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前世の記憶をましろで染めて  作者: ブロンズ
第二章:入学騒動編
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第十話:学校帰りに一休み

「わかりませーん」

「分かろうとしてくれ。ほら、確率の問題なんてのは、ほんの少し法則性を覚えるだけだ。お前にだって、きっとチャンスは巡ってくる」

「へへっ、流石アニキ。とんでもない確率を引き当てた人間なだけあるぜ」


 あの手この手で答えを引き出す手腕だけは見事だ。

 恭弥にわかるように、飽きないように。関係のない無駄話を交えつつもしっかりと覚えられるように教えていく。

 

 学校の最寄りにあるファミレス。

 かれこれ、一時間近く滞在しているわけだが、世間話に花を咲かせている連れたちが定期的に注文を入れているので迷惑といった程ではないだろう。

 客は、平日という事もあってそこまで入っているわけでもないしな。


「―――お待たせしました。季節のスイーツパフェ全部のせです」

「ああ、僕です」


 店員さんがゆっくりと近づいてきて。

 出されるのは、こんもりと盛られた冷峰(スイーツ)


 ・・・多いな。

 よくもまあ、一人で食べられるものだ。

 甘味の塊であることもさることながら、その量も規格外。彼はすらりとした外見だが、これでよく食べる方なのかもしれないと最近思っている。


「すごいね、間宮君」

「甘党だからね。これくらいなら」

「・・・もしかして、太らない体質だったり?」

「その質問に関してはノーコメント。下手なことは言わないよ」


 やはり、賢は冷静だな。

 周防さんと和やかに話している彼は、遊んでいるとは違うが、女慣れしているというのは間違いではない。


 そして、勉強という点でも。

 俺の隣で女性陣の教導側に回っている彼が優秀であることは間違いなく。何故、あの時誤魔化すような真似をしたのか、余計に気になってしまって。


「いや、本当に捗るはかどる。ましろんも賢君も教えるの上手いしさー、女性陣は言わずもがな」

「ズルいんじゃねえの? 美鈴。俺が苦労して答えを引き出してるっつうのに、そっちは次々進めやがって」

「んんー? 美鈴ちゃんはちゃんと理解してくれるからじゃないかな」

「うぼぁ!」


 オーバーではあるが。

 周防さん、結構ザックリ行くな。


「大丈夫ですよ。明槻君が専属で付いてくれるんですから」

「同じ中学校だったんだよね。真紀ちゃんも教えてもらう事あったの?」

「はい、クラスの長老って呼ばれてました」

「・・・成程、確かに」

「知恵袋って感じなんだね」

「刀夜さーん? 俺もあっちの会話に混ざりたいんですが」

 

 確かに楽しそうな会話だが、却下だ。

 聞いているだけでも十分、今の彼には余裕がない。

 

 だが、地頭(じあたま)が悪い訳でもなく。

 恐らく、試験も他教科で点数を稼いだのだろう。

 暗記の要らない科目であればそつなくこなすし、計算問題だって、ちゃんと基礎を構築すれば問題なく解けるようになるはずだ。


「・・・なあ、刀夜?」

「ん、分からないところがあったか?」


 取り組み始めたと思った矢先に、また声を掛けられ。

 恭弥のノートに視線を落とすが、ペンが止まっているわけではなさそうだ。


 しかし、彼の眼は剣呑に光り・・・いや。

 三下のように薄ら笑い、いかにもな悪人面を披露してくれる男。


「俺ばかりに気を取られて良かったのか? お前にしては随分と気を緩めているようだが・・・あれを見ろ!」

「―――何!? これは!」

「・・・明槻君って、凄くノリ良いよね」 

「結構自由ですよね」 


 俺の視線の先で、美鈴に拘束された真白。

 だが、特に窮屈は無いようで、元気そうに手を振ってくれた。


「ぐっへっへ。ましろんは貰ったぜ。良かです?」

「奪われないように頑張るさ。何にせよ、最後に決めるのは何時だって本人だからな」

「ゴメンね? 美鈴ちゃん」

「一瞬でフラれた。・・・いや、ラブラブで何よりっす」


 自由意思を奪ってしまえば。

 それは恋人ではなく、別の何かになり下がる。・・・勿論、恋愛初心者である俺個人の考えであって、それ以外を求める人を否定するわけではないが。


 今回は、何とか守れたようだ。


 胸をなでおろしていると―――


「ほいよ、刀夜」

「なんだ? いきなり」


 差し出されるは、空のマグカップ。

 良い笑顔の恭弥は、欠片の穢れもない純真な瞳で言い放つ。


「コーヒー淹れてきて? ブラックで」

「・・・分かった、代わりにここだけ終わらせとけよ?」

「あ、僕も行くよ。そろそろ残量が」


 立ち上がった賢がさっきまで飲んでいたのはオレンジジュース。

 本当に甘党なんだな。

 パフェと甘いジュースを一緒に頂けるというのは、結構羨ましいものだ。


 これも入り口側に座る者の宿命。

 素直に立ち上がり、注文通りにマシンへ向かう。


「次は何ジュースだ?」

「摂り過ぎも良くないからね。・・・ああ、カプチーノにしようかな。刀夜は?」

「俺は頼まれただけだから、適当に・・・エスプレッソで良いか」


 摂り過ぎという考えはあるのに、結局糖分なんだな。

 疑問を覚えつつも、手っ取り早く済ませて席へ戻ると、全員で歓談に興じている。ノートもしっかりと回答が導き出されているようで。


 その為ならば、恭弥もやる気を出すんだな。


 ノートを確認しながら、ゆっくりとカップを差し出す。

 確かに問題なく解けていて。


「ふっ。やっぱり、コーヒーはブラックに限る」

「因みにそれは、ドリップとエスプレッソどっちだと思う?」


 キザに笑う彼に対し、次の問題を用意しながら聞く。


「ええ・・・と、ドリップ?」

「正解」

「・・・あれ? 注いでたのエスプレッソだったよね?」

「自尊心を満たして勉強効率を上げるんだよ。単純だが、意外と効果はあるもんだ」

「ムキー! 策士が!」

「逆効果になっちゃったね」


 別に、分からなくて良いと思うけどな。

 楽しみ方なんて人それぞれだ。雰囲気だけでも楽しめるというのなら、十分に飲む価値はある。さて、次の問題は―――と確認していると、美鈴から声がかかる。


「刀夜君はコーヒー飲まないの?」

「苦手じゃないが、特筆して好きでもないからな。紅茶の方が好きだ」

「ふーん・・・でも、今飲んでるのオレンジじゃん」


 ふふっ、分からないだろうな。


 様々な料理の匂いが入り混じった店内。

 しかも隣にいる奴の飲んでいるのがエスプレッソコーヒーという点で、せっかくの豊潤な香りが損なわれる可能性を考慮して俺はこの最適解を―――


「なんかしたり顔してるね」

「高速で語ってそうだな」


 まあ、こだわりだ。

 コーヒーの種類は良く分からないが、紅茶ならある程度の含蓄がある。少なくとも、ダージリンとアールグレイしかない訳じゃないからな。

 

「こうなったら自棄だ、やけ。とことん飲んで味を覚えるんだよ」 

「お前が覚えるのは公式だ。あと、飲むのは良いが、あんまりカパカパ空けるな。ただでさえ朝弱いだろ?」

「・・・え、何で分かるんだ? やっぱエスパー?」


 そりゃ、分かるだろ。

 登校は早いが、大体は徹夜していることが分かるくらいには授業中眠っているし。慢性的になりかけた隈もあれば、入学式は遅刻ギリギリ。


 分からない奴の方が少ない。

 

「中学時代だが、試験の前日にファミレスに行ってな。エスプレッソコーヒーを一気飲みしまくってた連中が次の日遅刻で阿鼻叫喚だったんだ。二の舞になりたくはないだろ?」

「濃い記憶だね」

「エスプレッソだけにね」

「上手くねーよ。さっきの問題のせいで()()記憶だ」


 だから上手くねーよ。

 恐らく、うちのクラスはボケないと死んでしまう病が横行している。瞬く間に人へと伝染する恐ろしい病気だ。

 こういう所だけ全力で回答を抽出しやがって。


 ・・・コーヒーだけに。


「刀夜君、また面白いこと考えてる?」

「・・・いや」

「あ、これ図星っぽいです。流石真白ちゃんですね」


 やめてくれ、やめてくれ。

 まるでバカップルみたいじゃないか。

 

 和気藹々とした雰囲気の中、カジュアルに話を広げる五人。

 そのテーブルの上は、紙面などは広げられておらず、本当に楽しそうで・・・これが普段から取り組んでいる者たち。

 対して、テーブルを占領し、泣く泣く紙面を広げる男子高生・・・これが切迫しなければやらないものの末路。

 

 親交が温められる小さな世界。

 それは皆の注文が無くなった時点で、お開きムードに変わっていった。


「・・・・・こんなものだな。ある程度の効果は期待できるだろうが、自宅でもやっておけよ? 優等生デビューも夢じゃないぞ」

「ハイ、ワカリマシタ。オレ、ガンバリマス」

「ちょっと詰め込み過ぎたかもね。刀夜と別ベクトルで機械みたいだ」


 どういう意味だ、賢。


「じゃあ、お会計行こうか」

「「はーい」」


 皆で固まって席を立つ。

 事前の取り決めによって。

 俺が一括で払い、後で返してもらう方式。これならあちら側にも迷惑を掛けずに済む。

 支払いを済ませた俺がそそくさと店を出ると、先に外で待っていた皆がお辞儀をしていることに気付く。


「「ご馳走様です(ごちになります)」」

「おい」

「ははは・・・フゥ。あ、これ僕の分ね」

「はい、私も」

 

 全く、ツッコミ不在にしやがって。

 

「私は、駅で崩して返しますね?」

「ああ、それでいいよ。じゃあ、行くとしようか」

「そだね。いま時刻表確認するから―――」


 同じ中学に通っていた者と、そうで無い者。

 実に分かりやすい振り分けだろう。

 ―――確認していた美鈴が首を傾げ。次瞬、得心したように頷く。


「なるなる・・・人身事故で電車止まってるらしいよ。ほれ」

「本当ですね。まだ暫くかかるみたいです」

「じゃあ、もうちょっとそのあたり歩いてくっか。駅前のショッピングモールとか」


 どうやら、俺たち以外はまだ暫く残るようで。

 高校生なのだからさほど注意する必要はないだろうが、釘は刺しておくか。他の三人は問題ないが、恭弥は磔にしたって問題ないくらいに心配だからな。


「あまり遅くなるなよ? 夕飯が入らなくなるほど買い食いするなよ?」

「かーちゃんかお前は」

「中村さんは刀夜たちと一緒だよね? また明日」

「はい、また」


 いかんな、ボケ倒してしまう。

 きわめて理性的な会話をしている賢たちの隣で、じゃれ合う俺ら。四人を見送った俺たちは駅へと入って行き、勉強会はお開きとなった。


 ・・・夕食、どうするか。

大変遅れまして、誠に申し訳ありません。次回からはもう少しマシになる筈です。

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