帰路、そして結婚と……
このお話はファンタジーです。
世界観はゆるっとふわっとしております。
舞台となっている国ではそうなんだ、と思って下さいませ。
日本海溝のように深い優しさと大空のように広い心でお読みいただけると幸いです。
R15タグは今回の終盤に掛かっておりますので、苦手な方はご注意をお願い致します。
長くなりましたので、お時間のあるときにゆっくり読んで頂けると嬉しいです。
男爵邸での捕り物を終え、王都への帰路でミヤキとリアオノは同じ馬車に乗っていた。
「あの、団長……?」
「なんだ? リアオノ」
「どうして私は団長の膝の上に座らされているっすか……?」
「そりゃ、婚約者になったんだからに決まってるだろう」
そう、馬車の中でリアオノはミヤキの膝の上に乗せられ、横向きに抱かれるように座らされているのである。
そしてリアオノはミヤキの婚約者になったから、の言葉になるほどー、と頷きかけて首をぶんぶんと振る。
「いやいやいや、おかしいっすよね!? 婚約者だからってこれはおかしくないっすか!?」
「なんだ、リアオノは俺の膝の上に座るのは嫌か?」
「べ、別に嫌とは言ってないっすし、嫌じゃないっすけど……恥ずかしいっす」
俯いてもじもじとしながら呟くリアオノに、ミヤキはぎゅっと抱きしめる腕に力を込めてしまう。
ちなみに二人の服装はリアオノはすでにドレスを着替えて騎士団の旅装であり、ミヤキもまた同じく旅装姿になっていた。
「ちょ、団長、苦しいっすよ!」
「おぉ、すまんすまん。リアオノが余りにも可愛い反応をするから、つい」
「つい、で抱きつぶされたら堪らないっすよ。それにしても……団長、人が変わりすぎじゃないっすか?」
可愛い、と言われて顔を赤くしながらも以前と余りにも態度の変わったミヤキへとリアオノはじとっとした目を向ける。そしてじとっとした目を向けられたミヤキは平然とした表情でそれを受け止め、そっとリアオノの手を握る。
「ようやく、想いが叶ったんだ。少しくらいはしゃいだってバチは当たらないだろう? ずっと言えなかったんだ。リアオノが好きだ、リアオノが欲しいってな」
「うぅ、団長のアプローチが熱烈過ぎてどう反応したら良いか分からないっす」
髪の色に負けないくらい首筋まで真っ赤になって俯くリアオノに、ミヤキは嬉しそうに笑みを浮かべる。そしてそっとリアオノの頤に指を掛けて上を向かせて翡翠色の瞳を紫色の瞳で見つめる。
「リアオノは、俺の事、好きか?」
「そ、それはもちろん好きっす。そうじゃなかったら、婚約してないっす」
「なら、素直に好きだって気持ちのまま受け入れてくれればいい」
「団長……」
と、二人が見つめ合っていると、二人の正面に座る侍女が「じーーーーーー」と声を上げて見つめてくる。
「おうわぁっ!?」
「きゃっ!?」
「うふふふ、いえいえいいのですよ? 高貴な方にとっては侍女など空気と同じ。お気になさらず、さぁ続きを。それにしてもお嬢様、きゃっ、だなんて可愛い悲鳴を上げられて。私、感無量でございます」
男爵家にてリアオノの世話を担当していた侍女である。婚約が調ったことでリアオノの身の回りのことや、特に美容に関することの世話をする為に派遣されてきたのだ。余りにも帰って来た時の髪や肌、爪の状態が悪く、ほとんど手入れをしていない状態だったので結婚式までには最高の状態に仕上げて見せる、と息巻いてやってきたのである。もちろん、侯爵家にだってメイドや侍女はいるが、リアオノお嬢様のお体の事は私が一番分かっておりますから! と誤解を招きかねないことを言ってごり押ししてきたのである。
「シャモ、あんまりからかわないで欲しいっす。というか、空気って言うなら最後まで空気に徹して欲しいっす」
「おやおや、お嬢様はいつから私を空気扱いされるようになってしまったのでしょう。昔は、シャモ、シャモ、と私の後を付いて回る可愛らしい子でしたのに。およよ」
およよ、と口で言いながら目元を拭く泣き真似をする侍女にじったりとした目を向けるリアオノと、苦笑いを浮かべるしかないミヤキ。
「なんというか、凄い侍女だな、リアオノのお付きの侍女って」
「そうっす、とんでもない……本当にとんでもない侍女なんっすよ」
「うふふ、とんでもない、とんでもない侍女でございますわ。と、まぁ冗談はこれくらいに致しまして。旦那様」
くすくすと悪戯っぽい笑みを浮かべていたシャモであったが、す、と居住まいを正して真面目な顔をしてミヤキを見つめる。突然、変貌した相手の様子に気圧されながらもこちらも居住まいを正すミヤキ。
「婚約期間が二か月、その後に婚姻、式、披露宴となりますが、その間、リアオノ様付きの侍女として宜しくお願い致します。騎士団の業務に障りがないようには致しますが、お嬢様を磨き上げてまいりますので楽しみにしていて下さいませ」
深々と礼をするシャモに、ミヤキは顎を引く程度に頷き、こちらこそ、と答える。旦那様、と言われた以上は主人として使用人に余り砕けた態度をとる訳にはいかないのである。これは貴族でも爵位の上下において行われることなので、ミヤキの態度にリアオノも何も言わない。
「ああ、こちらこそ宜しく頼む。結婚後も、リアオノ付きの侍女として仕えてくれるとありがたい」
「シャモ、宜しく頼むっすよ」
「光栄にございます。このシャモ、誠心誠意、粉骨砕身、お二人に、侯爵家にお仕えさせて頂きます。まず、私がしなくてはならない一番の大仕事はお嬢様を結婚式までにピカピカに磨き上げて、初夜のベッドにお送りすることですのでお楽しみにして下さいませ」
真面目な雰囲気から一転、にこぉ、というような表情をするシャモに、リアオノは真っ赤になってそういうこと言うんじゃないっす! と叫び、ミヤキは聞かなかったことにしよう、と窓の外を眺める。
ぎゃぁぎゃぁと騒ぐリアオノとそれを軽くいなすシャモ、二人を見ていて王都に着くまで退屈だけはしないだろうな、と思うミヤキであった。
そして賑やかな道中も終わりを告げ、王都に戻った二人を待っていたのは団員達からの祝福であった。
「ようやくお二人がくっつきましたか」
「見てて凄く焦れったかったよな」
「いつくっつくか、賭けようかって話も出てたし」
「あ、俺、実際に賭けてた」
「え、胴元誰よ?」
「まぁ、何にせよめでたいですな!」
「ちくわ大明神」
「今夜はぱーっとお二人の婚約祝いに飲みましょう!」
「団長補佐も、そのつもりで準備してくれてますよ?」
「誰だ今の?」
と、一部、祝っているのかからかっているのか分からない言葉もあったものの、団員達に祝われて二人は照れながらも礼を言い、賭けをしていたという団員からはしっかりと掛け金を没収していた。
そしてその夜。伯爵は既に法務部に引き渡されており、ミヤキも侍従との約束通り口添えをして、諸々の用事が終わったところで団の食堂でお祝い会が開かれることになった。
お祝い会は最終的には、実は副団長が好きでしたー! といって腕相撲勝負を挑んできた団員をミヤキが千切っては投げ、千切っては投げとしたり、数少ない女性団員からリアオノがミヤキのどこが好きなのかと根掘り葉掘り聞かれて真っ赤になっていたり、ツオブシは翌日、婚約者と会うのでと言って会を中座し、婚約者がいると知った団員達にマジか!? と驚かれたりと、カオスの坩堝と化して明け方まで続いていった。
ちなみに翌日、二日酔いでふらふらする団員に、非番でない者はしっかりと職務に着くように、とツオブシが言って鬼扱いされたのは言うまでもない。
それから時間は瞬くように過ぎていき、二か月の月日が流れ、教会で二人の結婚式が挙げられる日となった。
教会の花婿の控室では、白いタキシードを着たミヤキとその両親――先代侯爵ギハと妻のマリィ――と、彼の弟のゼビンと妹タリアが寛いでいた。ちゃんとゼビンとタリアの婚約者も来てはいるのだが、今は家族の時間を、という事で別室で控えて貰っている。
「それにしても、ミヤキもようやく結婚か、感慨深いものだ。いよいよとなったら気に入った女性なら平民でも構わぬから、寄り子に頼んで養子にしてでも結婚させようと思っていたのだが」
「ええ、本当に。結婚しなくてもゼビンかタリアに男の子が二人産まれたら一人養子に貰えばいい、なんて言っていたものね。本当に良い子が見つかって良かったわ。ミヤキが気に入った子なら爵位関係なく幸せになって欲しいもの」
両親の言葉にバツが悪い顔をするミヤキ。本来なら侯爵と男爵では爵位が釣り合わないので結婚とはならないが、結婚してくれるならこの際、もう問わないとなっていたのだ。
「実際、もう少し兄上が結婚するのが遅かったら危なかったよ。僕の婚約者は十八歳だからね、流石に結婚を先延ばしにすると先方に悪いところだった」
「ミヤキお兄様が結婚をなさるから、大手を振って結婚出来ますものね、ゼビンお兄様も私も」
「その節は非常に迷惑を掛けて申し訳ないと思っている。すまなかったな、二人とも」
王家ほど面倒ではないものの、侯爵家ともなると後継者問題は難しい問題であり、ミヤキが結婚をせずに養子を取る、となった場合はゼビンとタリアのどちらの子を養子にするかで争いになった可能性があったのだ。
タリアは自分は嫁に行く身であるし、直系男子のゼビンの子が継ぐのが正しいと思っているしそうするつもりだが、それがすんなり通るなら世の中に継承権を巡る骨肉の争いというのはこの世に広まっていないだろう。
その為、ゼビンの婚約者とタリアが結婚適齢期ぎりぎりになってしまったが、ミヤキが結婚するということでひとまずは安心となったのである。しかし、この後、ミヤキの結婚式を含めて三年連続で侯爵家は結婚式が続くことになり、使用人達は余りの忙しさに悲鳴を上げることになる。
「まぁ、もう一つ大きな問題があるんだけどね」
「あら、ゼビンお兄様、何かありましたかしら?」
腕を組んで難しい顔をするゼビンに、タリアが不思議そうに首を傾げる。両親もまだ他に何かあっただろうかと考えるも、特に深刻な問題はなかったはずとゼビンを見つめる。
「義姉上になる方が、僕より三つ年下なんだよ。僕より年下の女性を選んだ兄上にちょっと複雑な気持ちがするし、年下の女性を義姉上と呼ぶ違和感がね……なんともいえなくて」
「あら。私はゼビンお兄様の三つ下ですから、お義姉様と呼ぶのは違和感がありませんけれど、ゼビンお兄様は大変ですわね。でも、ゼビンお兄様の婚約者様より私、一つ年上なので私も同じ問題を抱えることになるのですけれど、それについてはどうお考えなのかしら?」
どれだけ難しい問題かと身構えていれば、ゼビンの個人的な感情の問題だったことに力の抜けるミヤキと両親。そしてタリアは楽し気にころころと笑い、自分もまた一つではあるが年下の女性を義姉上様、と呼ばなければいけないのですけれどと言ってゼビンを慌てさせる。
その場に控えている侍女達は微笑まし気に主達の団欒を眺め、穏やかな時間がこの部屋では過ぎていた。
一方その頃。花嫁の控え室では純白のドレスに身を包み、幸せそうな雰囲気を漂わせながらも緊張した面持ちでリアオノが鏡の前に座っていた。
周りには何か達観したのか胃の辺りを抑えながらも穏やかな表情の男爵に、娘の花嫁姿に感動してハンカチで目元を抑えている男爵夫人。そして、リアオノの五つ年下の弟のティックス、その更に七つ下の双子の妹のリノとルノ、そして静かに感慨深そうにしているシャモがいた。
男爵は式の前に行われたミヤキの家族との顔合わせで改めて、自分達が侯爵家と縁続きになるという現実を突きつけられて胃痛を起こしているのである。
「リアオノちゃんの花嫁姿が見られるなんて、ママ、嬉しい。とっても綺麗よ」
「お姉様、綺麗!」
「お姉様、美人!」
「リアオノ、とても綺麗だぞ……」
「姉上、とても素敵です……」
家族からの賛辞を受けて、照れ臭そうながらも幸せそうに微笑むリアオノ。
「みんな、ありがとうっす。父上、母上、今日まで育ててくれてありがとうっす。本当に幸せっす。今日、男爵家から籍は抜けるっすけど、家族なのは変わらないっすから、困ったことがあったらいつでも訪ねて来て欲しいっす」
「なるべくそういうことはないに越したことはないけどね、ありがとう、リアオノ。私としては早くティックスに後を任せて引退したいんだけどね、今回のこともあるし」
「父上、折角のめでたい席なのですから、今回のことは言わないでおきましょう」
「そうそう! 結果良ければ全て良しー!」
「人生万事、塞翁が馬ー!」
「それだとこの後、悪いことが起きることになっちゃうわよ、ルノちゃん」
母親の言葉にテヘペロっとするルノに、全員が苦笑いをする。突然の天災にどうすることも出来ず、多額の借金で領地を立て直したもののそれが原因でリアオノが望まぬ結婚をさせられそうになって。結果として好きな相手と結ばれるようになったのだから、まさに結果良ければ全て良し、である。
「しかも、騎士団の仕事は続けることが出来て、侯爵家のことはあちらの家令と侍女長と代官が仕切ってくれるんだろう? ありがたいことだねぇ」
「社交に関しては団長の弟さんがしてくれるそうっす。と言うか、兄上には任せられないって言ってたっす。あれは単なる照れ隠しだと思うっすけど」
「ツンデレクーデレー!」
「お姉様は旦那様にー!」
「「デッレデレー!!」」
「ちょっ、リノルノ、何を言ってるっすか!?」
「あらあら、リアオノちゃん暴れちゃ駄目よー? お化粧とドレスが乱れちゃうわぁ」
そうやって家族の時間を過ごしていると、ドアがノックされる。珍しく完全に空気に徹していたシャモが薄くドアを開いて確認すれば、お時間になりましたという係員からの連絡であった。
「それでは、ご案内致しますので、花嫁様とお父様、そしてお嬢様方はこちらに。奥様と弟様は会場の方へとお願い致します」
エスコ―ト役の男爵、ドレスの裾を後ろで持つ係の妹達二人は係員と一緒に式場へと向かい、夫人は息子を連れて別経路で別の係員に案内されて先に式場へと向かっていく。そしてシャモは裏方として手伝う為にリアオノの方へと付き添い歩いていった。
そして式場の大きな扉の前へと到着すれば、リアオノと男爵は一度頷き合い、妹達はドレスの裾を掴んで持ち上げる。
扉がゆっくりと開かれていき、荘厳な装飾の施された教会の中、厳粛な雰囲気の中をリアオノは父親のエスコートを受けて歩き出し、妹達も一緒に歩き出す。
そして途中で真っ白なタキシード姿のミヤキへとエスコート役は変わり、そこから祭壇へ向かい歩いて行き階段を上がり、最上段まで付いたところで妹達も両親と弟の座る最前列の席に向かい腰掛けていく。
祭壇で神の像を背に二人を待つのは、ノモナコ王国の三聖女が一人、まだどこかあどけなさの残る少女、誓約の聖女である。聖女の前には一組の指輪がビロードの布の上に並べられており、美しく輝いていた。
そして二人が並んで聖女の前に立てば、静かに二人を見つめた後、聖女は厳かに口を開いた。
「汝、ミヤキ・コオノはリアオノ・オアサを妻とし、永遠に愛することを誓いますか?」
「誓います」
「汝、リアオノ・オアサはミヤキ・コオノを夫とし、永遠に愛することを誓いますか?」
「誓います」
「神の御前に於いて、今、一組の愛し合う男女が夫婦となる誓いを立てました。誓約の聖女の名の下、二人に祝福を」
聖女の宣言と同時に、光が神の像から放たれ、それが聖女に集約する。そして聖女が指輪の上に手を翳せば光が指輪を包み込んでいく。
「それでは、誓約の祝福の込められた指輪を、お互いに付け合って下さい」
光が収まったところで聖女に促され、ミヤキが銀の指輪に翡翠が飾られた指輪を手に取り、そっとリアオノの左手薬指へと嵌めていく。
続いて、リアオノが同じく銀の指輪にアメジストが飾られた指輪を手に取り、ミヤキの左手薬指へとゆっくりと嵌めていく。
「それでは、最後に誓いの口づけを」
聖女の言葉に、緊張の面持ちでリアオノの顔を隠すベールを捲っていくミヤキ。
「綺麗だぞ、リアオノ」
「団長も、格好良いっす」
「こんなときくらい、団長は辞めてくれよ」
「うっ、申し訳ないっす。え、えと……ミヤキも格好良いっす」
「お二人とも?」
小声でぼそぼそとやり取りをする二人に、誓約の聖女がじーっと目を向けて来るのに気付き、仕切り直し、と言うように二人は見つめ合う。
「リアオノ……愛してるぜ……ん」
「ミヤキ……私も愛してる……ん」
ゆっくりと二人の顔が近づいていき、唇が重なった瞬間、誰ともなしに拍手が始まり、それが広がっていって教会の中は拍手の音に包まれていく。
そして二人の唇とほんのり朱に染まった顔が名残惜しそうに離れたところで、聖女が静かに式の閉会を告げ、二人は祭壇を降りていき、扉を出てその場を後にしていった。
扉が閉まり、控えていた係員に案内されて着替えの為に控室に向かう途中、リアオノが大きく息を吐く。
「あー、緊張したっす! 幸せで嬉しいっすけど、本当に緊張したっす。聖女様にジト目で見られたときはどうしようかと思ったっすよ」
「あはは、俺も緊張したよ。まぁ、滞りなく済んで良かったけどな。尤も、この後も大変だからな……覚悟しておけよ、リアオノ」
「へ?」
ミヤキが大変、と言ったのは教会から王都の侯爵家の大広間に移動しての披露宴のことである。
なにせミヤキが侯爵であり、騎士団長であることから国王の代理として第一王子が祝辞を述べに来たり。
第一から第四までの騎士団長(公爵が一人に侯爵が三人)が挨拶に来て男爵が泡を吹いて失神しそうになったり。
ツオブシが本当に部下代表のスピーチに立ち、思った以上に慕われていたんだなと二人が泣いたり、一緒に来ていたツオブシの婚約者が清楚な美少女だったことに大騒ぎになったり。
リアオノが両親への感謝の気持ちを書いた手紙を読んで男爵夫妻が号泣したり。
自分達がいたら楽しめないだろうと、第一王子以下他騎士団の団長達が席を辞すれば次々に二人に酌に来る友人や団員の相手、披露宴を盛り上げようと隠し芸大会のようなものまで催されたり。
二人の初めての共同作業です、と言われて行われたケーキ入刀で勢い余ってウェディングケーキを真っ二つにしてしまったり。
と、披露宴がどんどんと盛り上がっていったところでようやくお開きとなり、飲み足りない連中はこの後酒場に繰り出し、どんちゃん騒ぎを続け、ツオブシは二人に挨拶をして帰っていき、招待客もそれぞれ宿泊先への帰路へとついた。親族はこのまま侯爵家に宿泊することになる。招待客が帰るのを最後まで見送ってから二人は新郎新婦の控室へと戻り、式の最中は給仕として働いていたシャモが室内で出迎える。
控室でソファに座り、一息ついたところでしみじみとリアオノが呟く。
「大変だって言ってた理由が良く分かったっす。霊薬の聖女様の解毒のポーションが無かったら、途中で酔いつぶれてたっすね……」
「流石は我が国の三聖女のお一人が作られたポーションと言ったところだな……さて、そろそろ俺達も移動しようか。シャモ、頼んだぞ?」
「心得ました、旦那様。それではピカピカに磨き上げてお届けいたしますので、楽しみにお待ちくださいませ」
シャモの言葉に頷き、控室を出ていくミヤキをきょとんとした表情で見送ってからリアオノはシャモを見上げて首を傾げる。
「シャモ、この後って何かあったっす?」
「いやですわ、お嬢様……いえ、もう奥様ですわね。こ・れ・か・ら、初夜、ですわ」
「ほえー、初夜っすか…………初夜ぁっ!?」
「さぁ、ピカピカに磨いて差し上げますから、お風呂に行きましょうね~」
初夜、の言葉に真っ赤になったリアオノの腕を引っ張りシャモは楽し気に侯爵家のお風呂へと連れていく。シャモの宣言通り、侯爵家のメイド達とも協力して頭のてっぺんから爪先まで、隅々まで綺麗にされたリアオノは肌面積多めのセクシーな寝間着を着せられ、夫婦の寝室へと連れて行かれたのであった。
「もう少ししたら旦那様がいらっしゃいますから。まずは旦那様に身をお任せして、後は流れで」
「あうぅぅぅぅぅぅ、恥ずかしいっすよぉぉぉぉぉ」
「大丈夫ですわ、今の奥様なら旦那様もメロメロになること間違いなしですわ。それでは、私はこれで失礼致しますわ。おほほほほほほほ」
口元を手で隠しながら、楽しげに笑いつつシャモはドアを開けて素早く外に出てドアを閉める。
一人取り残されたリアオノはベッドの縁に腰掛け、もじもじとしながら何とも言えない時間を過ごす。
早く来てほしいような、もうちょっと心の準備をする時間が欲しいような、そんな風に考えているとドアがノックされる。
「あ、は、入ってるっす!」
「入ってるのは知ってるよ」
苦笑いをしながら黒い寝間着を着たミヤキが器用に片手でワインの瓶とグラスを二つを持ち、小脇に箱を抱えながらドアを開けて中へと入り、ベッドの縁に座っているリアオノを凝視して一瞬、固まってしまう。
「あ、あんまりまじまじと見ないで欲しいっす」
「ん? あ、ああ。すまん、リアオノのそういう姿って初めて見るからな、びっくりして」
真っ赤になって身体を縮こまらせるようにしてミヤキの視線から隠すようにしながら、もじもじとしてしまうリアオノに可愛いな、と笑みを浮かべながらミヤキはベッドに近づいて行きワインとグラスをテーブルに置いて、その後に箱を置いてから隣へと腰かけていく。
「その箱、何っすか? 何だか高級そうな箱っすけど」
「ん? ああ、これか? 何でも式の後で教会から送られてきたそうだ。開けてみるか?」
何が送られてきたのか、という内容は聞いていないものの教会から送られてきた物なら大丈夫だろうと、箱の蓋を開けていく。すると、中には神の像と思われる精緻な彫刻の施されたガラス瓶が入っていた。
瓶は三本ほど入っており、赤、青、黄色の液体で満たされていて、箱の中には他に何か手紙らしきものも入れられていた。
「わぁ、凄く綺麗な瓶っすね。こんなに細かくガラスに彫刻するって凄い難しいんじゃないっすか?」
「本当にな。多分、教会のお抱え彫刻師の作品だと思うが。取り敢えず、この手紙を読んでみるか……」
そう言って紙を開き、書いてある内容を読み進めていく内にミヤキは天井を見上げ、ガラス瓶を灯りにかざして綺麗っすねぇ、と言っているリアオノの肩を叩く。
「リアオノが今持ってる青いのは疲労回復ポーションだそうだ」
「へー、そうなんっすね。じゃあ、この黄色いのは何っすか?」
「それは、精力回復ポーションだ」
「せっ!?」
「そして赤いのは子宝に恵まれやすくなるポーションだそうだ。二人で飲むものらしい」
「こ、こここここっ!?」
ぼっと赤くなってニワトリになってしまったリアオノに、ミヤキは乾いた笑いを浮かべる。
ポーションのラインナップから、霊薬の聖女が何を想ってこのポーションを送ってきたかが分かるからだ。
「何でも教会に多額の寄付をしてくれたから、サービスだそうだ。ついでに、癒しの聖女様からも治療の優待券が送ってきてるぞ」
「なんで癒しの聖女様からそんなのが送って来てるっすか? 騎士団の訓練で怪我したとき用っすか?」
三聖女の内、一番初めに聖女として認定された最古参の聖女――と言ってもまだうら若い乙女なのでそういう言い方をすると笑顔で抉ってくるらしい――からの贈り物に訝しげな顔をしながら一番ありえそうな使い道を考えるリアオノに、ミヤキはますます乾いた笑みを浮かべて首を振る。
「もし腰を痛めたなら、そのときにお越し下さいって書いてある」
「どういう意味っすか聖女様!?」
まさかの下ネタと駄洒落である。霊薬の聖女様と言い癒しの聖女様と言い、下世話が過ぎるっす、と嘆くリアオノに本当になー、と遠い眼をしてしまうミヤキだった。
ちなみに霊薬の聖女は完全な善意で、ミヤキが三十歳なので有った方がいいのです、という考えで、癒しの聖女の方は完全にわざとである。
「まぁ、それは置いておいて。どうする? リアオノ」
「どうするって、何がっすか?」
「二人でワインを飲んで雰囲気をって感じじゃなくなったんだが。折角だから、この赤いポーションを飲むか? 色だけなら赤ワインに見えなくもないし」
そう言って赤いポーションの入った瓶を取り出すミヤキに、あう、とリアオノは声を無くしてしまう。
「急ぐつもりも急がせるつもりもないけど、リアオノとの子供なら早く欲しいって思うし。でも、リアオノがまだ二人だけの新婚生活を楽しみたいって言うならまだまだ後でもいいんだけどな」
「えっと、ミヤキは私との子供、欲しいっすか?」
「そりゃ、好いた相手との子供なら欲しいと思わない男はいないだろう?」
問う言葉に真っ直ぐに答えるミヤキに、リアオノは決心を固めたように頷く。
「それなら、その赤いポーションを飲むっす。ただ、一つお願いがあるっす」
「なんだ?」
「その、初めてだから優しくして欲しいっす」
恥ずかしそうに上目遣いで見上げてくるリアオノに、思わず鼻を押さえて天を仰いでしまうミヤキ。
「危うくパッションが鼻から噴出するところだった」
「嫌っすよ、ミヤキの鼻血でシーツを染めるなんて」
分かってる、と言うように頷いてミヤキは暫く顔を天井に向けて、治まってきたところで顔を戻し、ワイングラスを手元に寄せて瓶の蓋を外す。キュポンっと思いがけずいい音をさせて抜けた蓋をテーブルに置いてトクトクトク、と音をさせてポーションをグラスへと注いでいき、乾杯の様にグラスをチン、と当てて鳴らしてから二人でポーションを飲んでいく。
「……イチゴ味っすね」
「イチゴ味だな。まぁ、ポーションってモノによっては不味いんだし、いいんじゃないか? さて、それじゃあ……リアオノ。さっきのお願いに関してだが」
グラスをテーブルの上に置き、リアオノのグラスも受け取って置いてからそっと両肩に手を置いて見つめるミヤキに、リアオノの頬は自然と朱に染まっていく。
「最初に謝っておく。俺も初めてなんでな、善処はするが加減を間違ったらすまん」
「え、ミヤキも初めてなんっすか?」
「なんだ? 俺が初めてだと嫌か?」
ゆっくりとベッドに仰向けに寝かされていきながら、リアオノは視線をさ迷わせてから再び視線を合わせて言ってしまう。
「ミヤキも初めてなのは嬉しいっすけど、その歳でまだって言うのはどうなのかなって……」
「そうかそうか、リアオノは手加減なしがお望みか。それならそうと言ってくれればいいのに」
「ちょ、待……謝るっす、謝るっすから、手加減して欲しいっす! 話せば分かるっす!」
「問答無用!」
何とも賑やかな、ある意味二人らしい初夜になり……黄色いポーションだけが追加で使用され、感想としては「凄かった、気が付いたら朝だった」「あそこまで回復するなんて驚いたっす」、だったという。
その後、二人はポーションの効果があったのかなかったのか、子宝に恵まれ。賑やかで明るい、楽しい家庭を築いていき幸せに過ごしたと、二人に長く良く仕えた侍女長の手記にはそう記されていた。