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 カディオがずっと、一人の女性として見てくれていた。


 その事実がシェスティの胸を激しく高鳴らせている。


(つまりパーティーでのおかしな行動も全部、気持ちが抑えられなくて……? 嫉妬から?)


 屋敷で感じた、一心に気遣われていると思ったこと。

 まるで会いたいと思われていると感じ取れた彼からの言葉と、表情――それがよみがえり、シェスティは顔から火が出そうになった。


「帰国した君に、微塵にも想い残しさえされていなかったらどうしようと、生きた心地がしなかったが、まだ俺のことを胸に残していてくれてよかったよ」


 カディオがほっとしたみたいに、赤くなった目元を軽く細める。


 そんな表情を彼ができたことに驚く。シェスティは胸の鼓動が速まってしまって、うろたえた。


「君がいなくなって、自分がどれほど子供じみたアプローチしかしてこなかったことかと反省した。三年で呼び戻すから、それまでにどうにか心を掴む方法を考えろと、覚悟を決めろと言われ君の目や関心を引きたくて、三年鍛えた」

「ま、待ってっ、そもそもいつから――」

「君と俺が引き合わされたのは、そもそも縁談の話が持ち上がっていたからだぞ」


 彼が、軽く眉を寄せてくる。だが、頬が染まっているので効果はない。


 それは、シェスティにとって衝撃の事実だった。


 でも、そう考えると納得だ。だから周りはよく彼と会わせようとしたり、シェスティが授業を受ける場所が王宮だったりしたのだろう。


「知らなかったわ……」

「それに気付いていないのは、君だけだった」

「えっ」

「俺の気持ちも、それを応援しようとするディオラ公爵家や王宮の者たちの応援も、国内どころか他国にまで筒抜けだ」

「他国にまで……! どうして!?」


 シェスティは愕然とした。


「俺があまりにも分かりやすかったからだ」


 いったいどこが、と思いかけてシェスティは考えがすぐに変わった。


(その赤面を見ていると、確かにそうよね……)


 視線を逃がした彼は、まるで恋する乙女だ。


 よく顔が赤くなっているなと思っていたが、それに気付かなかった自分にもシェスティは呆れる。


 いや、めちゃくちゃ恥ずかしい。


「その顔、俺のことを意識してくれると取ってもいいんだよな? 俺を見た時に君は、初めて見る憧れの視線を向けてくれていた」

「っ」


 俯いて頬を両手で押さえた矢先、不意にかけられた言葉に、シェスティの胸が大きくはねた。


 見惚れていたことが、バレていた。


「べ、別に、大人になったカディオがかっこいいとかそういうの思ってないしっ」

「そうか。大人になった俺は好みだったのか」

「カディオ!」


 調子に乗らないでと怒鳴ろうとしたのに、顔を上げたら、彼は顔の下を片手で覆い目を潤ませていた。


「嬉しい」

「っ」


 言葉に出されなくても、分かる。彼は心底嬉しいのだ。


 眉間の皺なんてどこにいったのか分からないくらい見事になくて、ぽうっとしている表情は『騎士王子』なんて言葉も浮かばないくらい、美しい一人の男性だった。


 それは、シェスティの選択肢も奪うほどの威力がある。


「嫌いじゃなければ、俺と、結婚を前提に婚約してほしい」


 その言葉にシェスティの胸が激しく高鳴る。


(命じれば済む話なのに――)


 それを、カディオはしないだろうことは、もうシェスティだって理解している。


 幼い頃に顔を合わせたあと、結婚話が上がっているという件が彼女の耳に入れられなかったのも、彼自身が何かしらお願いしていたのかもしれない。


(ああ、つまり家族も陛下たちも、みんなもグルだったわけね)


 たびたびされていた、よく分からない会話を思い出した。

 屋敷のメイドたちが呆れていたのも、カディオの気持ちは彼女たちに筒抜けだったせいだろう。


 彼は、何度も『好き』だと言おうとして失敗したと言っていた。


 それくらい長い間、シェスティは一人の男性に想われ続けていたのだ。


(自分の口から言いたかったなんて、好感しかないわよ)


 シェスティは、ばくばくと鳴り続けている自分の胸を、手で強く押さえる。


「……嫌いだったら、こんなにも長く付き合ってないわ。私のさっきの言葉、聞いてたでしょ? 私があなたのことがどうでもよくなる日なんて……くるはずがないもの」

「じゃあ俺が口説きに口説けば、結婚にも承諾してもらえるのか?」

「そ、そういうことするなら、先に婚約からにしてちょうだいっ」


 婚約しないうちからされるほうが、恥ずかしい。周りになんと言い訳すればいいのか分からない。


「伝わるように私も言うわよっ。たぶん、カディオが好きっ。だから、このまま婚約なさい!」


 シェスティは目も潤むほど、顔が熱くなっている自覚があった。


 彼が口元を手で押さえたまま、一度ゆっくりと目を閉じる。


「シェスティらしくてますます惚れた。君は行動も、台詞もいちいち全部が可愛すぎる……」

「えっ」

「すまない、今はほんと自制が利く自信がない。白状した勢いで俺も何を言うか分からない。かっこもつかないし――改めて出直させてくれるか」


 少しだけ目をそらしたカディオは、やはり恋する乙女だ。


 見ているだけで、シェスティも猛烈に恥ずかしくなってくる。


「そ、そうみたいに。いろいろと言っちゃう感じになっているのは分かったわ、その……あなたの案には賛成よ。私も、ちょっと……顔の熱を下げたいというか」

「じゃあ……そういうことで」

「う、うん」


 シェスティは、潔い態度ですぐさまカディオに背を向けた。


 だが歩き出して数歩、急に後ろから大きな声がかかって、肩がはねる。


「婚約のことは忘れないでほしい! 明日にでもするから!」

「ひゃあ」


 シェスティは心臓が口から飛び出すかと思って、変な声が出たうえ、咄嗟に全力疾走してしまった。


 彼が、積極的すぎて困る。


(こ、こんなこと、全然予想していなかったわっ)


 シェスティは、いっぱいいっぱいになって涙も浮かんでいた。


 廊下を下がったところで、身を潜めて護衛していたらしい騎士たちとぶつかった。どうやら何か起こったら止めるよう命じられていたみたいだ。


 彼らは、シェスティの様子を見るなり慌て、とうとう手を出されてしまったのかと急ぎ確認してきた。そのせいで彼女は一層真っ赤になって「違うったらああああああ!」と、あとで両親たちの夜の飲み会で大笑いのネタにされる、黒歴史になる羞恥の絶叫を響かせて廊下を全速力で走ったのだった。

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