第十一話:大切な人と新たな舞台へ
両親の不幸による忌引きの期間が終了し、形だけは普段の日常が戻ってきた。
胸にポッカリ空いた物は今だに回復を見せないが、それでも俺は立ち直るための一歩を踏み出していた。
「刀夜! トランプしようぜ!」
登校したころは俺を気遣うような、はれ物に触るような感じで接してくる者が多かったが、今ではほとんど普段通りだ。
まあ、この方が俺としても有り難いしな。
教室の中では皆がグループを作り、昼食をとっている。
聞こえるのは楽しそうに談笑する声、女子たちの流行りものの話などだ。
早弁をして既にご飯を平らげていた村紗とクラスメイトが机をくっつけてきて遊ぶ準備を始める。
「・・・俺、まだ飯食ってないんだが」
「知ったことか! 飯食い終わってない今ならイカサマはできんだろう?」
「刀夜破れたり!」
三下感あふれるオーラを醸し出す友人たち。
やることが汚いな。
まあ、今は持ち合わせもないからイカサマもできんが、食べながら付き合ってもいいだろう。
どうせいつも通り大富豪だろうしな。
だが、俺の予想に反してカードが配られることはなく、村紗はそのままこちらから見えないようにトランプを差し出す。
「さあ、この山の中から好きなカードを引いてくれ。お前の恋愛運を占ってやろう」
大富豪じゃないのかよ。
イカサマ云々はどこ行った?
とりあえず差し出されたカードのうち一枚を引く。
―――それは、二枚しか入ってないはずのカードだった。
「はっはー、残念! ジョーカーだ! お前の恋愛運はさいあ――――」
「全部ジョーカーとはまた面白いことするな」
「おい! バレんの早すぎんだろ!」
マジで全部ジョーカーかよ。
「一度明槻の頭を切り開いて脳みそ見た方がいいんじゃないか? コイツマジでエスパーだぞ」
「じゃあ、その脳みそを俺のと交換してもらおう」
「「天才か!」」
馬鹿と天才は紙一重というが、間違いなくこいつらは前者だろう。
だが、そんなバカな話を聞いていると退屈な時間や大切なのものを失う恐怖を忘れさせてくれるようで。
「仕方ねえ、七並べやるか」
「ジョーかしかないって自分で言ってただろうが。どこに七があるんだよ」
「・・・・・あれ?」
騒がしい教室の中には相変わらず生徒たちの談笑がこだまする。
―――本当に、俺は周りの人たちに恵まれていたんだな。
やがて昼休みが終わり、未だ机の上に広げられていたトランプなどの遊び道具は五時限目を担当している教師によって没収されていった。
まあ、仕方ないよな。
放課後、ホームルームを終えて帰り行く生徒たち。
そんな中でまだ談笑に興じている一団がいた。
『どうやったら可愛い幼馴染を得ることが出来るのか』なんて馬鹿なことを本気で議論しているバカどもに何度も意見を求められながら帰る支度をする。
中学生になってそんな話をしている時点で既に手遅れだと思うんだがな。
まあ、来世に期待するといいさ。
とりあえず準備ができたことだし行くか。
「じゃあ、俺は先に行くからな」
「させんぞ!」
教室の入り口に向かって歩き始めた俺をカバディのような動きで止めようとする村紗達。
その目は一様に鋭く・・・これが野獣の眼光という奴なのだろうか。
若干一名それができていない奴もいるが。
「なあ、なんで水無瀬まで参加してるんだ?」
「いや・・・これ、結構恥ずかしいね」
ノリか? ノリで参加しちゃったのか?
恥ずかしがりながらもそのまま仲間たちと共に俺を包囲するクラスで一番の人気者。
本当にお前は人が好過ぎるな。
やっぱりいい壁を紹介したほうが良いのだろうか。
――――こいつが壁に向かってカバディし始めたら世も末だろうが。
「まあ、とりあえず用事があるからどいてくれ。お前らも目が回ってきただろ?」
カバディをしていたはずがいつの間にか高速かごめかごめに移行した村紗達は既に平衡感覚がおかしくなっているのか、フラフラとし始める。
そろそろ止めないと机にぶつかるぞ?
ようやく止まった連中はその場でへたり込むもの、トイレに駆けて言ったもの、掃除ロッカーに走っていくものなど様々。
流石の水無瀬もかごめかごめには参加しなかったようだ。
「あ、刀夜君? 村紗たちの方は僕がどうにかしておくから。・・・大丈夫?」
「・・・ウェ・・・刀夜か水無瀬、バケツ持ってない?」
知らん、お前も掃除ロッカーに向かえ。
自業自得の村紗を無視してバックを持ち、水無瀬に挨拶をする。
「・・・オェッ・・・じゃあな」
本当に何がしたかったのだろう。
俺は、吐きそうになりながら見送る村紗に手を振って廊下へと歩き出した。
「お待たせ。かなり掛かっちゃったかな?」
学校の屋上で待っていてくれたのは真白。
吹く風が彼女の髪をなびかせており、まるで一枚絵のように綺麗だ。
学校に来る前に約束をしていたことだが、彼女は寄り道などしない性格なので、もしかしたらそこそこ待たせてしまったかもしれない。
「ううん、待ってないよ。皆で何かやってたの?」
いつでも俺に優しく微笑んでくれる少女はこちらへと歩いて来る。
何をやっていたか。
それはとても難しい質問だが・・・まあ、ありのままに説明するのならば―――
「ちょっとカバディと高速かごめかごめに巻き込まれてた」
にこやかに出迎えてくれた真白が、続く俺の言葉でポーカーンとした表情を見せる。
まあ、普通は理解できないだろうな。
俺も自分が何を言っているのか分からないし。
・・・勿論、屋上に呼び出したからにはいつものようにただ二人で家に帰るつもりではない。
ここまでであれほどお膳立てしたのに今更引き返すつもりもないしな。
「・・・刀夜君?」
会話が途切れて辺りに静寂が広がる。
いつもとはまるで違うこの状況、彼女もこれから俺が何を言うのか気付いているだろう。
あれほど騒がしかった屋内とは大違いで屋上はとても静かだった。
このシチュエーションは前世でも経験したことが無いので、緊張してしまうのは仕方がないことだが。
「―――真白。俺はずっと君を守っているつもりでいた」
「・・・・・」
告白の口上なんて考えていない。
そんなもの彼女を目の前にしてしまえば霧散するだろうと分かっていたから。
戸惑いを見せていた少女は、熱心に俺の言葉を聞き取る。
それはまるで何かを期待しているようで。
「幼稚園の頃に出会って、ずっと一緒に居て。でも、いずれはお互いにやりたいことができて、好きな人が出来て、目の前からいなくなるだろうなって思ってた」
彼女はとても魅力的な女の子だから、好きになってくれる人間なんてそれこそ星の数だけいる。
「ちょっと前までは、それでもいいって思ってたんだ。真白を幸せにしてくれる人がいるのなら、君を任せて遠くから見守ろうって思ってた」
それはやりたいこと、やるべきことが他にもあったから気づかなかった想い―――ではなく、それらを言い訳にして目を背けていたもの。
恋愛なんてしたことが無かったから。
宿泊学習の時に水無瀬が真白に告白すると聞いて、彼なら成功してしまうのではないかと、俺は不安だったのだ。
一人で考える時間が増えたことで、ようやくそのことを自分に教えることができた。だから―――
「でも、今は違う。真白のことが好きだ。家族としてじゃなく、女の子として、君と一緒に居たい。ずっと一緒に居てほしい。だから――――俺の恋人になってください」
「――――!!」
彼女が息をのんでいるのが分かる。
いったい彼女の蒼い瞳はどんな感情に彩られているのだろうか。
手を差し出して頭を下げているからその表情は分からない。
・・・・これって本当に一番メジャーな告白の方法なのか?
誠さんに教わったのは間違いだったかもしれないと今更ながらに思い始める。
ほんの数秒ほどだっただろう。
差し出した俺の手に柔らかい感触が広がった。
間違えようもない真白の手の感触に、顔をあげる。
だが、感じた温かさはそれだけではなく、前を見た瞬間に全身に温もりが移ることになった。
「一緒に居てくれるだけで楽しかった」
抱きしめられることで感じる暖かさと多幸感。
俺と真白ではある程度身長差があるので丁度首元に彼女の吐息があたってくすぐったい。
俺はそのまま彼女の言葉に耳を傾ける。
「でも、そんな風に思ってたのは不満です。ずっとずっと一緒に居られると思ってたんだよ?」
拗ねたように口をとがらせる真白。・・・・・あれ? なんか思ってた反応と違う。
これって―――――
「もしかして、ずっと待っててくれたのか?」
「・・・刀夜君のバカ」
マジか。
真白は本当にずっと俺の事を待っていてくれたようだ。
どうやら、俺は先ほどの村紗達以上の大バカ者だったらしい。
俺の胸に顔を擦り付けるように、甘えるように抱き着いてくる真白はとても可愛らしい。
でも、まだ告白の答えをもらっていない。
「真白?」
「ずっとずっと好きだったんだよ? ・・・私も勇気出せなかったけど、中学生の間に告白したいなって。幼馴染じゃなくてもっと踏み込んだ関係になりたいなって。だから―――私からもお願いします。私を刀夜君の彼女にしてください。一緒に貴方の幸せを、苦しみを背負わせてください」
「・・・・はい」
とてつもなく嬉しいのだが、同時にすごく恥ずかしい。
今の俺はいったいどんな顔をしているのだろうか。
少なくとも真白の花の咲いたような笑顔ではないだろう。
野郎がやっても気持ち悪いし。
再び静寂が訪れた屋上で、俺は痛くない程度に強く彼女を抱きしめる。
二度と大切な人がいなくならないように、失わないように。
腕の中にいる真白、ずっと一緒に居た女の娘は俺のそんな苦しみを受け入れてくれるように抱きしめ返してくれた。
―――――――――――――――――――――――――
「おはよー、刀夜君!」
合鍵で家に入ってくる真白。
俺はまだまだ寝ぼけ眼で歯磨きをしているが、ここ最近は起きる時間も遅かったからしょうがないよな。
中学校の屋上というベタベタな場所で告白をし、晴れて恋人同士となった俺と真白は、周囲の人たちから沢山の祝福を受けた。
特に白峰家からのお祝いは凄かったが、報告したときの誠さんはかなり見ものだったな。
大号泣という言葉があれほどピッタリなシーンは他になかっただろうし。
そして、今俺の目の前に立っている真白が着ているのは可愛らしいブレザーで、清楚な彼女の魅力を引き立てている。
こんなかわいい子が俺の彼女とか、もしかしてまだ夢の中にいるんじゃないのか?
もう一回横になってみた方がいいかもしれない。
「ふふっ、前にも見せたけど・・・どうかな?」
スカートをひらめかせながら聞いてくる真白。
いつだって笑顔が素敵だが、制服を着ていると二割り増しくらいで可愛いな。
歯磨きをしていなかったら抱きしめていたところだ。
「可愛すぎてまた眠りそうだ」
「もう寝ちゃダメだよ? まだ今日のハグしてもらってないからね?」
どうやら彼女もハグをご所望のようだ。
季節は巡り、春。
俺と真白は同じ高校へと入学することになった。
まあ、彼女がどこの学校に行くのであれ、女子高でもない限りは付いていくつもりだったのだが、いや、女子高でも女装して付いて行こうとしたんだっけか?
ともかく、普通の学校が良いという誠さんの意見もあり、普通科の高校となった。
それでも県内ではレベルの高い進学校だし、いずれは多くの人々を纏めるであろう真白を補佐するために、俺も資格の勉強とかしないといけないだろうが。
「―――よし! 来い!」
「あったかい・・・あと五分する?」
「むしろこのまま寝たいな。・・・・・よし! さあ、行くか」
歯磨きを終えた俺はワイシャツの上からブレザーを羽織り、朝のハグをしてからリビングに用意してあったカバンを手にして真白と共に玄関を出る。
我ながら既にバカップルだな、これは。
すぐ傍に立て掛けられた写真に写る人たちも、俺たちを見て笑っているような気がした。
・・・・・行ってきます。
父さん、母さん。
「あら、どこの新婚さんかしらね?」
「・・・・えへへ」
「ティネラさん、揶揄わないでください」
外で待っていたらしいティネラさんが一緒に出てきた俺たちをからかう。
今日は入学式ということもあり、ティネラさんも見に来るらしい。
無論、誠さんも来たがったのだが、仕事なので仕方ない。
今頃怒り狂いながら出社している頃だろうな。
いたずらっぽく笑うティネラさんの言葉に俺は顔が熱くなるが、真白は動じることなくニコニコ笑っている。
どうやらあちらの方が耐性は高いようだな。
他の人ならからかわれてもなんとも思わないのだが、この人は別だ。
小さい時から見られてるし。
まあ、真白が嬉しそうならそれでいいんだが、高校生になったばかりで結婚は流石に気が早くないかな?
「じゃあ、私は後で行くから真白をよろしくね、刀夜君」
「ええ、しっかりと守りますよ」
俺たちを元気よく送り出してくれるティネラさん。
これからも彼女にはお世話になりっぱなしだろうな。
いずれは義母になるかもしれない人だし、今からでも親孝行について―――俺も気が早すぎるな。
「じゃあ、いってらっしゃい」
「「行ってきます!」」
真白と並んで挨拶をし、そのまま歩き出す。
高校へは電車通学だから、今のうちに話題でも考えておくか?
――――今までの人生選択に後悔などまるでない。
これからも多くの出来事があるだろうが、既に人生の方針は決まっているしな。
真白のためにではなく、真白と自分のために生きる。
彼女は守られるだけの存在でないと知っているから。
俺だけが守ろうとしているわけでは無いと分かっているから。
だからどんなことがあっても支え合う。
それが俺の、俺たちの人生方針だ。
次回から第二章




