第三章 調査団
準備に、あまり多くの時間はかけられなかった。事態が急を要することもあるが、季節が夏から秋に向かうことが最大の原因だった。
北は、短い秋を終えると急いで冬になる。冬の寒さに耐えての調査は、困難が予想された。また、秋には穀物の収穫がある。早く混乱を治めたかった。
「とりあえず、移動中にお互いのことを理解し、協力体制を整えよう。」
移動は、王直属の役人たちが準備してくれた、馬車で行なった。長旅に耐えれる頑丈な幌馬車だ。
今回の調査団の団長を務めるのは、スギルト家のトムルで、年齢は30代半ば。以前の旅で、マリカやミリヤを助ける働きもした、頼りになる男だ。
「君は、セナ様の家のタクくんか。私のことを、覚えているか?」
「はい、もちろんです。」
トムルとタクの出会いは、リードニスの温泉地、ライラットでのこと。セナとともに、風呂の中で話しをした。無事リードニスに入れて、皆がほっとしていた時だった。
「先日の大会も立派だった。期待してるよ。」
スギルト家からは、もう一人、ナギトという若者が来ていた。冷静沈着な、学者タイプの男だ。
ロミナス家のボルダは力自慢の剣士、多くの時間、御者を担当してくれるタフで、かつ陽気な男。
役人の中から、会計や記録のために、事務仕事に秀でたヤーナ。
そして、シンシアティ本家から遣わされたのは、ニトラ。ドウシア一家がセナの家に移ってから、ケントの使用人となったので、タクに面識はなかった。
「はじめまして、セナ様にお仕えしているタクと申します。」
ケントは、タクにとってはもちろん大切なお方で、尊敬していた。ケントの家から来た人となら、親しくし協力し合いたい。ニトラは21才で年上なので、タクは頭を下げた。
ところが。
「………ふん。」
ニトラは、タクのことばを無視し、そっぽを向いた。あからさまな、反感の姿勢だった。
「なに、あれ。」
当然、怒ったのはルル。しかしタクは、嫌われる理由が分らない。
(もしかして、腹でも痛いかな?何か分からんが、嫌われたか………?)
仕方ない。気にはなるが、成り行きに任せるしかなかった。
旅は、続いていった。王の派遣した調査団である。街道沿いの各地の宿泊所で、歓迎された。美味い料理が振舞われることも多かった。
見慣れない景色、初めての場所。北に向かうにつれ、景色は穀物畑を含む割合が増えていった。
「明日には、シリル・ガリルドに着くだろう。諸君、いよいよだ。気を引き締めて、仕事に当たってくれよ。」
気を引き締めてと言われたが、タクはついつい、リリヤのことを考えてしまう。出発の時、ご武運を祈りますと、大人びた口調で言ってくれた。
小さな姫君は、確実に美しいレディへの階段を登って行くようだ。
(あの方にふさわしい男に、俺はなれるのか?)
そして、頭をぶるっと振る。余計なことを考えず、国のため人々のために働こう。ふさわしいかどうかは、その先のことだ。
「締まって行こーぜ、タク坊。」
ルルは益々タクを弟扱いし、退屈な道中の相手にして来た。そんな2人の様子を見て、他のメンバーも楽しそうに乗っかって来る。
「おう、そうだな。タク坊が一番若くて強そうだ。頼りにしてるぞ。」
と、ボルダ。
「冗談でしょ、あなたに頼りにされたら、タクが折れちゃいますよ。」
これは、ナギト。
仲間の輪も、できつつあった………ニトラを除いて。しかし、それぞれ個性があるからと、団長のトムルはあまり気にしなかった。
とにかくしっかりと、各々に与えられた務めを果たして行こうとまとめた。