第六章 焦り
「ニトラ、何を焦っているんだ?」
作戦会議の後、唐突にトムルに問われてニトラは黙り込んでしまった。
(別に、焦ってなどいない。)
心ではそう叫んでいた。しかし実際、ニトラはひどく焦り苛立っていた。
タクの目撃した少女についてのルルの仮説は、ナギトとヤーナの調査結果と、一致する部分があった。行方不明になったことのある数名の若者から、少女の目撃談があり、ある者は自分の姉妹に似ていたと言い、別の者は幼なじみに似ていたと語った。
行方不明期間の記憶はほとんどないと言う彼らだが、不思議とその少女のことは鮮明らしい。と言っても数名の発言、きちんと聞き取り、記録していたのはありがたかった。
明日からの調査の参考になる、タクの手柄と言えたことが、ニトラの癪にさわった。二手に分かれる際、より成果をあげれると考え、トムル団長と行動を共にしたのに………。
セナ・シンシアティ家のタク、あいつには負けない。心に誓って来たのだ、ケント様のためにも、絶対負けられない。
ニトラほどではないが、ケントを当主とするシンシアティ本家の一部の者は、同じ気持ちを抱えてる。ユナ・リア発見の功績で、国の英雄になってしまったセナを、古くから仕えている使用人たちは敬愛しているが、新参者たちは複雑だ。
加えて、先日の御前剣術大会だ。タクの見事な勝利で終わったが、20才以下の大会だったので、21才のニトラは出場できなかった。我がことのように喜ぶケントの姿を、見てるだけで涙が滲んだ。
(絶対に、負けない。手柄を立てて、ケント様に喜んでいただくのは、俺だ。)
調査は続いた。今度は分かれることなく、4人で行動していた。タクが少女を目撃した場所付近を中心に、わずかな異常も見逃すまいと捜索した。
そして、3日後。
またも、唐突に。
「団長、あの少女です!」
確かに、同じ少女が現れた。ただ、以前見た時より、険しい顔だったが。しかも、声まで聞こえてきた。
「カエレ、オマエ、キタナイ………。」
トムルは、少女が幼い娘に似ていると感じた。ボルダは、妹を思い出したようだ。とても魔物とか、戦う相手には見えない。
しかし、ニトラは。
「少女だって?なん………、なんでだ。あの、みにくい老婆が?!」
ニトラの言葉と同時に、少女が動いた。ガシッという音がして、ニトラが弾き飛ばされる。我に返って、全員が戦闘態勢に入った。
「ボルダ、ニトラを援護しろ!タク、私に続け!」
トムルがまず斬り込む。タクも続くが、深追いはしない。ボルダがニトラをかばって立たす。相手の能力がわからないので、用心して戦わなければならない。トムルの指示に従うのが賢明だろう。
しかし、ニトラは違った。
「くっそ、この野郎!」
闇雲に、斬りつけて行った、その時。
少女の姿が変わった。
3メートルはあろうか、巨大な体。黒く毛むくじゃらで熊のようだが、手足の細長さが際立っている。まさしく、魔物の姿。
ニトラはダメージを与えようと考えたが、凄まじいスピードでかわされ、反撃された。ほんの少し、かすっただけで出血した。
(まずい。)
トムルは、ニトラの焦りを知っていたのに、対処しなかったことを悔やんだ。冷静さが欠如している者がいれば、勝てる戦も勝てない。
「皆、一旦引け!」
しかし、またもニトラが突っ込んた。トムルの指示の意図を理解して、ニトラを引かすべく、タクが追いかけた。
(あっ!)
次の瞬間。
魔物と、ニトラ、そしてタク。
ガクンと振動を感じた。スっと景色が、空気が変わった。
次元が変わった。
トムルとボルダの姿が消えた。