろう。それがなくなるまでは……俺も、少しここで休みたい」


 やはり体調がよくないのだろう。


(王宮であまりそういう姿を人に見せたくないのかも)


 彼が強がりなのは、昔から一緒に過ごしていて知っている。


 熱発していたのに『シェスティのパートナーは、俺だから』と言って、とある誕生日会にこられた時には周りも騒然としていた。


 結局、直後に倒れて、シェスティは彼を看病しながら一緒に帰ったのだ。


「ええ。あなたがそれでいいのなら」


 今も強がりが変わっていないとか、そこは子供ねぇ……なんて生ぬるい目を向けて微笑みながら、シェスティは承知した。


 少し下がっていた彼の尻尾か、途端にぶんぶんと振られていた。

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