第ニ章 リリヤ
セナ・シンシアティ家の次女リリヤ、年齢は10才。彼女は、不思議で特別な女の子だった。
臣下の家に生まれながら、父のセナが国の英雄だったことと、姉のミリヤが後の王妃と言うことで、お姫様扱いされてきた。
母マリカが堅実だったため、高慢なお姫様にはならなかったが、凛とした美しい少女に育った。
リリヤにとってタクは、物心つかぬ前から側にいてくれた、大切な人だ。父のようであり、兄のようでもある。
リリヤが7才の時、姉のミリヤが王家に嫁いだ。家の中の太陽のような存在だった姉の不在は、リリヤを落ち込ませた。
タクはその時、リリヤを力づけた。自分がいつも側にいるので、元気を出してくださいと。
「じゃ、タクはリリヤと結婚するの?」
姉さんと王子さまは、結婚したから一緒にいると教わったばかり。リリヤのことばに、タクはちょっと苦笑する。しかし、小さな手をうやうやしく取った。
「そうじゃありませんが、タクはリリヤ様のナイトにはなれます。」
タクは、真剣だった。本気で、この少女を守りたいと思った。
「お約束します、リリヤ様。私は、あなたのナイトです。必ずそばにいて、あなたを守ります。」
この後、リリヤは元気を取り戻す。
その約束は、破られてはいない。しかしタクは、少女としばしの別離を余儀なくされた。
主人の命令を受けて、北へ旅立つのだ。いつ帰れるのか、誰にも見当もつかない旅だ。
出発の前日、激励の食事会が開かれた。明日からは、温かい食事を落ち着いて食べれないかも知れないと、母のキナが腕をふるった。コダと、弟子のルルも招かれた。
「お久しぶり、タクくん。背、伸びたねー。」
ルルは、タクより一つ年上の19才。タクがコダの所に一時期通っていたので、親しい間柄だ。
「ルルさん、俺もう18才ですから、ガキ扱いしないでください。」
たった1才上なだけで、タクは完全弟キャラにされた。ルル相手のタクは、いつもと違った。
せっかくだから、明日からの作戦会議をしようと、ルルが言う。自然と、2人での会話になっていた。
「………。」
リリヤの心は、ざわざわして来た。まだ子どもの自分と、大人でタクと一緒に仕事ができる、ルルにずいぶん差を感じた。
(なんか、やだな………。)
ルルではなく、こんな大事な日につまらないことで心をざわつかす、自分が嫌だった。
コダは、無口になってしまったリリヤに気づいた。
師匠に仕え、弟子を育て、独身のまま結構いい年になってしまったコダは、元々結婚願望が薄かったので、特に気にせず楽しくやっている。だけど、人の悩みなどには敏感で、マリカもいつもアドバイスをもらって来た。
「リリヤちゃんは、タクさんが好きなんですね。」
コダのストレートな問いかけに、リリヤはちょっと考えてしまう。
「好きって、言っていいんですか?」
コダは、少し目を細める。
「リリヤちゃんはまだ10才なのに、相手の立場を考えれて、偉いですね。でも、大丈夫ですよ。確かに身分は違います。しかし生まれながらの身分が、その人の価値を決めません。」
コダの話は、リリヤには少し難しかったが、言わんとすることは分かった。
「じゃあ………、私は、タクが好きなんだと思います。」
少女の純真な恋心に、コダは感心する。応援してあげたいと思った。
「素敵です。………でも、これから旅立つ彼に、それは言わないでおきましょう。少し、心に秘めておいてください。そして、彼の無事を祈りましょう。」
リリヤは、自分の気持ちを表現できて、ちょっとスッキリしたので、にっこりして、はいと返事できた。