プロローグ 1
「ハッ・・・ハッハッ・・・」
フォームなんてあったもんじゃない、俺は目の前に広がる闇をひたすらに走る、はしる、ハシル、・・・は・・し・・る。
ここは何処なのか?
解らない、わからない、ワカラナイ。
わからないんだ。
ただ、恐怖に追いやられ、背中を叩かれ、無理矢理、前へ、前へ、まえへ、進むしかない。
だが、砂が、土が、草が、朽ちた木が葉が、足に絡み俺の邪魔をする。
嗚咽が漏れ、息が切れ、涎、汗、鼻水が垂れる。
だが、走る内にそれらも枯れ、ただ脇腹の痛みだけが俺に正気
を保たせていた。
そしてついにその時は訪れる。
ゴウっ
っという音が耳元で鳴った。
ドスッ
背中にドッシリと大きめの何かが着地した感触を感じた。
それが何なのか確認しようと振り向くより先に俺の背中は物理的に押し出され、身体がフワリと浮かび上がったかと思うと、次の瞬間には進行方向へ俺の身体は吹き飛ばされていた。
「うがっ!!」
情けない声が出るのを確認した後、受け身を取るために俺は咄嗟に手を突き出した。
・・・・・が。
手の平にグチャッと土の感触が拡がると、その土の滑りけに手を取られグニっと在らぬ方向に手が曲がってしまった。
全身から力が抜け落ち、立ち上がる事が出来なかったので、木に手を這わせ、そのままその木を背に、何が起きたのか確認してみる。
「・・・・・・・」
違和感だ、背筋に鋭い寒気を感じ、次に鈍い痛みが俺の左腕を蝕んだ。
「ツっ・・・・・
ああああ!」
外には聞こえずらい深くくぐもったゴリっという嫌な音が鳴ったのだ、当然の如く。
ブランと。
手が揺れ動く。
肘から下の感覚が途絶え、腕の辺りからジワジワと虫が這うように、まるで毒が回るようにジワジワと痛みが全身に回り始めた。
痛みの限界が脳に回り、気絶するのも時間の問題かも知れない。
そうなれば楽なんだろう。
そうなれば楽になれる。
この恐怖ともおさらばできる。
グシャ
落ち葉や枝が踏み潰される。
薄れかけている意識の中。
暗い森に光が射しているのが見えた。
月なのか星なのか分からない。
その光にあてられ襲撃者の姿がゆっくりと浮かび上がる。
一匹の痩せほそった犬。
犬?
嫌、犬じゃない、痩せ細ったとは言え、大きさも、顔の形も、凶悪そうな牙も俺の常識にある犬のそれを凌駕していた。
狼?
それでも、、狼を知っている俺からしても目の前のそれは化物染みていた。
だが、俺はその痩せ細った狼もどきから目が離せなかった。
纏っている雰囲気が野良犬のそれでは無い。
寧ろ、その痩身kら神々しささえ感じてしまう程にその狼もどきからは畏怖の念を感じさせられてしまった。
俺がここでの死を覚悟してしまう程に。
立ち上がる力は・・・・無い。
もう、痛みも感じない程に腕は麻痺してしまっている。
目を瞑った。
爆音。
何かの破片が四方八方に飛び散り、俺の身体に突き刺さる。
痛みを感じる暇もなく爆風が俺の身体を壁に叩きつけた。
流れ出る血液、破片を取り除けばもっと大量の血が噴き出る事だろう。
ゴウッ
炎の渦が俺を飲み込む。
その痛みと燃え盛る炎の熱さ。
ヒリヒリと生きたまま焼かれる感覚。
爆音後俺は一瞬で常人が感じる事の出来ない数々の痛みを感じる事になった。
気付けば俺は暗い森の中にいた。
負ったはずの無数の怪我や火傷はもう無かった。
その代わりに記憶は抜け落ち。
何も思い出せない。
そして言いしれぬ恐怖が俺を走らせた。
恐怖の原因は目の前の狼もどきなのだろう。
「はぁ・・・・はぁ・・・・」
とうとう・・・・。
限界だ。
意識を保てない。
だが俺は力を振り絞り目を開ける。
目の前には大きな顎が開き俺を食おうと迫っていた。
「・・・やっぱ、死ぬのか・・・」
ガリ、ゴリュ
狼もどきの牙が肉の付いた骨に突き立てられ、吹き出た血が飛び散り俺に降りかかる。
俺の頭が血に染まった。
「・・・・・?」
痩せ細った狼もどきの牙が突き立ったのは、これまた俺の肩越しに顔を覗かせた大きな獣の首だった。
「は?」
目の前の光景に俺の意識が追い付かな・・い。
獲物の・・・俺の奪い合い?
痩せ細った狼もどきは獲物を食う事は無く、不味そうな不機嫌そうな顰めっ面を浮かべると首を振り獣をポーンと放り投げた。
「俺を助けたのか?」
その言葉に反応したのか、狼もどきはゆっくりと視線を俺に移す。
「お、、れを、、、食う、、のか?」
話が通じる訳もないのに、俺の口からは漠然としたどうでもいい質問が吐き出される。
「お前はそれを望むのか?」
誰かが俺に語りかける、優しい声色が頭に直接響く、狼もどきの口は動いていなかったがこの声は恐らく、目の前のこの狼もどきのもので間違いはないだろう。
「望むと思うか?」
「クフフ」
何も出来ない獲物からの抵抗と受け取ったのか反抗的な俺の答えに狼もどきの口角が上がった。
まるで人間の様な豊かな表情だ。
「それでこそ足掻く者というものだ」
「足掻く者?」
「クフフ、喜ぶが良い。
嫌、絶望とも言えるのか、どちらにせよ貴様は選ばれたのだ」
「選ばれた・・・・一体何に?」
「何に?にか、クフフ」
それにしても良く変化する顔だ、妙な親近感すら覚える。
「それは貴様が自身で解き明かせば良かろう」
「これから死ぬ人間に向かって優しくないな」
「ほう、死ぬ・・・とな」
この狼もどきが俺を殺さないとは断言できない、今この瞬間外敵を排除してまで生かされているのだ、それは無いだろうと思いたい。
多分大丈夫なのだろう。
しかし、今ここで意識を無くせば先程死んだ獣の血の匂いに釣られて集まる何かに襲われ命を落とす事だろう。
大丈夫とはいえ、この狼もどきが俺を守ためにここにいる事は無いのだろうから。
さて、、どうしたものか。
痛みにより動くことは困難だ。
痛み?
俺を蝕んでいた痛みは嘘のように消えていた。
それどころか、皮膚を突き破り飛び出していた腕の骨は元に戻り、傷も、身体の乾きも無くなっていた。
「一体?」
俺がキョロキョロと身体を見回していると狼もどきが当然の様な顔を浮かべ。
「治した。」
と言う。
「治したって、あの大怪我をどうやって?」
狼もどきはクエスチョンマークを浮かべた様な表情を見せると
「魔法に決まっている」
と答える。
魔法?
俺の聞き間違いでは無い、この狼もどきは今魔法と言ったんだ、。
キリっと俺の頭に痛みが走る。
「いっ」
何だ急に・・・。
言葉を話す狼もどき、あの大怪我を一瞬で治療する魔法の存在。
「・・・・・一体何なんだ。
此処は何処なんだ!?」
俺の不安が大声となって顕れる、恐らくだが震えているんだろう、あまりの緊張に声が裏返ってしまう。
「此処は、この世界はエルラハン。
クフフ。
足掻く者よ。
お前に教えてやろう」
狼の表情が暗く、輝く。
立ち上がった俺の背筋に冷たい何かが走る。
引いていた筈の汗が、粘り気のある冷や汗となって俺の身体のいたる所から噴き出し、不覚にも膝がガクガクと震えた。
そして俺はこれから語られる狼もどきの言葉に今以上の震撼を覚える事になる。
「妾は狐、、魔狐じゃ、狼なんぞと一緒にせんでもらおうか」
「・・・・・・。」