第五話:最高のバカ共と一年間よろしく
登校二日目で授業がある高校は少ないだろう。
我が柴ヶ咲高校もその例に漏れず、新入生歓迎会などの行事が行われた。
流石は県内でも有数の進学校というべきか、特に滞りなく行事が終了した後にクラスでの説明や委員会、係り決め等が行われることとなった。
現在はもう特にやることが無くなって下校するだけの時間なのだが・・・・
「では裁判を始めようか」
「「うぇーい!」」
理由は分かっている。
だが、納得できるかは別なのだ。
現在、俺は椅子に座らされて男子生徒たちに取り囲まれていた。
それを主導しているのは勿論恭弥で、賢は前の席に座りながら静観を決め込んでいる。
・・・なぜ助けてくれないのか。
目を合わせようとしてもすぐに逸らされる。
「なあ、争いは何も生まないっていうだろ?」
「・・・聞こえるだろう? 俺たちの怨嗟が」
「「ヴァ―」」
確かに、声が纏わりついてくる。
既に俺と真白が恋人同士だという話はクラスメイト全員が知っている。
登校してすぐに女子生徒たちに取り囲まれて質問攻めにあったのは流石に驚いたがな。
本当に、男子以上に団結が早いというか・・・まあ、団結という一点においてはこのA組の男子たちも負けていない。
列をなして肩パンとかしやがって。
俺じゃなかったら既に不登校の領域だ。
「まあ、お菓子でも食え」
取り調べよろしく俺に摘まめる菓子を差し出してくる恭弥。
誕生日でもないのに登校したら机の上がお菓子まみれとか妬んでんのか祝福しているのか良く分からなくなってくるな。用意された大袋にもギッシリと中身が詰まっている。
俺は大人しく菓子を齧りながら話に耳を傾ける。
聞こえてくるのは怨嗟の声か、はたまた彼らの魂の叫びなのか。俺にとって面倒なことであるのは確かだろう。
「ホントにさぁ? お前ラノベ主人公か何かなのか? 白峰さんと家隣同士で幼馴染とかマジで・・・マジで」
「自分でも思わなかったわけじゃないけどな。本当に全部もらっていいのか?」
「ああ、皆で分けて食おうぜ」
恭弥が買ってきたという大量のお菓子を皆に配りながら彼の言葉について考える。
まあ、記憶保持して転生している時点で思い始めていたことだからな。今更気にするようなことでもないし、これからの人生で誰かに話すつもりもない。
今の俺は明槻刀夜という人間だからな。
それ以外の何者でもない。
「やっぱりましろちゃんとは――ヒッ!?」
「冗談だよ。ほら、名前は知らんが食え」
「あ、どうも。・・・刀夜君? 自己紹介しなかったっけ?」
誰に断って名前呼びしてんだ? といった感じで軽く睨みはしたものの、別にどう呼んでくれてもいい。
決めるのは俺じゃないからな。
束縛するような人間にだけはなりたくない。
名前も知らないクラスメイトに菓子を渡しながらとりなしておく。
俺が今知ってる男子生徒は助けてくれない賢とすべての元凶の恭弥、お菓子を貪っている最上君だけだ。クラス全員の自己紹介で覚えるのは無理があるしな。これからに期待してくれ。
「で、なんだって?」
「あ、うん。一緒に遊んだりとかゲームしたりご飯食べたりとか・・・」
「するな。俺は一人暮らしだから偶に料理を作ってくれたり―――」
「「通い妻か!」」
一斉に耳元で騒がれた影響で仰け反ってしまった。
もう少し落ち着いて話ができないのだろうか。
・・・と、話を聞いていたうちの一人が手袋を放ってきたのでとりあえず受け止める。
もう四月だが、まだ寒いのだろうか。
「もう我慢ならない! 僕と決闘したまえ明槻君!」
「いいぞー!」
「やっちまえ晴樹!」
お前は中世の貴族か? もしくは異世界の何処かでやれ。
二日目にも関わらず、このクラスの野郎どもはとにかく団結力が凄く、会話に交じっていない者が一人もいない上に既に名前で呼び合っている。何故下校しないのか。
さっきチャットアプリに招待されたが、既にクラスの男子全員が所属していたしな。
「気を付けろよ? そいつエスパーな上に身体能力もバケモンとか言う意味の分からない奴だぞ」
「失礼なことを言うな。意味が分からないのはお前らの団結力だよ」
俺のことを警戒するように身構える恭弥。
腕力に自信ありとか言いながら腕相撲で連敗して、黒板消しドッジボールが一発も当たらなければそうも感じるだろう。
少なくとも後者は明らかに入学二日目でやるレベルじゃないが、当たらなかったので怒るようなことでもない。
既に分かり始めているのだが、こいつ等基本的に頭のねじが吹き飛んでいる割には変なところで真面目だし弁えている。
俺が怒らない範囲で加減して絡んでくるしな。
何時の間にやら女子たちも会話に参加してきており、教室のムードが三年生の卒業式並みに統一されている。
本当に俺は周りの人間に恵まれる星のもとにでも生まれてきているのだろうか。和気藹々と呼んでいいのかはさておき、クラスの雰囲気が悪くないのは確かだ。
「大人気だね? 明槻君」
息巻いて近づいてきた男子を適当に追い返して一息ついていると、傍に寄って来ていた女子生徒に話しかけられた。
さっきの男子生徒は知らないが、この子は知っている。
「えっと・・・細谷さんだったか?」
「明槻君に覚えてもらえてるなんて光栄だね! あ、美鈴って呼んでくれる? 私も刀夜君って呼ぶから」
「分かった」
何が光栄なのかは分からないが、彼女は覚えておいた方が良いと思っていた。
細谷―――美鈴さんは恭弥の女子バージョンみたいな感じで、既にこのクラスの女子生徒を纏めているリーダー格だ。
これまでの人生で女子生徒とのかかわりも大切だということ気づいていているからな。その内こちらからコンタクトを取ろうかなんて考えていたほどだし、これは丁度良い。
女子の平均身長よりも若干低めで自然な茶髪の女の子は庇護欲をそそる容姿とは裏腹に、快活で親しみやすい笑顔を浮かべている。
「私も真白ちゃんの友達になりたいなって思ってたんだ。今度紹介してよ」
「それは良いな。友達は多い方が楽しいし、大歓迎だと思う。美鈴さんは―――」
「美鈴」
「・・・えと」
「美鈴です」
「・・・・・分かった」
少しでもつながりは多い方がいい。
いざという時に手を貸してくれる人も増えるわけだからな。
名前で呼び合うのもより親しくなるための第一歩だから問題ないだろう。少しばかりこのクラスは飛ばし過ぎている気がしないでもないが。
マジで五月になる頃にはどうなっているだろうか。
「私も明槻君のこと知りたいなー」
「私も」
どうやら今度は女子のターンらしい。さっきまで俺を取り囲んでいた男子たちが波のように引いていき、今度は女子たちが現れる。まるで転入生の気分だな。
頑として俺のそばを離れない剛の者・・・恭弥が恨めしそうな目でこちらを見る。
それ自体は構わないのだが、まずは菓子を食う手を止めたらどうなんだ?
「刀夜ー? どうしてお前ばかり・・・」
「俺だけのせいでないことは確かだな」
恭弥も原因の一人であることは疑いようもない。
「本当に、どう見てもただの男子高校生なのにな」
「お前のようなただの男子高校生が居るか!」
「うん。それに関しては私も同意見かな」
「僕もだよ、刀夜」
分かってはいたが味方がいないな。
俺も今のは無理があると思うし。
さっきまで俺の事を無視していたはずの賢まで突っ込んできているんだから相当なのだろう。
「まあ、二日目にしては随分クラスの雰囲気が良いからな。一年間よろしく頼む」
「「おー!」」
「楽しくなりそうだね」
マジで元気だなこいつ等。
互いにくだらない話をしながら笑っているクラスメイト達を見ていると常に張りつめている緊張がほぐれるようで。
とりあえず俺はクラスでの地位を確実なものに・・・出来てんのか? コレ。




