第二話:銀髪新入生の噂
「――――という訳でホームルームは終了だ。一時間後くらいには保護者の方々が入ってくるからそれ迄には下校しておけよ。あと、物品購入は校庭の方でやってるからそろえるものがある奴は寄って行けよ?」
最後に注意事項を述べて夏美先生は教室から出て行く。
話し方は堅い印象を受けるが、結構いい先生みたいだな。
とりあえず、まだ時間があるから同じクラスのやつらと親睦を深めるとかやっておいた方が良いんだろう。
俺はすぐ傍で帰り支度をしている賢に話しかける。
「一年よろしくな、賢」
「ああ、よろしくね刀夜」
「え、俺は? マイフレンドさん達!?」
おどけるような口調で横から恭弥が話に加わってくる。
一人ずつ挨拶しようと思ってたんだがな。
コイツの身体が笑いを求めているようだし、取り合えず付き合ってやるか。
「ああ、忘れてた。よろしくな恭弥」
「記憶力! それでも主席かお前!」
騒がしいやつだな、賢も苦笑しているし。
こういう奴一人いるだけでクラスは盛り上がるから俺としては歓迎できるのだが、あまり騒々しいのが好きではない生徒もいるかもしれないから、その辺は手綱を取らんとな。
・・・・・手綱か
「まあ、とりあえずヒヒーンて鳴いてみろ」
「なんで!?」
「ははっ、二人は本当に面白いね。でも、壇上で挨拶してた主席が同じクラスになるなんて。刀夜は頭が良いんだね」
まあ、明らかな不正をしているようなものだがな。
前世ではこの学校と同じくらいレベルの高い所を出たし、何かの役に立つだろうと必死に勉強をしていた。そう思えば出来て当然なのだ。
それに、偏見になってしまうが賢もかなり知的な印象を受ける。
・・・恭弥はまあ、あれだ。
運動できそうなタイプ。
この学校に入学している時点でかなり頭が良いのは疑いようもないんだがな。
何故か恭弥はそう見えないのは能ある鷹ってやつなのだろうか。
「賢はテストの方どうだったんだ?」
「・・・・・・・・」
「どうしたんだ? まさかギリギリだったとかか?」
賢は俺と恭弥の問いに答えなかった。
まあ、触れられたくないことだというのなら突っ込むことは無いけどな。
とりあえず話題でも変えることにしようか。
「その辺は定期テストの時のお楽しみにするとしてだ、話すことが無いなら今日はお開きにするか? もう帰ってる奴らもいるし」
「そうだね、僕のテストの話は先送りにしよう」
俺の言葉に同意する賢。
口は閉ざしていたものの、特に暗い顔をしていなかったところを見るに何か別の理由があるのかもしれないな。
とりあえずお開きにしようとも思ったが、恭弥はまだ話したいことがあるようで口を開く。
「いや、話題ならあるぜ! とっておきのやつがな」
「お前が遅刻しそうになった話なら却下だぞ?」
さっき聞いたしな。
パンを口に咥えて登校してきたとか、電車と並走しながらチャリで来たとかいう特別凄いことでも話さん限りは却下だ。
「そっちはまあ、またとっておきの時間に取っておくさ。俺が話したいのは女のことだ」
「・・・みんな、好きなんだね」
恭弥の言葉に反応して一斉にこちらに注目する男子生徒達。
それに呼応するように机に突っ伏していた生徒はビクンッと痙攣し―――あいつ絶対に聞いてるな。
どうやら、このクラスの男子たちはそういう話に飢えているらしい。
いっそ清々しさすら覚える正直具合だ。
「まあ、聞き耳立ててる奴らの中には見た者もいるかもしれんが・・・新入生の中に銀髪美少女がおる。しかも巨乳!」
「「おおっ!!」」
机で指を組んで声を張り上げる恭弥と一緒になって騒ぐ野郎共。
―――どんなキャラだよお前ら。
さっきまで個別グループの様にそれぞれ固まっていた男子生徒たちは一様に歓声を上げる。
勿論、机に突っ伏していた奴も。
参加していないのは俺と賢くらいなものだろう。
・・・・・え、マジ?
このクラス馬鹿しかいないじゃん。
「これは神が我々に言っているのだ。その子の心を射止めなさいと!」
「「ワアアァァァァ!!」」
帰っていいか?
確かに騒いでいるのは野郎だけだが、教室に残っている女子生徒も耳を傾けているところから興味を持っているのが分かる。
もはやこの空気を止めることは出来ないだろう。
―――よし、帰ろう。
「・・・賢、途中までかもしないが一緒に帰ろうか」
「そうだね。この辺で失礼しようか」
恭弥たちは無視して賢と共に帰り支度をして立ち上がろうとするが、俺たち二人を取り囲むかのように野郎共が円を作る。
お前ら本当に今日知り合ったばっかりか?
もしかして盛大なドッキリに巻き込まれたのではないだろうか。
そう思わずにはいられないほどの巧みな連携だ。
「二人ともつれないこと言うなよ。男のロマンについて語り明かそうぜ?」
「そうだよ! これは神が僕らに与えた奇跡なんだ!」
お前は誰だ。
まるで副官のように恭弥の横で俺たちに話しかける男子生徒A。
さっきまで机に突っ伏して寝たふりをしていた奴だ。
「・・・えっと、君は?」
俺の知りたかったことを賢が問いかける。
「あ、ゴメン。僕は最上茂吉っていうんだ。よろしく、間宮君と明槻君」
急に正気に戻って自己紹介をする男子生徒A―――最上君。
俺たちの名字を知っているということは、やっぱり話全部聞いてたんだな。
彼は一見大人しそうな印象を受けるが、人は見かけによらない。
なぜ寝たふりをしていたんだろうかとも思ったが、野暮なことは聞くものではないか。
もはや数か月は一緒に居たと思わせるほどに仲良さげに好みの女性などの話をしている男子生徒達。
男の友情って本当に単純なんだな。
「にしても、刀夜と賢はこういう話には興味ないのか?」
「僕はあんまり得意じゃないね」
「俺は彼女いるからな」
―――怨嗟の声が聞こえる。
さっきまで騒いでいたはずの野郎共は、まるで親の仇を見るような目で俺をその眼におさめ、ジリジリと距離を詰めてくる。
マジでなんかの宗教団体なのか?
そのまま怒りに顔を歪めた恭弥が詰め寄ってくる。
「なっっんだと!? 刀夜、お前は友達だと思っていたのに!」
彼女がいると友達になれないのかよ。
まるで信頼していた人に裏切られたような目で俺を見る恭弥。
俺とお前ってさっき会ったばっかだよな?
「俺は今でも友達だと思ってるよ。お前は違うのか?」
「・・・・・俺は―――お前を信じたい!」
これから何が始まるのだろうか。
俺はいつの間に恭弥と寸劇を行っていたらしい。
周りの連中は固唾をのんで見守るだけで、何かしてくる様子もない。
このくだらない茶番はいつ終わるんだ?
というかなんでハンカチを目に当ててる奴らがいるんだろうか。
まさか今の茶番で泣いたのか?
「じゃあ、二人は友達ということで。帰ろうか刀夜」
「そうだな、じゃあみんなまた明日。良ければその時にでも話し合いの結果を聞かせてくれ」
とりあえず助け舟を出してくれた賢の言葉に同意して帰り支度をする。
銀髪の女の子なんてそうそういるものじゃない。
今まで突っ込まなかったけど絶対俺の知っている子だろう。
であるならば、話し合いの結果は今後の俺の身の振り方を左右する。
今は頭が痛いので明日聞くことにしよう。
「まって、捨てないで!」
「お疲れっしたー」
先に教室を出た賢を追って歩く。
恭弥が裏声で何かほざいているが無視だな。
―――と、先に教室から出たはずの賢が戻ってきた。
もしかしてお前、裏切るつもりか?
最後の砦として立ち塞がるのか?
予想外のラスボスだ。
「・・・賢、最後に俺の前に立つのがお前だとはな」
「刀夜? 絶対勘違いだよ?」
無論、冗談だ。
どうやら賢は教室の中にいた誰かを呼ぼうとしているみたいで・・・俺を手招きしている。
そんな賢の後ろから現れたのは女生徒二人。
一人は面識がある程度だが、もう一人は世界で一番大切な子だ。
「―――刀夜君、迎えに来たよ? 一緒に帰ろ」
「あっ、明槻君。お久しぶりです」
どうやら真白は一緒に帰るために俺を迎えに来てくれたようだ。
隣にいるのは真白の中学時代からの友人である中村真紀さんだな。
一緒にここまで来たのか。
・・・・あまりに急に空間が静かになる。
さっきまで騒がしかった背後を振り返ると、野郎共が固まっていた。
流れ的に、氷鬼をしているわけではないだろう。
「ああ、ゴメン。ちょっと話してて―――久しぶり、中村さん」
とりあえず固まっている野郎どもは無視して二人に声をかける。
軽く挨拶をした後、間に立っていた賢が近づいてきて俺に耳打ちをしてきた。
「もしかして、さっき言ってた刀夜の彼女ってこの子なの?」
視線を真白に送りながら囁く賢。
さっきの話を一応聞いていたから気になったのだろうな。
「ああ、取り囲まれるだけで終わりそうになかったから黙秘するのが良いと思ってな」
間違いなく歴史に残る乱闘騒ぎになっていただろう。
「僕は間宮賢。よろしく」
「白峰真白です」
「中村真紀です。よろしくお願いします」
俺の知り合いということで互いに自己紹介を始める賢たち。
どうやらこっちは問題ないようだが・・・あれらはどうするか。
「オ・・・オォォ・・・ォ」
マジでどうするか。
あれは紹介しても大丈夫なのか?
恭弥はリビングデッドのような声と足取りでこちらに近づいてくる。
というか、今にも無差別に襲い掛かりそうな気がするんだが。
「えっと・・・刀夜君の友達?」
「・・・・・たぶんな」
俺もこんなセリフは言いたくないのだが、幽鬼の様に近づいてくる恭弥を友達としては紹介したくない。
真白たちも反応に困っているしな。
「とうや・・・マイ・・・フレ―――ブッ!?」
「落ち着け馬鹿」
コロコロと表情が変わる恭弥に軽くチョップを入れて落ち着かせる。
これでダメなら今度はどうするべきなのだろうか。
「・・・・・刀夜、俺は夢でも見てるのか? 三次元では見たことが無いような女の子が目の前にいるんだが」
「とりあえず自己紹介してくれ」
言わんとすることは分かるが、何とか正気に戻ってくれた恭弥に自己紹介をさせる。
気分的には俺はこれで満足なのだが・・・すでに後ろで男子生徒が長蛇の列を作っている。
全員と挨拶させなきゃダメか?
「とりあえず、今日はこの辺で帰るか」
「なら、急いだほうがいいんじゃない?」
賢の言う通り、このままだと時間がかかってしょうがない。
他の奴らへの挨拶は機会があったらということで、戸惑う真白の手を取る。
「中村さん、付いて来てくれ」
「相変わらず明槻君の周りはわっちゃわっちゃしてますね」
「あ、俺も行くから待ってくれ」
真白の手を引いて廊下を早歩き。
付いてくるのは賢と中村さん―――あと、正気に戻った恭弥がカバンをもって付いてくる。
なんで入学早々こんな面倒なことになってるんだ?
校舎から逃げるように思考を巡らすが、答えは見つからなかった。
「―――という訳で、さっきまで大変なことになってたんだ」
「イヤー、マジ大変だったな」
「ほとんど恭弥のせいだよね?」
同じ中学校だった中村さんはともかく、どうやら恭弥と賢も電車通学らしく、皆で駅に向かう。
道すがらさっきの騒ぎの顛末を話しているわけだが、なんで恭弥は被害者視点のように会話に参加しているのだろうか。
「楽しそうだね」
「私達のクラスの男子は殆ど緊張状態でしたからね。真白ちゃんに話しかけようとした先から周りの女の子たちに追い返されてましたし」
どうやら既に真白は保護指定されていたようだ。
本当に男子と女子で動きが対照的だよな。
これまでの経験でそうなるのではないだろうかと思っていたが、昔とは違い社交性のある真白は大抵の場合常に周りを女子が囲んでいる。
それはもう、女子高なのかと勘違いするほどに男子が近づけないのだ。
まあ、中には自分たちに男子の視線が来てくれるように真白を遠ざけようとしている女子もいるが、俺としては好都合だしな。
「刀夜、なんか邪悪な顔してないか?」
「いや、そんなことはないぞ」
「完全に黒幕の笑みだったね」
「まあ、変なことを考える人ではないですから」
「これからについて色々と考えてくれてるんだと思うよ?」
女性陣からの信頼が痛い。
俺は多分変なことしか考えてないからな。
下心的な奴じゃなくて、もっと危ないやつの発想。
まあ、純粋な女の子の彼氏としてはこのくらい警戒したほうが絶対に後悔は少ないはずだ。
自分に言い訳をしながらみんなと共に帰り道を歩き、駅に戻ってきた。
「じゃあ、僕はこっちだから」
「俺も」
賢と恭弥は違う電車らしく、手を振って離れていく。
「私は途中までご一緒しても良いですか?」
中村さんは方面が一緒だからな。
一緒の方が真白も楽しいだろうし、俺としては何の問題もない。
「勿論。良いよね? 真白」
「うん、一緒に帰ろうよ」
ふんわりとした笑顔で同意してくれる真白。
こういう機微もみんなが夢中になる要因の一つなんだろうな。・・・特に何をしているわけでもないのに、まばらに視線を集めてるし。
とりあえず周りの視線を避けるように立ちまわりながら駅のホームへ向かい―――おい、舌打ちすんな。
お前の顔覚えたからな?
「・・・刀夜君? 誰か知り合いでもいたの?」
「これから知り合うことになるかもな」
キョトンとした顔で俺の視線の先を見るが、そこにはもう誰もいなく、きょろきょろと辺りを見回せばまた新しい人たちの注目を浴びる。
これが連鎖反応ってやつなのか。・・・と、この音は
「あ、電車来てますよ! 乗りましょうか」
すぐにやってきた帰りの電車に乗り込み、三人で揺られながら帰路に就く。
とりあえず入学式初日で友達もできた。
明日学校に行くのが怖い気もするが・・・まあ、その時はその時だな。




