第八章 カムの実
少し歩くと、変わった木々に囲まれた広場のような場所に着いた。
「ニトラさん!?」
そこにニトラがいた。激しく負傷して、手当をされている。意識はないようだ。
「タウロタと戦っていたんだよ。」
「手当、キリルがしてくれたのか?」
「うん。僕たちがしたよ。」
そこにいたもう1人の者が答えた。色の白い、ふわふわした感じの少年。
「怪我がひどいので、動かさないでおくれよ。薬が効いて、よく眠っている。ああ、君も、この薬を飲んどいたほうがいいよ。」
差し出された液体の薬。得体は知れない。しかも、あからさまに苦そうな匂いがする。
「この木、カムリファスの木の実で作った、煎じ薬だよ。」
「カムリファスの実………、うん………?あっ、カムの実!」
ルルに聞いていた白っぽい幹と赤系の葉、ここにある木々はまさにそのものだった。
「そう、カムの実。知ってるでしょ、万病に効くと言われてる。……………そして僕は、カムリファスの木の番人、名もカムリファスだよ。」
聞けばあの魔物タウロタは、身のうちに病の元を持っているらしい。故に、タウロタと触れ合ったりした者は、病にかかってしまう。戦ってた者も同じ。キリルは飲んだし、ニトラにももう飲ませたと言う。
タクも従った。良薬は口に苦い、そんな味だった。
「それでは、町の流行り病にも、この薬が効くんですね。」
「そうだね、でも、簡単じゃないよ。体の大きさや年齢、病の進行具合、いろんなことを見極めて適量を飲ませないと。多すぎると毒になりかねない。」
本当は、カムリファス自身ですべての子どもに飲ませてやるべきだったが、彼には休眠期間があって、上手くいかなかった。だから、今できることを精一杯やりたいと、力を込めて語った。
「そしてもちろん、キリルをこのままにしておくのは、良くない。お父さんの所に、帰さないとね。」
でもそんなことになったら、またタウロタは寂しくて、別の子を誘い込んでしまうだろう。病は、拡がり続ける。薬の元となるカムリファスの実は、今が実りのシーズンだけど、無限にはないし、カムリファスもまた、休眠期間になってしまう。
「僕は、もうしばらくここにいるよ。タウロタを抑えてやらなくっちゃ。」
「そんな。しばらくってどれだけだい?君のお父さんは、その間ずっと悲しんで生きることになる。」
タクは、考えていた。タウロタのことを、成敗すればいいとは思えなかった。あいつはとてつもなく強い、しかし寂しい生き物だ。何とか、共存する道はないのか?
「君は、カムリファス、タウロタと仲が悪いのか?君がいるのに、触れ合おうとしないのか?」
カムリファスは、苦笑いをして答えた。
「うん………、タウロタは、僕のことが嫌いなんだ。樹木にも実にも、近寄ろうとしない。本当にこの木の実が必要なのは、タウロタだっていうのにね。」
「それは、どういうこと?」
タクの問いに、カムリファスが答える。カムリファスの実は、タウロタが身に持つウイルスが引き起こす病を鎮めるが、そもそもこのウイルスに効果があり、摂取することで、もうウイルスを出さない体になれると言う。
「そうすれば、あの風貌も変わるよ。恐ろしくなくなれば、人ともいろんな動物とも触れ合える。誰かを犠牲にしなくても良くなるんだ。」
しかし匂いが嫌なのか、タウロタは決して薬を口にしようとしない。カムリファスは今まで、いろいろ試してみたが、失敗してばっかり。挙げ句に、すっかり嫌われてしまったのだ。
「ふーむ、薬というのが嫌なのかも………。カムリファス、料理にするというのはどうだろう?」
子どもの頃、嫌いな野菜を食べないタクに、母がしてくれたのは、肉や魚に混ぜて料理すること。魔物だって同じかも知れない。
カムリファスとキリルは、なるほどと賛成してくれた。
では、誰が料理する?
タクには自信がない。キリルも、手伝いなら出来るけどと言う。
あの人がいれば。
タクの頭に浮かぶのは、頼れる姉さんルルの顔………。