第六話:彼氏がいても関係なし
「なあ、刀夜・・・さん?」
「何だ?」
入学式から二週間ほどが経った。
昼休みの空気は明るく、他クラスからの来訪もあるほど。
これくらいの期間が経てば、どこのクラスもある程度の落ち着きを見せるのだろう。
入学式後の堅い空気はもはや無い。
・・・いや、うちのクラスは最初から無かったわ。
硬かったのはあいつ等の結束だ。
「おれ、またなんかやっちゃいましたか?」
「恭弥、多分違うと思うよ。刀夜の機嫌が悪いのは」
俺を囲むようにして恭弥と賢が話し合っているが、別に怒ってはいないぞ?
恭弥は騒がしいのは元からだし。
ただ、俺が気に入らないのは―――
「真白ちゃんの事でしょ?」
「・・・本当に、呆れも通り越したよ」
「僕から見ても、あれは異常だと思うけどね」
俺達三人の傍で友達と話していた美鈴の言う通り、真白の件だ。
正直、甘く見ていたと言わざるを得ない。
俺達二人が付き合っていることは公言しているし、それは殆ど学年全体・・・上級生すら知っている者は多いかもしれない。
なのに、だ。
真白への告白も、ラブレターも、まるで減らない。
というか、下駄箱への投函っていつの時代になったら無くなるんだろうか。
「ホント、女子から見てもあれは引くっていうか、流石にあり得ないよ」
「暗黙の了解ってあるからねー」
とのことだ。
流石に、彼氏持ちに告白するような真似する輩はごく一部だと思っていたんだがな。
嬉しいことに、最近では、俺にもレターが来るようになった。
みんな大好き、剃刀レター。
それらは全部、最近髭が気になってきたという恭弥行きだ。
処理班がいてくれて大助かりだな。
「でも、相手が悪いよな。ちょっとでも刀夜のこと知れば、んなバカな事考えないだろうに」
「そうだね。実際、このクラスで告白した男子一人も居ないし」
それは、ある種当然だろう。
このクラスには下卑た精神の持ち主は居ない・・・というか、居ても表には出せない。
なにせ、リーダー格がこっち側だからな。
そういう手合いは決まって集団でなければ増長できない。
いくらやりたくても、仲間がいなければ何もできはしない。
女子であれば美鈴、男子であれば恭弥。
この二人が存在する限り、決して妙なことは出来ないだろう。
「で? 何か対策とか考えてるのか?」
「勘弁してくれ。俺はただの高校一年生だぞ?」
何を求めてワクワクした顔しているのだろう。
「ダウト、ただの高校生は剃刀レターとか送られないし」
「初日から担任に問題児とか言われないぞ?」
あれは間違えただけだ。
いや、苦しいけど。
あの発言のせいで、俺イコールヤバい奴という噂が持ち上がるところだった。
一応、相沢先生からのとりなしは有ったが、むしろそのせいでアンタッチャブル感が強まったような気がしてならないのだ。
「・・・まあ、万人受けするタイプだからな、真白ちゃんは。男はああいう癒し系に弱いし」
「だね。同じ癒し系の私の予想だと、まだ暫くは収まらないと思う」
―――ん?
瞬間、教室内の時間が止まる。
・・・何かが、・・・そう、何かが引っ掛かる。
「癒・・・・し?」
「え、気になるところそこじゃないよね」
「どっちかって言うとイワシ系じゃないか?」
おい、仮にも女子だぞ。
「・・・今笑った男子の顔覚えたからね? あと、仮にも女子とか考えた男子。仮じゃなくて女子なんだけど」
「「お、エスパー」」
このクラス、超能力者ばっかだな。
エックスなメンなのか?
――もしかして、このクラスがイカれてるのは、そういう生徒を一括りにしたからなのかもしれない。
となると、相沢先生は強キャラだな、間違いない。
俺が妙な妄想をしていると、美鈴が席を立つ。
「ちょっと水族館行って来るね」
花畑ではなく水族館と来たか。
また、新しい言い方だな。
お手洗いへと立ち上がった彼女は、そのまま教室を出て行くが、何を言われたのか分からない生徒もいたようで、頭から煙を上げている。
エンジョイ極振りには少々難しかったようだな。
事実、その筆頭である恭弥なんかは首を捻って唸っているし。
「・・・なあ、水族館に何しに行ったんだ?」
「泳いでくるんじゃないか」
「深読みしてペンギンの餌じゃないかな、鰯だし」
適当言っておけばいいだろう、恭弥だし。
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「お迎え来たよ。あ、美鈴ちゃん――わわっ!」
「ましろーん! 新鮮なましろんだー!」
「「ひゃっはー」」
放課後、何時ものように教室へ来てくれた真白。
階が違うため、三階に教室がある彼女が来てくれるようになっている。
で、捕捉次第すぐにキャッチされている。
彼女はこのクラスでも人気者だ。
本人が嬉しそうなので、俺の出る幕は無いが・・・相変わらず頬をモチモチされてるな。
女子たちのノリまで男子に似てきたのは・・・まあ、見なかったことにしよう。
「良いのか? 刀夜。イワシが移るぞ?」
「問題ない。血液サラサラだ」
こういう風な会話が出来るのも、信頼ゆえだ。
互いの堪忍袋を理解しているからこそ、相手が相手なら不登校にだって発展してしまうような軽口が叩ける。
それを育むには明らかにペースが速いが。
「どう皆? 鰯マシュマロ新発売」
「「・・・いや、無い」」
女子も女子で楽しそうだよな。
今更ながら、女性に生まれ変わっていたらどうだったか、なんて考えてしまう。
それはそれで楽しそうだしな。
「美鈴さん、本人がネタにしてるんだね」
「・・・ネタ・・・イワシ寿司・・・くくっ」
上手くねえよ。
入り口を見れば、真白に遅れて二人の女子生徒が入ってくる。
「あ、中村さん、周防さん、そっちも終わったんだ」
「はい」
「うちのクラスは先生が適当だから」
――真白の中学時代からの友人である中村さんと、クラスメイトの周防さん。
周防さん・・・周防寧々は、うちのクラスで言う美鈴だ。
それは性格面ではなく、クラスの中心にいるという意味で。
誰にでも分け隔てなく接する彼女はやはり男子にモテるらしく、うちのクラスでも玉砕者した者は多い。
皆、慰めるふりをしてほくそ笑んでいるのは公然の秘密だ。
彼女のようなセミロングの髪型もありだな。
真白なら大抵の髪型は似合うだろうが。
俺達の下校は大体俺と恭弥、賢。あと、真白とそのクラスメイト二人だ。
美鈴はその日によって一緒に帰ったり、女子たちと帰ったり。ホームルームが終わってからもしばらく残っているのは真白をモチモチするという目的のためだったりする。
他の女生徒も、律儀に待ってくれているのではなく、同じ目的だ。
仲が良くて大変結構だが、彼女たちは暇なのだろうか。
「お待たせ、刀夜君。帰ろ?」
「・・・慣れって怖いな」
流れ作業のように今日の業務を終えた真白。
内気だった幼少期と比べたら凄い成長だ。
女の子って言うのは本当に変わるものだよな。
「よっしゃ、帰ろうぜ。美鈴ちゃんはどうする?」
「あ、今日は品評会だから」
「・・・・・品評会って何ですか?」
「真白ちゃんの頬っぺじゃないかな」
良く分かるな、周防さんは。
普通、中村さんみたいな反応になると思うんだが。
・・・まさか、感性も美鈴と近いのか?
訝しみながら、俺たちは何時ものメンバーで一階へと降りていく。
何時ものように世間話などの他愛ないことを交わすだけだが、前世の高校時代が勉強ばかりで寂しかった分、楽しみもひとしおだな。
人数が人数だけに、会話も弾むし。
一度ばらけて下駄箱に行き、靴を―――
「刀夜? どうかしたのか?」
「・・・いや、何でもない。画鋲があっただけだ」
「何でもあるね、刀夜の下駄箱は」
賢、青い狸みたいに言うな。
不思議な下駄箱で叶えられる願いなんかたかが知れてるぞ。
・・・俺は皆の目につかないようにソレを開き、軽く目を通す。
それは、剃刀じゃないほうのレターだった。
不定期でも・・・空け過ぎないようにしなきゃ




