見合い、そして大捕り物
このお話はファンタジーです。
世界観はゆるっとふわっとしております。
舞台となっている国ではそうなんだ、と思って下さいませ。
日本海溝のように深い優しさと大空のように広い心でお読みいただけると幸いです。
長くなりましたので、お時間のあるときにゆっくり読んで頂けると嬉しいです。
二週間後、とうとう運命の日が訪れる。
ツオブシは王都にある伯爵のタウンハウスの家宅捜索の為に王都に残り、リアオノは見合いの為に実家へと戻り、ミヤキは少し遅れてリアオノの実家のある男爵領へと出発していた。
「うぅ、団長、ちゃんと来てくれるといいすけど、どこにいるんすかねぇ? 一緒に領地に行くかと思ってたら、後から来るって別々になったっすけど。まだミヤキ団長が到着したって報告ないっすよね?」
実家の私室で、リアオノは淡い紫色のドレスを侍女に着付けて貰い、鏡台の前で髪の手入れをされながら椅子に座っていた。
一緒に帰ると思っていたのに別行動になった上、見合い当日になっても家に来ないのでどうなっているのかと不安そうに鏡ごしに侍女を見つめ尋ねる。
「はい、まだご到着された、という報告は受けておりません、お嬢様」
「お嬢様は辞めて欲しいっす、もう子供じゃないんすから」
「私にとってリアオノお嬢様はいつまででもお嬢様ですので」
侍女にお嬢様と言われ、がらでもないと辞めて欲しいと言っても、年嵩の侍女は穏やかに微笑みながら首を横に振る。幼い頃からリアオノの世話をしてきた彼女には頭が上がらず、またこういうときは梃子でも首を縦に振らないと分かっているのでリアオノは説得を早々に諦める。
「それにしてもこれからお見合いって憂鬱っす……いっそこの手で」
「お嬢様、それ以上は駄目ですよ? それにお嬢様の手をあんなものの血で穢すなんてとんでもないです。お気持ちは痛い程分かりますが」
そこはかとなく殺害予告をしかけたリアオノをやんわりと止める侍女。伯爵をあんなもの呼ばわりしている時点で侍女もこの見合いには反対しているのが丸わかりである。
「二人のことは信じてるっすけど、どうするのかって言うのは教えて貰えなかったっすし。うぅ、不安になってくるっす」
「お嬢様……素直で正直ですから、教えて頂けなかったんですね」
「うるさいっすよ。確かに私はそういう腹芸的なことって苦手っすけど」
侍女の言葉にぷくーっと頬を膨らませるリアオノ。自分の態度や言葉でバレてしまっては元も子もないというのは分かっているものの、他人から言われるのはそれはそれで嫌なのである。
「そんなお顔をされては駄目ですよ。可愛らしいお顔が台無しになってしまいます。さぁ、御髪も整いましたし会場へ向かいましょう」
「うぅ、行きたくないっすけど仕方ないっすよね。分かったっす、行くっす」
椅子から立ち上がり、侍女が開いたドアから自室を出て伯爵が待っているだろう応接室へと向かう。今回はリアオノ、男爵夫妻、伯爵とその侍従での見合いになっており、弟妹達は参加していない。
重たい足取りで廊下を歩き、少しでも嫌な時間を遅らせようとするかのようにしながらも無常にも応接室のドアが近づいてくる。侍女がドアをノックし、中から返答があったのを確認して開かれるドアに覚悟を決めて、リアオノは余所行きの顔を作って室内へと入っていく。
室内には既に到着していた伯爵がソファに腰掛けており、対面に両親である男爵夫妻が座り対応をしていた。ゆっくりとソファへと向かい、伯爵へとぎくしゃくとしながらカーテシーをして挨拶をするリアオノに伯爵も立ち上がって礼を返す。
「お待たせして申し訳ありません。サデヒゾマ伯爵閣下」
「いやいや、ご令嬢をお待ちするのも楽しい時間でございますからなぁ。今日のドレス姿もお美しい、私の為に着飾ってくれて光栄ですぞ」
ねちゃぁっとした視線を向けてきて、いやらしく目元を緩ませてリアオノを見つめてくる伯爵。金色の髪に緑色の瞳、不摂生が祟っているのか吹き出物だらけの大きな顔に分厚い唇がどこかガマガエルを彷彿とさせ、体つきも横に大きく厚みがあり、でっぷりと肥え太っている。指にはがちゃがちゃと大きな宝石の付いた指輪をしており、着ている紺色のスーツも布地は上等なのだろうが引っ張られて悲鳴を上げているように見える。
そしてその後ろに控える侍従は灰色の髪に茶褐色の瞳、色は白くすらっとした体躯は無駄な肉がついておらず鍛えられており、立ち姿も美しいその様は流石、伯爵家の侍従と言った佇まいを見せていた。
「さて、お約束通り二週間ほどお待ちしておりましたが、返答は決められましたかな? もっとも、断るという選択肢はないと思いますがな、ぐっひょっひょ」
リアオノがソファに座り、控えていた侍女が紅茶の入ったカップを置いて下がったところで伯爵が尋ねて来る。前置きも何もなく、いきなり本題へと入る無作法に男爵夫妻は眉をしかめそうになるが、機嫌を損ねてはいけないと我慢する。
「その、騎士団の引継ぎもありますし、まだ時間が掛かりそうなので誠に申し訳ないのですが、もう少しお待ちして頂く訳にはいかないでしょうか」
「ふぅむ、そんなに時間が掛かるものなのですかな? たかが騎士団の仕事でしょう? 副団長と仰られていたが、大して仕事もないでしょうに」
「は? どういう意味っすか」
何とか頑張って丁寧な口調を保っていたリアオノだったが、伯爵の馬鹿にするような口調と言葉に思わず素が出てしまう。
男爵夫妻はあわわ、と言う顔をするものの伯爵は特に気にした様子もなく話し続けていく。
「なぁに、女でもなれるような地位なのですからな、どうせ大したこともしていないのでしょう? それなら引継ぎくらい直ぐに終わりそうなものですがな。たぶらかした上司と別れるのに時間が掛かっているというのなら、手切れ金を私の方で用意してあげてもいいですぞ?」
「馬鹿にしないで欲しいっす!! 女でもって何っすか! たぶらかしたって何っすか! 私は一生懸命仕事をして、鍛錬だって頑張って勉強だってして副団長になったっす! それに団長はそんなことするような人じゃないっす! 女だから贔屓をしたり軽んじたりするようなことは一切せずに、私の能力と実力で副団長に任命してくれたっす! 今の言葉、取り消すっす!!」
女だてらに騎士団に入ったリアオノのことをあれこれと言う輩はいたものの、それを跳ね返す努力をし続けたことでミヤキによって副団長に任命されたのである。その誇りを、そしてミヤキを馬鹿にされたことでリアオノは激昂してしまう。
「おやおや、私にそのような口をきいて良いのですかな? 借金、金貨一万枚、今すぐに返してくれと言っても良いのですぞ?」
「うぐっ、そ、それは……」
「爵位と領地の返上による一時金、貴女の退職金、それらを併せて足りますかな? 足りたとしてもその後でどう生活されるのかな? 無一文で生活出来ますかな?」
激昂するリアオノへとにやにやとした笑みを浮かべて言いながら、伯爵は後ろに控える侍従へちょいちょいと指を動かし、侍従が二つの書類を差し出すのを受け取る。一つは借金の書類、一つは婚約の書類であり、それをテーブルの上に乗せてリアオノ達の方へと差し出しては婚約の書類を、名前のまだ書かれていないところをちょんちょんと指差す。
「こちらにサインをして婚約を結び、ゆくゆくは私の妻になれば借金は妻の家への援助、ということで返済しなくて良いのですぞ? 社交もしなくていい、家の中のこともしなくていい、ただただ私に愛でられればいい、これほど良い条件を出しているのに、何が不満なのですかなぁ? ぐひょひょひょひょ」
下卑た笑みを浮かべる伯爵に、悔しそうな顔をするリアオノ。今すぐにでもぶん殴ってやりたい、という衝動を堪えていると応接室に繋がる控室のドアが大きく音を立てて開かれる。
「そこまでにして貰おうか、サデヒゾマ伯爵。先ほどから聞いていれば俺の可愛い部下に随分と暴言を吐いてくれたな。しかも金で相手を雁字搦めにしてモノにしようとする下衆な手口、見下げ果てたぞ」
「団長! ようやく来てくれたっすか……って、なんでそんな恰好をしてるっすか?」
開かれた扉から現れたのは、式典の時に着る儀礼用の白い団長服を身に纏い、手に花束を持ったミヤキであった。
「だ、誰だ貴様!? 団長という事は第五騎士団の団長か? 騎士団の団長ごときが、伯爵である私に何という物言いだ、不敬だぞ!」
「俺か? 俺はミヤキ・コオノ。お前の言う通り第五騎士団の団長だ。だが不敬か。不敬と言うのは身分が下の者が上の者に対して働く無礼の事を言うんだと思ったがな。俺の家名を聞いてもまだ不敬だと言えるか?」
「何を訳の分からんことを言っている! 家名? コオノ……コオノ!? ま、まさかコオノ侯爵家!?」
「そうだ。そのコオノ侯爵家の現当主が俺だ。知らなかったのか? 騎士団の団長は侯爵家以上の人間にしかなれないんだぞ? さて、不敬なのはどちらだろうな」
呆気に取られていた伯爵がはっと我に返り怒鳴りつけるが、ミヤキの家名を聞いて相手が自分よりも爵位が上だと知って顔色を青くし、よろめいてソファへずどんと座り込んでしまう。
「団長って、侯爵様だったっすか……?」
「いや、副団長のお前が知らないってどうなんだ?」
リアオノの前まで歩いていき、驚いたようにこちらを見つめて来て呟かれた言葉に苦笑いをするミヤキ。団長が侯爵家以上の人間にしかなれないのは、今回のように爵位を笠に着て無茶を言ってくる相手を抑える為である。公爵家を除いて貴族では最高位である侯爵家に表だって抵抗する貴族はほぼいないのである。
「いや、だって団長って侯爵様って感じがしなかったっすから、団長には侯爵様しかなれないってこともすっかり忘れてたっす」
「まぁ、俺が侯爵ってがらじゃないのは認めるがな。それに団の中じゃ基本的に爵位は気にしないってのが慣例だからな。忘れてても仕方ない、のか?」
確かに自分が侯爵らしいかと問われればそんなことはないと思っているだけに、リアオノの言葉を否定できないミヤキ。そして団の中でいちいち爵位を気にしていてはまともに機能しない慣習からも、うっかり忘れても仕方ないかと取り合えず納得することにする。
「それはさておき、リアオノ。そのドレス良く似合ってるぞ? 普段の元気の良い姿もいいが、そういう淑やかな姿も良いな、見違えたよ」
「うっ。そ、そうすっかね? あんまりこういうのって似合わないって思うんすけど……あれ? このドレスの色ってまさか……」
いきなりドレス姿を褒められてしまい、頬を赤らめてしまうリアオノ。恥ずかしそうに上目遣いになり、ミヤキの紫色の瞳を見つめるとドレスと見比べてはたと気付く。
「ああ、俺の瞳の色だな」
「えっ? じゃあ、まさか、このドレスって……」
団長が? と言うように恐る恐る見つめると、そうだ、と言うように少し気恥ずかしげではあるものの笑みを浮かべてミヤキは頷く。
「少し、独占欲が強いかと思ったんだが、これくらいは普通だって言われてな……リアオノ」
「は、はいっ、何っすか!?」
真剣な声で名前を呼ばれ、びしっと固まるリアオノの前にゆっくりと跪いてミヤキは手にした花束――桃色のチューリップにカスミソウ、ハナミズキで作られている――を捧げるように掲げる。
「リアオノ・オアサ男爵令嬢。貴女へ婚約を申し入れます。どうか、私、ミヤキ・コオノと婚約を結び、将来、我が妻となって頂けないでしょうか?」
「だ、だだだだだだ団長!? いきなり何を……そんな、急に婚約なん……て。本気、っすか?」
「本気に決まっているだろう? おふざけや冗談で出来ると思うか? ずっと、リアオノのことが好きだったんだぞ」
あぅ、と小さく呟き、耳まで真っ赤になりながらもじもじとドレスの裾を弄り、リアオノが両親の方を見れば優しく微笑んで頷いており、侍女の方を見れば親指をぐっ! と立てて満面のイイ笑顔を浮かべていた。
そしてまたミヤキを見れば、真っ直ぐな真剣な眼差しで見つめて来ており、リアオノはもじもじしていた指をスカートから離して両手で花束を受け取る。
「私、リアオノ・オアサはミヤキ・コオノ侯爵様からの婚約を受け入れます」
「リアオノ……ありがとう、嬉しいぜ」
リアオノの言葉にほっとしたような顔をして立ち上がり、そっと両腕を回して抱きしめようとするミヤキだったが、そこに不粋な声が割り込んでくる。
「な、なにをしていらっしゃるか! 幾ら侯爵殿とは言え私が婚約を申し込んでいるご令嬢に横から割り込んできて婚約を申し込むとは非常識でありましょう! それに、私と婚約しなければ借金を直ぐに返して頂きますぞ!?」
暴言を吐いた相手が侯爵だったことで茫然としていた伯爵だったが、流石に目の前で繰り広げられた光景にはっと正気に返り声を上げる。
その声にリアオノが、あ、と言うように不安そうに見上げて来るのをミヤキは安心させるように笑って頷き、それから伯爵の方へと身体を向ける。
「確かに非常識は非常識だな。しかし、金と地位で女性を思うままにしようとするのよりはマシだと思うぞ? それに、そこで借金がどうこう言いだすのが小物というかなんというか」
「う、うるさいですぞっ! それに地位と言うなら侯爵殿とて同じでしょう! それに借金は契約を交わした正当なもの、とやかく言われる筋合いはないですぞ!」
「私は別に団長が侯爵だから婚約を受け入れた訳じゃないっす! 団長が好きだから受け入れたんすよ! 借金に関しては、その、これからどうにかして返していくっす!」
小物、と言われ激昂した伯爵の言葉にリアオノは地位は関係ないと言い、頬を赤らめながらも好きだからと言えば、ミヤキが嬉しそうな反応をする。
「ふ、ふん、私と婚約しないのであれば、借金は直ぐに返して貰いましょうかな。 金貨一万枚、直ぐに用意出来るのですかな?」
「出来るぞ? 確かに少なくない金額だが、侯爵家なら準備出来る。もっとも、伯爵は借金の心配より、自分の心配をした方がいいがな」
「なっ、それは一体どういうことなのですかな!?」
金貨が用意できるかと言えばあっさりと出来ると言われ、自身の心配をした方が良いと言われた伯爵は思わず、と言った様子で狼狽える。
その様子を見ながらミヤキは懐から一枚の書類を取り出して、伯爵にも良く見えるように突きつける。
「ストイスト・サデヒゾマ伯爵。貴殿には違法である人身売買、及び脱税の容疑で身柄を拘束するようにと王家より指示が出ている。大人しくお縄に着くなら手荒な真似はしない、しかし抵抗するならその限りではない。これが王家からの指示書だ」
「そ、そんな馬鹿な!? くっ、どうしてそのような指示が……」
突きつけられた指示書に王家の印がついてあるのを見て伯爵は驚愕に目を見開く。そして左右を見回してどうにか逃げられないかと腰を浮かしたところで、後ろに控えていた侍従が伯爵の肩を押して強引にソファへと座らせる。
「伯爵様、もう潮時なのです。王家の印の入った指示書が出ている以上、もう逃げられません。この館の周りにも既に騎士団が配置されているはず。ここは潔く諦めましょう。不肖、この私めもあの世にはお供させて頂きます」
「ふ、ふざけるなっ! 貴様ごときが私に命令をするでないっ! 離せ、離せ、離せぇっ!」
抑えられた伯爵がじたばたと見苦しく暴れるのを見て、侍従は深く溜息を零し、伯爵の太い首に後ろからするりと腕を回して、ぐっと力を籠める。すると暴れていた伯爵は意識を刈り取られてしまい、がくりと力が抜けてソファに凭れ掛かってしまう。
「容赦ないな、お前」
「これ以上、醜態を晒すような真似をなされては伯爵家の名が泣きますので。本当は、主が道を間違えたときにお諫めするべきだったのに、それが出来なかったのは私の不徳の致すところ。どうか、私以外の使用人には寛大なるご処置を」
胸に手を当てて深く礼をする侍従に苦笑いを浮かべながらも、それは調査次第だ、と答えてミヤキは通信の魔道具で館の周りに配置していた団員達に、伯爵家の馬車の御者の拘束と館内へと入り伯爵を拘束するように命令を出す。
そうして暫く経つと第五騎士団の団服を着た騎士達が室内へと入ってきて、意識を失った伯爵を拘束し、三人がかりで抱き起して運び始める。
「重たっ! 何を食べてたらこんなに太れるんだ?」
「知らんがな。それより見ろよ、副団長がドレス着てるぜ?」
「ふわぁ、ああいう格好をすると副団長もご令嬢に見えるな」
「「「びっくりだ」」」
「う、うるさいっすよ! 無駄口叩いてないで、さっさと運ぶっす!」
団員達の無駄口に真っ赤になりながら、とっとと運ぶように言うリアオノに、うぃーす、と返事をしながら団員達が歩き出すと、逃亡の恐れはなさそうなものの、一応はと手枷を掛けられた侍従もそれに従い歩き始める。
「あ、あの、侍従さん」
「はい、何でございましょうか」
歩き始めた侍従へと、リアオノがおずおずと言った様子で話しかけ、ミヤキは話しやすいように少し体を脇へとずらす。
そして立ち止まった侍従へと、小さく頭を下げてリアオノは彼の目を真っ直ぐに見つめる。
「伯爵に伝えて欲しいっす。理由はどうあれ、伯爵が大雨の後直ぐに援助をしてくれたおかげで、領民達の食糧とか医療品が買えて助かったっす、ありがとうございましたって」
「なるほど。どうやら我が主は最後の最後で意図はしていらっしゃなかったでしょうが、良き行いをしていたようですね。承りました、伝えておきます」
リアオノの言葉と行動に驚きつつも、伯爵に伝えておくと穏やかに微笑んで頷く侍従の肩に、ミヤキは手を乗せて囁く。
「そのことは、俺からも法務部へ報告しておく。多少は罪が軽減されるだろう。爵位の剥奪は免れないだろうが、処刑から終身労働刑くらいにはなるし、一族族滅と言うことにはならないと思う」
「お心遣い、痛み入ります。それでは、私めはこれで」
そう言って再び歩き出す侍従の背中を見送り、リアオノはなんとなくミヤキに寄り添い、ミヤキはそっとリアオノの腰に手を回して引き寄せる。引き寄せられたリアオノは、身体を凭れさせるようにしながら、大きく溜息を零す。
「あの人も、仕える主が違ってたら、もっと真価を発揮出来てたっすかね」
「そうだな。だが、あいつが言ってただろ。止められなかったって。だから、お前が気にすることじゃないさ」
「……そう、っすね」
『団長、こちらツオブシです。団長?』
どこかしんみりとした雰囲気になった瞬間、通信の魔道具が点滅してそこからツオブシの声が聞こえてきて二人はびくっとして慌てて身体を離し、ミヤキは通信の魔道具へと返答をする。
「こ、こちらミヤキ。どうした、ツオブシ」
『どうしたもこうしたもないですよ。こちらの連絡なしに突入しましたね? 団員から伯爵を確保したって連絡が来ましたよ』
「あ、いや、それはだな」
『どうせ副団長の悪口か何か言ってるのを聞いて、我慢が出来なかったんでしょう?』
「なんで分かるんだお前!?」
まるで見ていたかのように正解を言い当てるツオブシに、思わず左右を見回してどこかに潜んでいないかと確認してしまう二人。するとはぁー、とツオブシが呆れたように深く溜息を吐いた音が聞こえてくる。
『それぐらい分からないで、補佐が務まりますか。それで? ちゃんと副団長に婚約は申し込めましたか?』
「え? あ、ああ、それはもちろん」
『そうですか。それはおめでとうございます。団長達が戻ってきたら有志による婚約記念祝賀会を開きましょう。ああ、それと副団長』
「何っすか?」
『おめでとうございます。長年の想いがようやく通じて良かったですね。結婚式では部下代表としてスピーチさせて頂きますので、楽しみにしておいて下さい。では、私はこれにて失礼します』
「ちょ、結婚式とか気が早いっすよ!? ツオブシ? ツオブシっ!?」
ぶちっ、つーつー、と通信が切られた魔道具からは返事がなく、ミヤキとリアオノは顔を見合わせ、どちらからともなく笑いがこみあげてしまい、噴き出してしまう。
「何というか、ツオブシらしいな」
「そうっすね。不愛想に見えて意外と気遣ってくるっすし」
一頻り笑って、それから何となく無言になり二人は見つめ合う。ほんのりと頬を赤く染め、瞳を潤ませながら見上げるリアオノと、優しく包み込むような笑顔を浮かべるミヤキ。そっとリアオノの頬に手を伸ばせば、すり寄るように頬を寄せる仕草に、ミヤキはゆっくりと顔を寄せる。
「リアオノ……」
「団長……」
と、二人の唇が触れそうになったところで、横から申し訳なさそうな声が上がる。
「あの~、出来ればそういうことはせめて私達のいないところでお願いしたいのですが」
「あのリアオノちゃんが、乙女の顔をして……ママ、嬉しいっ!」
「お嬢様、成長なされて……さぁ、私達に遠慮なくぶちゅーっと」
「うわああぁぁぁぁっ!? 義、義父上、義母上!?」
「どえぇぇぇぇぇぇぇ!? ぶ、ぶちゅーって何っすか、ぶちゅーって!?」
思わずばっと二人が身体を離してしまえば、女性陣二人は残念そうな表情を浮かべ、男爵は複雑そうな表情を浮かべる。
「あ、はい、義父上と呼んで頂くに吝かではないのですが……娘を嫁にやる父親の難しい親心を汲んで頂けると嬉しく」
「あらあらまぁまぁ、義母上だなんて、嬉しいですわっ!」
「これはお孫様の顔を見るのも秒読みでございますね、奥様」
男爵の申し訳なさそうな声に、ぺこぺことミヤキは頭を下げ、リアオノは孫、と言う言葉に真っ赤になって気が早いっすと怒り始める。
このカオスな状況は、団員が撤収しますよーと言って応接室に顔を覗かせるまで続いたのであった。