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玄関先は異世界


『部屋のドアを開けたら、そこには見知らぬ世界が広がっていた』


なんていうフレーズが頭のなかでテロップとして流れた。何でそんなテロップが流れたかというと、


「…、」


今、まさにその状況に陥っていたからだ。

目の前に広がる大草原。一瞬、夢を見ているのかと思ったが、肌に感じる風。それにのる草や土の匂い。夢にしてはかなりリアル、いや夢じゃないし、現に私は目が覚めている。


「‥、」


ドアを閉めた。そして開ける。

そこには見慣れた共有通路がやっぱり、‥ない。


「‥、ここから出ろってことよね」


はぁ。

重たいため息とともに出た足。その瞬間、隣にあったドアは消え、何故か視界が低くなる。


「へ?」


カサリと音をたてた足には見慣れないブーツ。背中にはズシリとはいかないまでも感じる重み。腰には使ったことがないのに、使い込まれた感ありありのポーチがついていた。服に至っては着たことがないが、どこかで見たような服を着ていた。


「あー…」


これが所謂『異世界転移』というやつか。まさか自分の身に起きるとは思ってもみなかった。


「さて、どうしたものか」


何でこんなに冷静でいられるのか、自分でも不思議だった。でも、焦るとか不安になるとかの感情は出ず、ただただどうするかを考えた。見渡す限りの緑の景色。人らしきものはいない。ついでに、獣らしきものの気配も感じない。


「‥、背負っているものの中身を確認しよう」


うん。そうしよう。

自分が今、何者なのか。

よっこらせ。と荷物をおろせば、それは私がいた世界にもあったようなリュックだった。草の上に座り、リュックを開ける。中には分厚い本が二冊とメモ紙が所々にはさまってくたびれている手帳、小瓶に入っているのは、様々な大きさの石。よく見れば淡く光っている。何だか見覚えがある荷物の面々だ。

それに、


「IDカード?」


首に下げるタイプのIDカードが入っていた。それを取り出し、確認する。ご丁寧に顔写真つき。幼い顔立ちだが、確かに私だ。


名前:陽向

種族:神人(黄昏種)

年齢:13才

職業:冒険者

ランク:SSR0


見覚えのある情報に、


「ここってゲームの世界だ」


異世界転移って、ゲームの世界も有りなのか。IDカードを首に下げると、それは小さなペンダントネックレスに姿を変える。ペンダントの裏を見れば、そこにはランクのみ彫られていた。でも、ランクって何だろう?レベルと一緒?それに種族に追加されていた黄昏種って何だ?自分の情報に追加した覚えはないし、初めて見た種族名だ。所々記憶している情報と違うことに、頭を傾げた。


「どこの世界に行っても個人情報は機密なのか。そして、どこまでも緑だ」


ペンダントから視線を外しリュックを閉めて、辺りを見渡した。このゲーム、私自身かなりハマってやりこんだものだ。今も時間を見つけては時々やっていて、行けるところは全部行ったはずなのだが、私は今、見たこともない場所にいた。


「ー、綺麗だな」


これからどうすればいいのかわからない状況なのに、あまりに壮大で太陽の光を浴びて煌めいている緑に呟いた。その時、


『おい』


ふいに声が聞こえた。


「へ?」


座ったまま見渡せどいない。気のせいかと思いきや、


『もっとしただ、ばかもの』


‥、馬鹿者って。何様よ。

イラッとしつつも下を向くと、真ん丸の白金の瞳と目が合う。

《竜族》が出てくる場面なんてあっただろうか。しかも子供。そして言葉が通じている。


『なにものだ、きさま』


「…、」


何、この上から目線。

ちっさいくせに。

見た感じ、生まれてまだそんなにたっていないんじゃないかな。近くに親がいるのだろうか。そんなことを考えていたら、


『おい、われがたずねているのだぞ?こたえろ』


何故か半分キレられた口調で言われ、カチンとくる。


「人にものを尋ねる時はまず自分からだと思うんだけど」


質問に質問で返すのはいかがなものかと思ったけど、こんな礼儀知らずにはどうでもいい。


『なっ!』


フルフルと身体を震わせ、キッと睨んでくる白金色の瞳には涙が浮かんでいた。さすがに慌て、抱き上げる。


「な、泣かないでよ」


『ないてないっ』


まだ丸い爪がギュッと服を掴み、肩にゴシゴシと顔を押し付けてくる竜。背中を触ろうにも小さな翼があって傷つけたらと思い、後ろ頭を撫でた。


「泣き止んだ?」


『ないてないっ!』


そうは言うも顔を肩から離さない。

さて、どうしたものか。

うーんと頭を悩ませていると、


「おい、」


また呼ばれる。今度は何?てか、誰よ。


振り返れば、馬に跨がった男が数人。私に話しかけてきた男は、…、なかなかの面構えだ。


「ここで何をしている」


「別に何も」


「何も?」


片眉だけ器用に上げ、顔に笑みを浮かべている。もしかしなくても、絶対に私が言っていることを疑っている。


「親はどうした?」


「いません」


嘘は言ってはいない。

事実、私は天涯孤独の身だ。誕生日を迎える前に、施設の玄関の前に捨てられていたのだという。たぶん、原因は私の容姿にあったのだろう。もし私のいた世界に存在していたとしても、その人は親でもない。

そして、この世界には絶対にいない。それは断言できることであり、私自身が証人だ。


「いない?では、どうやってここに来た」


「気がついたらここにいたんです」


これも嘘じゃない。

くっついたままの泣き虫に気をつけながら立ち上がり、土を払う。リュックを背負い、改めて男たちを見た。それと同時に男の一人が馬から下り、私と目線を合わせる。近くで見ると、…、やっぱり悪人面。


「片方ずつ色が違うとは…。変わった瞳の色をしているな。髪色も漆黒とは珍しい」


「…、」


だから何だというのだ。少しずつ後退る。が、腕を掴まれ、身動きがとれなくなる。そして、男はにっこりと笑い、


「独りでは危ない。俺と一緒に来るといい」


「ウェイン様、何を仰るのですっ!そんなどこの国ともわからぬ者に手を差し伸べることはありませんっ!」


お供の一人が後ろから叫んでいた。フードを被っているけど、声からして年配の男性かな。声に出して言ったのはこの人だけで、他の人たちは黙っていた。


「それではバム、お前は置いていけるのか?」


「置いていけるとは?」


わからないといったふうに首を傾げるバムと呼ばれたお付きの人。


「馬もいない、大人もいない、気がついたらここにいたという少女をここに置いていけるのかと聞いているんだ」


「それは、」


「ここは神の領域に近い場所だ。人が旅の休憩に使用するといっても、それがいつ来るかわからない。そんな場所に置いていけるのか?」


「…、…、」


黙るお付きの人。

それにウェインと呼ばれた人は、私の顔を見てニッと笑う。そして、お付きの人の方に振り返り、


「意見はないな」


「…、…、はい」


渋々頷いていた。


何だが、申し訳ないような。

私は、ジリジリとその一行から離れる。今、私の腕は握られていないからだ。


「うん?どこに行くんだ?」


人の気配に敏感のようで、またすぐに掴まれた腕。


「いえ、やっぱり悪いので」


「気にするな。俺はウェイン。お前の名は?」


にっこりと笑い、私に名を聞いてくる。


「…、…、陽向」


「ヒナタか。珍しい名前だ」


そう言いながら、私を引っ張り自分馬に乗せ、自分も馬に跨がり馬を走らせた。


これが私とウェインの出合い。





◇◇◇


私、井岡朱里。陽向はゲーム上で使用しているハンドルネームだ。今は若返っているけど、れっきとした社会人。短大卒業後、やりたかった開発業の職に就き充実した日々を送っていた。しかし、上司のしでかしたミスを押し付けられ、即解雇。会社には罪はない。かなり理不尽さを感じたが、やられたらやり返せは、恩師に教わったというのもあるが、私的にもルール違反。でも、その上司が私の解雇からそんなにたたないうちに、本社から遠いどこかの支店に“異動”になったらしい。そのミスが私ではなく上司がしでかしたことだと会社にバレたらしく、でも、そのミスが原因で私を解雇しているので、その上司も同じことでというわけにはいかないみたいで、まぁ、永久的な左遷という名の“転勤”を受けたと元同僚がSNSで教えてくれた。


だからといって退職金が出るわけでもないので、どうしたものかと悩んでいたら何となく買っていた宝くじが何と高額当選。次の仕事が見つかるまで就活をしつつ、ニートな生活をしていた。今日は買い物に出ようと貴重品と財布、スマートフォンを鞄に入れて靴を履き、ドアを開けたら現在に至る。


「もう一度聞くが、どうしてあそこにいた?」


馬を走らせながら問われる。先程の同じ応えを言うと、


「ここ周辺はリズ草原と言って、神聖な領域だ。ランクがある程度なければ入られない。ここには結界があって、その結界を通り抜けるにはランクが必要だ」


「神の領域なのにですか?」


「そう神の領域なのに、だ」


神はすべてに愛を注いではくれない。

そう、聞こえた気がした。


「で、ランクは?」


「…、ここに必要なランクはどのくらいからなんですか?」


「最低ランクが《B0》だ」


私は、SSR0だった。


「…、私もB0です」


“人は簡単に信用するな”


私が今まで生きてきた人生のなかで学んだことだ。


「B0?」


私が嘘をついているのがわかっているような疑問符だった。でも、ウェインはそれ以上何も言わず、ただ馬を走らせた。

どのくらい移動したのだろうか。ふと蒼空を見上げれば、大きな影。

…、影?

何で影?


『ほむらか』


「焔?」


『そう、ほむらだ』


「焔ってなに?チビスケ」


『ちびすけじゃないっ』


「じゃあ、」


『なきむしでもないからなっ』


先に言われてしまった。


「あれは竜族だ。身体が赤色をしているから火竜だろう。焔というのは、竜族同士が使う愛称だ。大方、そいつを捜しにきたんじゃないのか?」


そいつとはこの泣き虫のことだろう。でも、


「この子、身体の色が赤というより黒ですよ」


『…、われはほむらではない。いっしょにするな』


生意気な物言いに、


「ちっさいくせに」


小さな声でポソリと言ったつもりで、この泣き虫に聞こえるように言った。その時は、生意気だとしか思わなかった。私は、それは違うと後から知ることになる。


『なっ!ちっさいとはしつれいだぞっ!それに、われはまだこどもだっ!』


「こういうときだけ子供って言うの、ズルいよね。さっきはすっごく上から目線だったのに」


『き、きさまぁっ!』


小さな身体を震わせ、キッと睨んでくる。今度は泣いていない。ケッと思いながらその視線を受け止めていると、


「先程から思っていたのだが、ヒナタは竜族の言葉がわかるのか?」


私と泣き虫のやり取りを聞いていたウェインが言う。その質問に私は疑問符を浮かべ、


「へ?」


声にも出ていた。これが言葉以外の何に聞こえるのだろうか。


「俺にも竜族の友人がいる。竜族は大人になると心を許した者と会話ができるようになる。俺はそいつに友人と認められ、会話ができるようになった。そいつ以外の竜族の言葉は、当然だがわからん。それに、子竜の言葉がわかるヤツなんて俺の知る限り、聞いたこともない」


チラリと私を見るウェイン。

そんな目で見られても、私には説明することはない。

火竜は私たちに気づかず、そのまま行ってしまった。


「綺麗な竜だったな」


ウェインの視線から逃れるように、ポソリと呟く。


『われのほうが、』


「まだ子供なんでしょ?比べない」


『なっ!』


「くっ」


ウェインが短く笑う。


「ウェイン様!魔物ですっ!」


後ろから危険を伝える声。

ウェイン、様?

さっきもそう呼ばれていたけど、ウェインは高貴な人なのだろうか?


「魔物だと?まだリズ草原をを抜けていないぞ」


「あそこに魔物の群れがっ」


指差す方向を見れば、遠目からでも何がいるのかわかる。風にのって死臭がここまでくるからだ。


「…、死人」

大した数じゃない。さほど強いヤツでもない。移動するスピードも遅いし攻撃してくるスピードも遅い。ただ、咬まれたり引っ掻かれたりすると厄介だ。強い毒に侵され、最悪の場合、死に至る。もしくは重度の後遺症が残る。


だから、こういう時は、


「《神よ。どうかあの者たちに慈悲の心を、深き愛をお与えください。アーメン》」


近づかず、遠いところから消し去るのが一番。唱え、胸に十字を掲げ手を組む。白い光が溢れ、ヤツらを包んだ。光と共に消え去った。


「…、…、」


どうやら、スキルはそのままのようだ。ギフトもそのままだと嬉しいが、今はそれは試すことはできない。


「今の、浄化魔法か?」


ウェインの問いに私は頷いた。魔物を浄化する魔法は魔術師の初歩だ。

このゲーム、自分が選んだ職業のレベルをマックスにすると、自分の好きな職業のまま、覚えたいスキルを覚えさせることができるのだ。それは無限大のため、役立ちそうなスキルは片っ端から覚えた。


「お前、魔術師なのか?」


その問いには、首を横に振った。


「冒険者です」


自由に旅はできるし危険はつきまとうけど、何に縛られることはないのでこの世界の私にもちょうどいい。


「俺の知っている冒険者は浄化魔法は使わないぞ」


「そうですか」


「お前、変わってるな」


「よく言われます」


ウェインはチラリと私を見て、何だか難しい顔をしていた。

だから、そんな顔されても私からは説明することはないってば。


「お前、」


「ウェイン様、そろそろリズ草原を抜けますっ!」


後ろのお付きの人がウェインに声をかける。ウェインがそちらに意識を向けた。


『おまえ、めんどうなせいかくをしているな』


泣き虫がため息をつき、言う。


「…、余計なお世話。泣き虫」


そんなこと私自身が一番よく知っている。でも、これは直るものじゃないから仕方がない。


『なきむしではないっ!』


キッと睨む白金色の瞳。


「じゃあ、名前教えてよ」


もうこのやりとりさえも面倒。この際、すきなように呼んじゃうか。


『…、なまえなんぞあるか』


「え、」


『おやなぞしらん。きがついたらあそこにおった。おおかたたまごのうちにすてられたのであろう。われのようなものはたまごのうちからいしょくだ。…、…、われはこくりゅう、…、“まれに”うまれるいみごだ』


寂しく呟く泣き虫。


「…、忌み仔」




“君の悪い人ね。まるで悪魔みたい”




「…、」


嫌な記憶を思い出した。


『このやりとりもめんどうだ。もうすきなようによべ』


あ、同じこと思っていたんだ。何だかおかしくて、嫌な記憶はどこかへいってしまった。



「…、」



考える。

この子の一生の名前だ


「…、」


『おい、どうした?』


私がジッと見つめたまま何も言わないのを不思議に思ったのか、首を傾げる泣き虫。まんまるの瞳。白金色のそれは淡く光り輝いているように見え、遠い昔、父であり母である園長と見た蛍と重なる。蛍と一瞬思ったが、


「…、喜永(きえ)


『?』


首を傾げる泣き虫。


「今日からあなたの名前は喜永」


『きえ?』


「“あなたが産まれてきてくれたことが私にとって永遠の喜び”。私の好きな言葉。永遠の喜びからとって、喜永」


遠い昔、園長に言われた言葉。容姿で苛められていた私の心を救ってくれた言葉だ。そこから二文字とった。


『…、』


喜永は何も言わず、まんまるの瞳でジッと私を見つめる。その瞳の表情はまだ読み取れないけど、拒否はされていないようだ。

綺麗な白金色の瞳に私の幼い顔が映る。

そこではたと思う。

私、このゲームの年齢、こんなに幼くしていたっけ?実年齢よりは低く設定したけど、こんなに低くしていなかったような…?


「ヒナタ」


首を小さく傾げつつ小さなことを考えていると、ウェインに名前を呼ばれた。返事をすることなく振り返ると、さっきの難しい顔はなく、どことなく笑顔を浮かべていた。


「ほら、見えてきたぞ。あそこに小さく見えるだろう」


ウェインが指差す方向を見る。確かに門らしきものが小さく見える。


「お前たちが話しているうちに結界から抜けた。俺の国は、リズ草原からさほど離れていないからな」


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