6話
幸せな気分でデザートを食べ終え
コーヒーを飲んだところで
ティモシーに見つめられた。
それまでとは違い
少し張りつめた印象の視線。
リディアはゴクリと息を飲み
ティモシーの言葉を待った。
「昨日 君に交際を申し込んだ件だが
その…
…取り消したい」
「えっ」
リディアは昨日同様
驚きのあまりすぐには言葉が出ない。
それでも
一瞬まぶたを閉じて
息を深く吸ってから
「それは…
私とは交際しないということですか?」
と問いかける。
おいしいものを食べて幸せな気分だったリディアは
一転 複雑な表情を浮かべた。
そしてそれは
動揺 悲しみ 諦め
と変化する。
「…いえ
お気になさらないでください
ロズウェル様と私なんて
ありえませんもの
私は大丈夫です」
ティモシーからの答えを聞く前に
そう言い終えて
無理に笑顔を張り付けた。
「いや そうではない
言い方が悪かったな
交際ではなく結婚を申し込みたい」
再びリディアは混乱する。
「結婚…?」
「そうだ
できればすぐにでも」
「あの
お付き合いもしていない私と?
…いえ
なぜ私なのでしょう?
ロズウェル様なら
いくらでも素敵な方がいらっしゃるでしょうに」
「さっきも言ったように
私は君の仕事ぶりを高く評価している
それは ただ単に
教師としてだけではなく
子供たちとの接し方や
施設長の信頼を得ている様子を
今まで見てきたから」
「結婚は仕事ですか」
間抜けなことを聞いてしまったと思ったが
「この結婚は
仕事だと思ってもらっていい」
ティモシーに言われて
リディアは躊躇った。
「あの…
結婚を仕事とおっしゃるなら
具体的に
どんなことをするのでしょう?」
「私と一緒に
ボリチーマに来てほしい
そこで読み書きを教えてほしい」
「ボリチーマ…
そこで何をなさるのですか?」
「現地の人間を雇って仕事をする
ただ 識字率が低いため
設計図やマニュアルなど
確実に理解してもらうために
君には彼らに文字を教えてもらいたい」
「それをするために
結婚が必要ですか?」
「現地には短くても半年くらいは滞在することになる
その間には
取引先との集まりがあり
その際には同伴者が必要になる」
「つまり
そのお相手をするのも私の仕事ということですか?」
ティモシーは頷く。
「それならば
ロズウェル様の本当のお相手を
お連れになられたらよろしいのでは?」
「先程も話した通り
社交の場だけでなく講師の仕事がある
君はそれを任せられる適任者だと思っている」
「それと
君が言うような相手はいないし
むしろ
感情が絡まないほうが
円滑に事が進むと考えている
結婚という形にするのは
閉鎖的なボリチーマの地で
未婚の男女が同じ屋敷に住み
社交の場に同伴することは
受け入れられない」
「感情が絡まないほうが…ということは
期間が過ぎれば
離婚をするということですか?」
「さすがに聡いな 理解が早い
一時的な契約結婚だと思ってもらっても構わない」
リディアは
ティモシーからの申し出を
冷静に考えていた。
…これは
シンデレラストーリーではない
結婚という絆さえ
仕事という名で捉えているのだわ…
「私を選んだのは
講師の仕事もあるでしょうが
家族がいないことが
離婚の際に面倒なことにならないと
そうお考えになったのですか?」
「それは違う
言い訳に聞こえるかもしれないが
施設長の前で
結婚を前提にした交際を申し込んだのは
施設長は君の家族だと思ったからだ」
リディアはその言葉が胸に刺さった。
…たしかに
実の両親は他界しているが
長い間 私を見守ってくれている
ルイーズ先生は私の大切な家族だ…
「2週間後にはボリチーマに向かうので
必要な準備をしてほしい」
「待ってください
私はまだお引き受けするとは…」
「君には恋人はいないのだろう?
それなら少しの間
ここを離れても問題ないだろう
別の土地で短期間の高額就業を引き受けたと思えばいい
実際 君には高額報酬を支払うつもりだ」
…ロズウェル様は人徳のある方だわ
この申し出は突飛なものだけど
おかしなことにはならないはず
それなら…
「あの
もし私がお申し出をお断りした場合でも
今までと同じように
施設を見守ってくださいますか?」
「もちろんだ
そんなことを交換条件にしたりはしない」
「わかりました
それではこのお申し出
お受けいたします」
ティモシーの言葉を聞いて
信頼できる人だと判断し
リディアは決心した。