主人公と勇者になった経緯
私は腹を括って、目を瞑りながら、ソラに芋虫を口に入れてもらい、それを食べた。炭だとすぐにお腹が空くと思って、私は一匹食べれば満腹になると言う、ウルトラパワーフードを選んだ。
私の世界では、まだ少数だけど昆虫食はある。イナゴや蜂の子を食べる場所もある。感想を聞けば、エビみたいな風味、クリーミーで意外といけると言っていた。
「こころ。早く寝ないと、明日が大変ですよ」
ウルトラパワーフードは、とっても不味かった。食べて時間が経つが、まだ口の中がおかしく、ぐっすり眠れる気がしなかった。
『良薬は口に苦し』と言うことわざがあるが、そんなことわざを作った張本人に文句を言いたいぐらいだ。
『ソラに見つめられると思うと、目が覚めて……っ! ハアハア……』
目を閉じていても、私の目の前にカンペが現れる。当然無視するが、芋虫とは違う意味で、眠れない理由もあった。
「……ソラは?」
私は、体育座りをして、ずっとソラが点けた焚火の日を見ているが、ソラは、じーっと私の横顔を見つめていた。
「あたしは、魔王討伐の時に身に付けたスキルのせいで、眠ることが出来ないんです」
便利なようで不便なスキルで、ソラは日が昇るまで退屈らしい。
「寝たいとは思わないの?」
「もう慣れました。ただ、こんな平原にも拘らず、隙だらけの体勢で、いびきをかいている魔王の姿を見ると、剣で斬りたくなりますね」
ヤミは、私の横で、とんがり帽子を枕にして、『我は、夜はちゃんと寝るのだ』と言って、すぐにいびきをかいて寝てしまった。
「……そもそも、どうして魔王を倒そうと思ったの?」
私は、ふとソラにそう聞いた。
「『お前は、大昔に魔王を倒した勇者の末裔』だから、勇者になれと、王令が出たからです」
「……成り行きじゃないんだ」
「拒否権はありませんでした。親はすぐに討伐に向かわされて、それっきり帰って来ません。どうやら、あたしの親は人の肉体を使って、悪魔召喚する儀式に使われたようです」
みんなヤミみたいな、抜けている魔族だらけなのかと思ったけど、本当は残忍で、冷酷な存在のようだ。
「焦った国王は、勇者の血を絶やさないために、あたしを徹底的に訓練させました。あたしは努力が嫌いなので、すぐに技や知識を覚えて、教官や軍隊を壊滅させ、城を陥落寸前、国王の首を刎ねる寸前までやりましたから」
「ソラって、本当に勇者なの? 反逆者って言われた事ない?」
「勇者って言われています」
たまにソラの行動が、勇者なのかと疑わしく思ってしまう。
「喋っていると、眠くなりません。日が昇ったら出発しますから、眠れるうちに体を休める事を――」
ソラは急に話を止めて、背後の方を振り返った。
「魔王のいびきがうるさかったので、気付かれてしまいました」
「……貴様が、焚火なんかしているからだと思うぞ」
私は、何が起こっているのか分からない。ソラに尋ねようとした時、例のカンペが現れた。
『もしかして、私の新たな女の子……っ!』
それは絶対ないと思う、いや、ヤミのようなパターンもあるので、ちょっと期待しつつも、私も息を殺して、ソラたちが見つめる、暗闇の先を見つめた。
「遅い」
ソラがそう呟いた瞬間、突然サイコロステーキのように細切れにされた、肉片が現れた。1秒も経過していないであろう時間で、ソラはあっという間に魔族を細切れにした事に、私は本当に勇者なのだと思うった。
「仲間を呼んだのなら、今すぐ魔王を討ちます」
何の良きものかは分からないが、ソラは魔族だと判断して、ヤミを睨んでいると、暗闇の方から声がした。
「流石勇者さま。いとも簡単に、私の弟を殺すとは」
鬼のような見た目の魔族が、私たちの前に現れた。一つ目、プロレスラーのように体付きが良くて、私は――
『……カッコいい人』
と言うカンペが出てきた。これはあながち間違いじゃない。私はプロレスラーのような、ゴリマッチョのような男の人が好みで、上腕二頭筋が逞しく育っている男の人には弱いのだ。
「……カッコいい人」
これは私はカンペをそのまま読んでしまうと、鬼の魔族は愉快そうに笑った。
「珍しい人間がいますな。勇者以外、俺たちを怖がらない人間がいて、更に私の容姿を褒めるとは」
「……だって、腕の筋肉が一級品で――」
そう心の声を漏らしてしまうと、私は気付いた時には、ソラに抱えられて、宙に浮いていた。
「勇者は、子守に転職したのですか? 子守なんかしていたら、勇者の実力を発揮できませんよ?」
さっきまで焚火があった場所には、隕石が落ちたような、クレーターのようになっていた。間違いなく、上腕二頭筋が美しい、鬼の魔族がやったのだろう。
「筋肉好きですか。あたしも好きですよ」
「あ、ありがとう……。け、けどソラも筋肉が好きなんて意外――」
「斬り応えがあります」
そんな事だと思ったけど、私の好きな物を共感されたは嬉しかった。
「それと先代魔王の娘。逃げ出したと思ったら、勇者と手を組むとは、どう言った考えで?」
「うるさいぞ。我を追放した貴様たちに、我はもう戻るつもりはない」
ヤミもソラの横で宙に浮いていて、鬼の魔族を牽制していた。
「それは、魔王の後継者に興味が無いという事ですか?」
「貴様らの腐った業界に戻るつもりはない。賢くて、賢明で頭脳明晰の我が、一から作り直してやる。それが嫌なら、かかってこい」
「先代魔王の娘だからと言って、調子に乗るのは、やめた方が良い事ですね」
鬼の魔族は、ヤミに攻撃を仕掛けた。
「貴様こそ、調子に乗るんじゃない」
魔王の娘は、どんな攻撃をするのかと思ったら、ただ純粋に、持参している魔法の杖で、鬼の魔族の頬を思い切り殴打していた。