第七話:春はとっくに訪れている
「俺たちの仲で内緒話は無しだろ?」
「「な?」」
翌日。
登校すると、何故か剃刀じゃないレターの存在がバレていた。
滞りなく授業が終わった後、俺は何時ものように野郎に囲まれる。
何が「な?」なのかは分からないが、どうして内緒にしていて、かつ知っている者が殆ど居ない筈の情報が公然の秘密と化しているのか。
―――もしかして、ヤラセ企画か?
この中の誰かが書いたのか?
一通り目を通してはみたが、作為的な物は感じなかった。
「いやさー、昨日間違えて明槻君の下駄箱空けちゃって。思わず手に持ってた靴磨き落としちゃったよ」
「媚びる気満々じゃねえか」
「何処に偶然があるんだ?」
一斉に入るツッコミ。
どうやら、間違いがあったのは彼の脳みそだったらしい。
ともあれ、犯人は見つかった。
「中身は見たのか?」
「いや、流石に。でも、女の子の匂いを感じたから」
「そうか、今日から君の事は変態って呼ぶようにする」
「あ、僕は晴樹ね?」
確か・・・前に手袋投げつけてきた男子だよな?
よし、命名は変態貴族だ。
庶民の靴を磨こうとするくらいだし、恐らく没落予定。
「でもさ、入学していくらも経ってないのに告白なんて、随分惚れっぽい子がいるんだね」
「その辺は理屈じゃないだろ。惚れたら一直線よ」
美鈴の疑問に、燃えるような目で答える恭弥。
言わんとすることは分かる。
それに、入学初日から一人の女の子に目を付けていたような彼が言うと、何故か説得力があるな。まあ、恭弥は引き際を弁えた気の良いやつだ。
無理だと分かれば、決して強引なことはしないだろう。
「で、行くの? 刀夜」
「無論だ。何にしても、何時までも寒空の下で待たせるのは可哀そうだろ?」
「何だこのイケメンは! 刀夜、俺と一緒に合コンに行こうぜ!」
「あ、釣り餌にする気だ」
本当に清々しい奴だな。
・・・賢の質問に答えた通り、手紙の送り主には会いに行くつもりだ。
指定されたのは屋上ではなく体育館の裏。放課後としか書かれていなかったが、HRが終わってすぐに行くことにしようか。
真白には既に伝えてある。
暫くはこの教室で待っててくれるようだし、彼女がいるのなら、多くのクラスメイトが居残りに精を出すことだろう。
頼もしい限りだ。
「やっぱり、そろそろ告白もチラホラ出てくんのかね?」
「僕たちはレターくらい見慣れてるけどね」
「刀夜君のおかげでね」
そのレターは欲しくないやつだな。
いや、普通のも別に欲しくはないんだが。
「あ、でも、私も告白されたよ?」
「私も!」
・・・結構多いんだな。
クラスメイトの何人かが手を上げる。
―――だが、その中に男子は居ない。
皆、歯ぎしりをして、目に涙を貯めながら堪えているようだ。
やめろ。
そんな、「もらえるだけマシ」みたいな視線を向けんな。
お前らは男から貰いたいのか?
―――カミソリレターだが、最近では剃刀だけじゃなく、シャーペンの芯が同封されている場合もある。
芯が折れやすく、字が凄く薄くなるタイプのやつだ。
勿体ないから使っているが、これが目的なのか?
どんどん姑息になっている気がしないでもない。
一か月後にも続いているようなら、一体どんなものが同封されるのだろうか。実は、気になってしまっている自分がいるのは内緒だ。
「刀夜は別として、告られそうなのは賢か?」
「うん、間宮君モテそうだし」
「実際、仲間内では結構名前挙がってるんだよ?」
「・・・ははは」
これは何の拷問だ?
クラスが一体という事は、女子生徒と男子生徒が混合で雑談をすることも多いという事。
それはつまり、本来なら本人が預かり知らない筈の情報が、こういう風に直接耳に入ってくることもあるのだ。
果たして、彼の胸中はいかに。
「ケッ! コレだからインテリは」
「恭弥君も悪くはないんだよね。ただ、ちょっと面倒くさそう」
「「分かる」」
・・・とのことだ。
素材は悪くないのだろう。
学生のうちは、筋肉質な体育会系がモテるからな。
大体は、会社に入る頃には女性の興味が分散してくるので、仕事が出来る人間―――もとい、金のある人間がモテるようになるのだが。
「在りのままの俺を見てほしい!」
「「・・・漢だ」」
でも、彼なら大丈夫だろう。
こういう男に限って、斜め上の所からチャンスがやって来るモノだ。
前世の俺の場合は、そもそも興味が無かったうえに、この頃は勉強しかしていなかったので、チャンス以前の問題だったのだが。
「ホラ、ガキども。何時まで恋愛談義をしてんだ。私への当てつけか?」
廊下にまで聞こえていたのか。
教室に入ってきた夏美先生は、さも不機嫌そうに教壇につく。
因みに、彼女は苗字で呼ばれるのは嫌いらしい。
そういう意味で皆が夏美先生とか、なつみんとか呼んでいる。
・・・何故ちゃん付けが駄目で、なつみんが有りなのだろうか。基準点が分からないのだが、色々と根が深そうなので聞くのは止めておこう。
「夏美先生はなんで独身なんすかね?」
「さあな、出会いがないんだろ」
「こんな職に就いてるのに?」
「教師を犯罪に走らせようとすんな、内申落とすぞ」
・・・こういう所じゃないか?
まあ、生徒との恋愛は男性だろうが女性だろうがNGだ。
その辺をしっかり弁えているあたり、言葉遣いはともかく模範的な教師なのだろう。
「―――といった感じで、今日の連絡は以上だ。体育館裏が死角だからって変な気を起こすなよ? 明槻」
夏美先生、あなたもか。
「どうして、俺の情報が筒抜けなんですか?」
「そりゃあ、このクラスが私の物だからだろう。親切な男子どもが、要ることも要らんことも何でも教えてくれんだよ」
「「ケケケケケ」」
「今回のは要らんことだ。密告者には特別プリントを配布してやる」
「・・・・・マジか」
お前か恭弥。
いや、大体こいつのせいとでもいうべきだろう。
どうしようもない奴だが、クラスメイト全員が知っているというのなら手遅れも良い所だろう。友人への罰則は後回しにするとして。
「せんせーい、終わりですか?」
「ああ、以上だ。好きに帰るといい」
確認するクラスメイトの声。
それに対する返答を受け、俺は席からゆっくりと立ち上がる。
「じゃあ、またな」
「「また後で!」」
―――部屋中から聞こえる返答。
・・・まさか、全員居残りしないよな?
お前ら暇かよ。
顔を引く衝かせる夏美先生とアイコンタクトを交わし、誰も出て行かない教室のドアをスライドさせる。
廊下
階段
そして下駄箱
今日は中に何の異常もなかったので、気分が良い。
知らぬ間に靴がピカピカになってるとか、恐怖でしかないしな。
貴族の考えることは良く分からん。
校庭に出て、真っ直ぐ体育館裏へ歩く。
少々早く出過ぎたかと思ったが・・・・・いや、そうでもなかったようだ。
そこには、緊張した面持ちの女子生徒。
・・・だが、彼女一人ではなかった。
その女子生徒の隣には気の強そうな女子が居て、彼女は緊張した雰囲気もなく立っている。
「・・・・・そう来たか」
思わず心の中で悪態をつく。
―――友人同伴、確かに良い手だ。
まあ、俺は絶対にやろうとは思わんが。
もしも俺が誰かに告白するとしてだ、中学時代なら村紗、現在なら恭弥・・・? 連れてこれるわけないだろ。
一瞬にして校内に広まるわ。
それこそ、許せば嬉々として同伴しようとする筈だ。
「ええと、この手紙は君・・・達? で良いのか?」
「ええ、そうよ。この子が出したの」
俺が例の手紙を見せると、威圧するように声を出す確定同伴者。
ダブル告白とかの線は消えたわけだが、そうであるのなら、何故君が答えるのだろうか。
俺は同伴者から視線を移す。
差出人は、当然ながら女の子。
背丈は平均身長よりも低めで、外見的な特徴でも年齢より幼い印象を受ける。
「・・・私、浅井里奈って言います」
俯いたまま、彼女は言葉を紡ぐ。
今にも消え入りそうな声だ。
だが、引くつもりは無いようで、二の句を告げるために視線を上げる。
「好きです!」
・・・それは、精一杯の勇気によるものなのだろう。
それが出来たことを賞賛したいし、受け入れてあげたいという気持ちも感じる。
俺が「はい」と答えるだけで、彼女は花が咲いたような笑みを見せてくれるのかもしれない。
だが、それでもだ。
「済まない、俺には大切な彼女がいるから。君と付き合うことは出来ない」
それが、答え。
その言葉で十分すぎる返答になる。
俺にはとっくの昔に春が訪れているから、これ以上の幸せなど望むべくもない。
・・・というか、常識的に考えて二股とか最低だ。
真白が闇落ちしかねん。




