第五章 魔物
(クル………、ヒトリ、ヤサシイココロ、………クル………。)
森の探索1日目は、特に何事もなく済んだ。やや慎重に、行動範囲はあまりひろげなかったからだ。
しかし、1日見ただけで、タクはこの地の木々や植物が、見慣れたものとはずいぶん違うと感じた。冬には極寒に耐えなければならないのだ。きっと虫や、鳥、動物たちも違うのだろう。
(自分の常識とは、違うものがあると、認識すべきだ………。)
そして2日目、チームはさらに森の奥に進んだ。天気も良く、木々が生い茂ってる割には明るい。見るものが目新しいので、歩くのもつい楽しくなってしまう。危険も感じなかった。
「ここは………。」
生活に根ざした森らしく、人の行き来には十分な林道らしきものを進んでいたが、その道が二手に別れた。効率を考えて、タクとボルダ、トムルとニトラの2チームに分かれることになった。
「それにしても、タクは頼もしいな。若いし細い身体なのに、スタミナもあるし、よく鍛えてる。」
歩きながら、ボルダといろいろ話した。陽気で話好きの彼とは、黙っている時間がまるでない。
「さぞかし、モテるんだろうな。羨ましい。」
「いえ、それはないです。」
「なんと、セナ様の使用人の中には、若い女がいないと言うのか?」
こういう話は、タクには少しつらい。なぜならつい最近、他家へ嫁いで行った使用人仲間の娘がいたのだが、最後にずっと好きだったと打ち明けられたのだ。
彼女いわく、好意があることを態度で示していたのに、タクはとんと気づかなかったらしい。
(俺は、相当鈍いらしい………。)
「では、あのルルという子とは、どうなのだ?」
「は?ああ………、ルルさんは姉貴分というか、そういう関係ではないです。」
「なんだ、つまらんな。」
一途に、セナ家族に仕えて来た。特にリリヤは、他のものが目に入らないくらいに大切にして来た。
視野を広げる。今回の任務は、そんな可能性もあるかもしれない。
2人は、さらに進んだ。周囲の観察と、記録を取りながらであるので、ゆっくりだが確実に進んだ。すると。
「ちょっと、すまん。」
ボルダが、腹を下してしまい、茂みの中に消えて行った。デリカシーのないことはしたくないタクは、少し離れて待つ。さらに、ボルダが向かった方から目をそらすように、視線を泳がせた。
(………なんだ?)
小さな子どもがいた。5~6才の、色の白い女の子。こんな奥深い森に、いるはずのない子どもが、突如現れた。
明るい金色の髪、青い瞳。人目を引く姿………、どことなく、リリヤを思い出させた。
「君は………?」
その瞳は、真っ直ぐにタクを見ていた。引き込まれそうになる。
「いやー、すまん、すまん。」
ボルダが戻って来た、次の瞬間、女の子の姿は消えた。走り去る音は、何も聞かなかった。
「ボルダさん、見ましたか?」
ボルダは何も見なかったと言う。謎が深まった。
その後は、特に何事も起きなかった。約束の時間に、二手に別れた地点まで帰り、4人で村まで戻った。
「………ふーん、不思議な話ね。うん、行方不明の子どもたちの情報を聞いて、そんな子がいないか調べたげる。」
ルルは、すぐに調べてくれた。そして、該当する子どもはいなかった。
「もしかして、魔物?」
うーん、とルルは唸った。そして、ちょっとごめんと断ると、長考に入った。しばらくタクは待たされることになる。やがて。
「………うん。魔物、その可能性が高い。そして、すごくやっかいだね。」
やっかいの意味は、その姿。タクがリリヤを連想したのは、相手にとって気になる姿を選んで化けれるのではと、ルルは考えた。
「よーく、気をつけて。」
「わかった、心しとくよ。」