第一話:入学式ってめんどくさい
「刀夜君、そろそろ着くよ?」
寝てない寝てない・・・・あと五分だけ。
どうやら電車に揺られながらウトウトしていたらしく、隣に座っていた真白に揺り起こされる。
昨日は学校の校則とか見取り図の最終確認を行っていたのだが、やっぱりもう少し寝ておいた方が良かったのだろうか。
因みに、これらの情報が何に使われるのかは想像の通りだ。
まあ、仕方ないよな。
「・・・ありがとう。じゃあ降りようか」
「今日は帰ったらしっかり寝ようね?」
はい、すみません。
彼女に心配をかけっぱなしなのは良くないよな。
気合を入れて席を立ち、辺りを見回す。
電車の中でもやはり真白は目立ってしまうらしく、通勤途中のサラリーマンや俺たちと同じブレザーを着ている少年少女の注目を集めていた。
流石に朝っぱらから不埒な行為に走ろうとする奴はいないだろうが、寝てしまったのは怠慢だったな。
そのまま電車を降りて改札へ歩き出す。
「入学式はクラスで別れて座るんだよね?」
「ああ、俺がAで真白がGだから結構離されてるな。お互い友人ができると良いんだが」
今日から俺たちが通うことになる『柴ヶ咲高校』は県内でも上位の進学校だ。
もともと通っていた中学も悪くはなかったんだが、やはり中学校以来の友人が減ってしまうのは仕方ないだろう。
通学も電車だしな。
「でも、真紀ちゃんが同じクラスだから孤立はしないかな」
元の中学校から柴ヶ咲に入学することになった友人は数えるほどしかいないが、その中一人である真白の友人が彼女と同じクラスになったのは僥倖だったな。
まあ、成長した今となってはコミュニケーションお化けの真白が孤立することはまずあり得ないが、それでも仲のいい友達がいてくれるのは都合がいい。
「真白が孤立することはないだろうけどな。問題は俺だ」
「頑張ってね! 応援してるから」
いや、俺も大丈夫だとは思いたいんだが、どうだろうな。
これから三年お世話になるわけだから、少しでも人脈は広げておきたいところだが。
駅前を抜けて大通りを歩いていくと、すぐに広い敷地が見えてくる。
あれが柴ヶ咲だ。
「電車はそこそこかかるが、やっぱ降りるとすぐだな」
「分かりやすくていいよね」
まあ、道に迷うことはないだろうし、人通りも多いので誘拐やハイエースされる心配もあまりしなくていいだろうな。
そう思うとかなり良い立地だ。
・・・こんなことを心配している高校生は俺くらいだろうな。
敷地内に入って歩いていると、やがてドーム状の建造物が見えてくる。
「じゃあ、頑張ってね刀夜君」
「程々にね。じゃあ、また放課後に」
まあ、体育館だ。
敷地が広いだけに一般的な高校よりも一回りくらい大きいのか?
挨拶をして真白と別れ、俺は入学式が行われる体育館へ入って行った。
かなり早めに登校してきたのでまだまだ新入生の入りはまばらだな。
・・・さて、準備といたしますか。
俺は指定された場所へと歩き出す。
「ひらひらと舞い降りる花吹雪のなかで――――」
入学式は卒業式とも違って、一般生徒が壇上に上がることは殆どない・・・普通なら。
現在俺が立たされているのは体育館の檀上。
目の前には数百の新入生が並び、ある者は暇そうに、ある者はワクワクした感じで席についている。
主席入学として連絡が来たのは春休み中の筈だ。
なのに、なんで答辞を渡されるのが当日なのか理解に苦しむ。
噛めば一生モノの恥だし。
それに、多くの人の注目を浴びながら言葉を綴るのはあまり気分のいいものではないしな。
嬉しそうにこちらを見ている真白を写真に収めたいところだが、生憎今回もカメラの準備はなし。
どうしていつも持たせてもらえないのだろうか。
「――――新入生代表、明槻刀夜」
最後に礼をして壇上から降りる。
人生二周目としては明らかにズルしているようなものなので自慢にはならんよな。
そのまま自身のクラスの席が設置された区画、出席番号順の席へ座る。
隣に座っている男子生徒がそわそわしながらこちらを見るが――――なんだ?
「ここ、お前の席だったのか。てっきり遅刻してるのかと」
ああ、そういう考えもあるのか。
本当にそうだったら結構な思い出になりそうだな。
無論、悪い意味で。
「そうも思うよな。でも、入学式で早々に遅刻は勘弁だろ?」
話しかけてきた男子生徒にそう返すと「違いない」と苦笑される。
「じゃあ、声を潜めさせてもらって・・・俺は新堂恭弥だ。一年よろしくな、主席さん」
「これはご丁寧に。さっきも大声で言ってたと思うが、明槻刀夜だ」
入学式で大声出して自己紹介とか、それだけ聞くと凄く痛いやつみたいだな。
とりあえずクラスでの話し相手は確保できたということで良いのだろうか。
「さっきの答辞は心に響いたぜ?」
なんか村紗と似たやつだな。
明るそうでお調子者っぽい一面が重なる。
違うところがあるとすれば、あいつよりもイケてる顔つきって感じなとこだ。
すごく失礼なことを考えながら口を開く。
「ホントに聞いてたか? 関係ないこと考えてたと予想するが」
「おっと、もしかしてトウヤ、エスパーか?」
聞いてなかったのか。
まあ、俺が考えた文章じゃないし全然気にはならないのだが。
そんな風にくだらないことを話している間に入学式は進行していき、諸注意の後に閉会となる。後は各自自分のクラスに行くだけだな。
流れ的には恭弥と一緒に行くことになるんだろうが。
「おっしゃ! 行こうぜトウヤ、俺たちの戦場に」
何と戦いに行くつもりなんだ?
入学早々教室でドンパチやるのは褒められたことでは無いと思うのだが。
他の生徒たちもまばらに体育館を出て行っているし、とりあえず向かうか。
「武器の持ち合わせは無いが、行くか」
「あれ、トウヤの字ってかたなやじゃないのか?」
漢字って難しいよな。
俺の場合は苗字も珍しいからよく間違えられるのだ。
「残念、ヤは夜の方だ。たとえそっちの方だとしても売ってはいないけどな」
「まあそうだよな。修学旅行で木刀買ったの後悔してるし」
あるあるだな。
俺は買わなかったが、村紗達はみんな買っていたのを覚えている。
話をしながら恭弥と共に体育館を抜け、外廊下でつながている校舎の中へ入って行く。
やっぱり校舎も広いからな。
間取りを暗記しておいて正解だ。
「いやー、やっぱ柴ヶ咲の校舎って広いんだなー」
「俺も入学説明会の時に驚いたよ」
階段で二階に上がりながら学校の話に興じる。
敷地も広ければ校舎も体育館も大きいからな。
内蔵されてる部屋の数もかなりのものだ。
―――と、恭弥が階段を上がっていく生徒たちに釣られてそちらに付いて行こうとしている。
「こっちだぞ。A組は二階に教室がある」
「おっと、サンキュー。遅刻するかと思ったから資料を読み込む時間が無くてな」
「おい」
前日に読んどけ。
俺なんて寝る間も惜しんで丸暗記してたんだぞ?
まあ、そのせいで若干寝不足になっているが。
「本当に遅刻しそうになってたのはお前だったのか」
「ははは、友達出来るか緊張して眠れなかったんだよ。まあ、今は刀夜がいるから心配してないけどな」
さっぱりした奴だな。
一年仲良くやれそうだ。
「ほら、A組だ。落ち着いて突入しろよ? 俺は後ろから援護する」
一番槍は譲ってやる。
さあ、行け。
その方が面白そうだしな。
「なんでだよ! 二人で行こうぜ?」
「俺はこう見えてシャイな小市民なんだ」
「さっき壇上で答辞述べてたじゃねーか! 明らかに嘘だろ!」
御託はいいからはよ行け。ここがお前の戦場なんだろ?
骨は拾ってやるから派手に高校デビューしろ。
俺はその後ろからさりげなく入ってさりげなく席に着くから。
・・・いつまでも入り口に居ると邪魔なので、とりあえず恭弥を引っ張って教室へ入る。
「・・・ふう、心臓に悪いぜ。お陰で変な注目受けてるしな」
「高校デビュー、おめでとう」
「うっせー!」
教室の中にいた新入生たちの注目を一瞬浴びることになってしまったが、やがて見ていた生徒たちはそれぞれに分かれて話し始める。
もう既にグループみたいになっている人たちもいるし、まだ席に一人で居るもの、恐らく寝たふりをしているものまで居て、やっぱり空気が新鮮だな。
ひとまず俺たちは黒板に張られている票の通りの席へ移動する。
「俺の席はここだ」
「奇遇だな、俺はここだ」
どうやら黒板の張られた票は出席番号順という訳ではないようだ。
出席番号は名前順だが、表はそれとはまた違う感じで割り振られている。
俺と恭弥はどうやら隣の席らしい。
騒がしく・・・もとい、楽しくなりそうだな。
「二人は仲が良いんだね」
席に座ると、俺の前に座っていたメガネをかけた男子が話しかけてくる。
雰囲気は優男って感じで、誠さんに似てるな。
「おうとも! おれと刀夜はベストフレンドだからな、なっ?」
「さっき知り合ったばっかだけどな」
俺の肩に手を置いて会話に参加してくる恭弥。
まるで数年来の友人だな。
殺気であったばかりだが、それでここまで気楽に会話できるんだから男子というのは凄いものだ。
女子だったらもっと土俵際の駆け引きとかがあるだろうしな。・・・偏見か。
とりあえず俺が名前を切り出して自己紹介し、恭弥がそれに続く。
「よろしくね刀夜、恭弥。名前が少し似てるけど全然間違える気がしないよ。僕は間宮 賢」
「よろしくな、まみけん」
「よろだぜ、みやけん」
どうやら俺と恭弥は出合い頭に揶揄わないと死んでしまう病気らしい。
間宮は苦笑しながら口を開く。
「賢って呼んでくれると嬉しいな。本当にさっき会ったばかりなの?」
「残念なことにな。とりあえず改めてよろしくだ、賢」
彼とも仲良くなれそうだ。
俺が手を差し出し、賢と握手を交わす。
男の友情と言えばこれだな。・・・もしかしたらいささか趣味が古いかもしれないが、こういう世代だったのだから仕方がない。
人間なかなか変わることは出来ないのだ。
「ほらー、席に就け。ホームルームを始めるぞ」
俺たち三人が話していると、教室に女性教師が入ってきた。
少年漫画とかではよく出てくるけど、二十代ほどで黒髪黒目の女性教師が本当に担任になるのはの珍しいな。
推定担任の教師はそのまま教壇に立ち、黒板に名前を書いていく。
「・・・・・と、相沢夏美だ。ちゃん付けで呼ぶことは許さんからな」
若い女性ということもあり、席に座っている男子たちが嬉しそうに・・・恭弥、それは笑ってるのか?
強烈な顔をしているコイツはあまり笑顔にしないほうがよさそうだ。
ホームルームはそのまま生徒たちの自己紹介の時間に変わり、相沢先生の点呼に応じて一人一人席を立って名前や趣味などを述べていく。
・・・そろそろ俺の番か。
「よし次は―――問題児・・・あ」
「ハ―――は? すみません先生、名前に変なルビ振ってませんか?」
どう読んでも問題児にはならないだろうが、もしかしたら見間違えの可能性もある。
俺が先生に尋ねると彼女は面倒と申し訳なさが同居した表情を浮かべている。
・・・・わざとじゃないのか?
「すまん、心の声が。・・・明槻刀夜だな。まあ、お前のことはいろいろ聞いてるから許してくれ」
それ許してってより脅してないですか?
恐らく学校経由とかで誘拐事件とかの情報が入っていたのだろう。
それ以外に心当たりは『公になっていないこと以外は』ないからな。
「えー、明槻刀夜です。別に変な犯罪とかに走ったとかはないので、良ければ仲良くしてください」
「信用してるからな?」
皆を代表したのか、隣の席に座っていた恭弥が声をかけてきたのでとりあえず頷いておこう。
それでも俺はやってないからな。
とりあえず席に座って次の者に手番を譲る。
恭弥も賢も自己紹介は普通だったな。
むしろみんな当たり障りない感じだったので、俺が目立ってしまった感は否めない。
「という訳でホームルームは終わりだ。これからの学校生活が良い物になることを祈っているが、授業で二人組が作れそうにない時は私を呼べ」
いきなり生徒たちのトラウマを抉るようなことを言うな、この人は。
まあ、一部の男子生徒はどちらかというと喜んでいる感じだが、当てにはしないほうが良いと思うぞ?
既に可哀そうなものを見る視線を女子生徒達が向けてきていることには、気づかないほうが良いのだろうか。




