第十話:駆け落ちしたんじゃありません
「刀夜、すぐにでも向こうで儂らと暮らすこともできる」
「無理はしなくていいの。あなたはまだまだ子供なんだから」
両親が事故に会ってから五日が過ぎ、葬儀などが終了した。
俺が忌引きで学校を休むのもあと少しだ。目の前には俺を慰めるように話しかける祖父母。祖父である明槻源六は一本筋通った武人のような人物で、その妻の明槻菫は若いころはさぞ美人だったことが分かるような優し気で上品な老婦人だ。
仲の良かった入り婿と、実の娘を失った自分たちもとてつもない悲しみを背負っているはずなのに、それでなお俺を気にかけてくれるよう優しいな人たちで。
「・・・ありがとう爺ちゃん、婆さん。―――少しだけ考えさせてくれないかな。まだうまく考えられないんだ」
本当はすぐにでも連れて帰りたいのだろう。
現代でも中学生が一人で暮らすなんてそうそうあるものじゃない。
多分、俺に余程の理由が無ければ連れて帰る気なのだろうし。
「・・・分かった」
「ゆっくり考えると良いわ」
本当に欲しいのは考える時間じゃない。
俺の中で既に答えは決まっているから。
だから、俺はある人と話をするために家のドアへ向かった。
「誠さん」
「刀夜君。僕に話があるって何かな? ―――いや、実は僕からも話があるんだけど」
事故があってから誠さんは俺に何か違和感を感じていたようで、何かやらかさないかと会社を休んでまで監視してくれていた。
まあ、真白の慰めと誠さんの監視が無ければ間違いなく俺はいろいろやらかしていただろうしな。
この家族は本当に人に対する観察眼が凄い。
「本当に、俺につきっきりで居てくれてありがとうございます」
「・・・相変わらず自覚があるのが君の怖いところだね。・・・君は今まで何度も、本当に沢山真白を助けてくれたから。僕たちが君を助けるのは当然のことだ。で、だ。刀夜君、君は真白の事をどう思ってる?」
「家族みたいに大切な女の子、守らなきゃいけない存在・・・・・だと思ってました」
だが、今は違う。
彼女が俺に守られるだけの存在では無いということを知ることができたから。
俺が自分の本当の気持ちに気づいたから。
「本当に、子供を守る父親のソレだね。―――でも、今は違うんだ?」
「はい」
今までずっと目を背けてきた。
彼女が幸せになるのであれば相手がどんな存在でもいいと思ってきた。
でも、今は違う。
そんな奴が俺に相談に来たら殴り飛ばす自信がある。
「俺は――――真白が好きです。父親が娘を愛する心境じゃなくて、彼女に隣で笑っててほしい。誰とも分からないような他の男になんて渡したくないです」
「フフフ・・・本人の父親の前でなんて勇気があるね」
「・・・・・俺のこと笑えませんよね、誠さんは。筋金入りの親バカですよ?」
本当に、この人も変わらない。
昔からずっと親バカで、常に娘たちの事を考えている。
そして、それはこれからも変わることは無いんだろう。
この人の親バカは病気ではなくて、天性のものだから、誰であろうとも治せない。
「刀夜君はこれからどうするんだい? 母方の実家に行くっていう話が出てるんだろう?」
「みたいですね。・・・でも、もう決めました。俺の故郷はこの街ですから」
「・・・・そうかい。それは、僕たちも大喜びだね」
この街に残る。
今はそれ以外の選択肢なんて考えられない。
何より、大切な存在がいるから。
ずっと一緒に居るためには、保護者に了解を取って外堀を埋めておくのが常套手段だろう。
「だから、中学生が生意気だとは思うんですけど――――真白さんをください、お義父さん。絶対に幸せにするって約束します」
「・・・・・予想はしてたけど、まさか僕がその言葉を聞く日が来るなんてね」
嬉しいような、悲しいような顔をして微笑む誠さん。
その姿は立派な父親そのものだといえるだろう。
今更ながら、彼の過去が気になるな。
「そういえば誠さんが昔話をしてくれることは少なかったですね。この機会に、いいですか?」
いろいろあったとは聞いているし、ずっと興味はあった。
でも、今までは聞くのが憚れるような感じだったし、子供が聞くようなことでは無いと思っていた。
「・・・・・えっと」
「駆け落ちですか? 俺の中ではそれが定説なんですけど」
「・・・君って子は。・・・・・いや、駆け落ちじゃないよ。ちゃんと、どちらの親にも了解を取って結婚した」
・・・違うんだ。
ティネラさんは明らかに日本人的な特徴を持っていなかったけど、日本語が凄く流暢だったのが印象に残っている。
少なくとも、長い間日本にいたことは確かだ。
なら、どうやって出会ったのだろうか。
「知らないと思うけど―――いや、もしかしたら君は知ってるのかな。『白峰グループ』って分かるかい?」
「ええ、もちろん知ってますよ。・・・え、マジですか?」
「・・・・・やっぱり知ってるんだね。・・・マジマジ」
白峰グループは日本でも五指に入る複合企業だ。
何故知ってるって、前世の俺はそこの会社の一つで働いてたし。
というか名前――――あ、御曹司の方でしたか。
名刺持ってないですけど大丈夫です?
「・・・誠さんって兄弟居ないって言ってましたよね?」
「・・・・・・いないね。従妹とかも」
コレ、アカンやつや。
この人間違いなく跡取り息子とかそんなポジションだったでしょ。
どうやって脱走してきたのだろうか。
今からでも送り届ければ賞金出ないかな?
「誠さん、悪いことは言わないので―――」
「違うから! 駆け落ちしてきたわけじゃないってさっき言ったよね?」
「じゃあ、どうして地方で会社員を? 白峰の本社ビルって都心の方でしたよね?」
「・・・・・親父と賭けをしたんだよ。ティネラの両親は味方をしてくれていたしね」
賭けも駆け落ちも親に同意をもらえてないなら、大して変わらないじゃないですか?
―――どんな過去だよ。
まあ、賭けとかはともかく気になることが増えた。
誠さんが大企業の御曹司だったということは、そんな人と出会う機会があったティネラさんも・・・・・。
「社交界とかそんな感じで出会ったんですか?」
「・・・一目ぼれです。ドレス姿が女神の様で―――」
さすがイケメンは格が違った。
自分の嫁さんがどれだけ綺麗だったかを力説するのは良いんだが、話が逸れてますよ?
「で、賭けって何ですか? ここにいるってことは勝ったってことで良いんですよね?」
「・・・いや、僕が親父相手で勝ったことは無いからね。ギリギリで引き分けまで食い下がったんだ」
まあ、海千山千の大企業の重役・・・多分社長だろうしな。
英才教育を受けたであろうイケメン御曹司でも難しかったのだろう。
引き分けに持ち込めただけでも凄いのではないだろうか。
でも、引き分けということは結局どうなったのだろう。
「落としどころは?」
「僕とティネラが結婚して自由に暮らすことを認める。だけど、生まれてきた子供に会社を受け継ぐだけの素質がある場合は後継者にする・・・・・と」
「・・・素質、ありまくりじゃないです?」
「うん」
うんじゃないが。
真白も、恵那ちゃんも人を見る観察眼が人より圧倒的に優れているし、何より多くの人を引き付ける何かを持っている。
いつ頃から後継者としての勉強をするのかは知らないが―――もしかしてもう始まってたり?
「―――誠さん?」
「既に真白が後継者に決定している。そのための勉強はもうしてるし、大学からはそれを専門にしたところに行くだろうね」
「高校は?」
「育成ノウハウが完璧に決められてるからね。高校までは自由なんだよ。真白もそれは了承してる」
思っていたよりも外堀埋まってた。
俺は外部からの異変には対応できるようにしていたが、そっちの方は守備範囲外だったので気づかなかったのだ。
真白からもそんな話は聞いていなかったし。
「刀夜君。話は戻るんだけど、ここまでの話を聞いてまだ真白を娶るつもりでいるのかい?」
誠さんの言葉には冷たさがある。
それは、彼が今まで乗り越えてきた苦しみや痛みを込めているようで、本当に真白の幸せを願っているようで――――だからこそ、俺の答えは一つだった。
「勿論です。絶対に後悔はさせないことを誓います」
「・・・・・どうするつもりだい?」
「ボディガード兼秘書にでもなりましょうか。これでも成績は良い方なので、これからいくらでも勉強しますよ」
勉強しろというなら今からでもしよう。
強くなれというならもうやってる。
彼女と一緒に居るためならどんなことでも出来ると本気でそう思っているバカなのだ、俺は。
誠さんの顔からは既に冷たさは消えていた。
いつもの柔らかな笑みは俺を信頼してくれているようで――――
「・・・本当に、僕が言うのもなんだけど、君、頭おかしいよね」
「よく言われます」
「僕は、僕たち家族は君の味方になることを誓うよ。でも、親父まではどうすることもできないから。――――あの人は手ごわいよ?」
「出来る限り使える人間だって思わせますよ。人間びっくり箱って言われたこともありますからね」
本当に言われたことがある。
はっきり言って悪口じゃないのか?
まあ、荒唐無稽なことをよくする自覚はあるので反論の余地はないが。
「刀夜君、決めるのは娘だけど君になら任せられると心から思える。僕が言うんだから間違いないよね。真白をよろしく頼むよ」
「親バカの極みですからね。―――絶対に幸せにします」
彼女の父親に絶対の誓いを約束する。
もしかしたら振られてしまうのかもしれないし、それ以前に爺ちゃんたちに連れて帰られるかもしれない。
でも、諦めるつもりなど毛頭ない。
俺は諦めが悪い人間なのだ。
「この街に残りたいです。お願いします!」
「・・・・・」
ここまで来てこの街からいなくなるわけにはいかない。
俺は爺ちゃんを必死に説得するために頭を下げていた。
「刀夜、子供が一人で暮らすことの大変さが本当にわかっているのか?」
「―――知っています。それでもこの街にいたいんです」
「・・・・・この子は本当に・・・あなた?」
婆ちゃんは俺の味方をしてくれるようだが、それでも本当は心配なのだろう、目を少し伏せている。
「そこまでするほど大切な娘なのか?」
「―――はい!」
「耳が痛くなるから大声を出すな。儂の耳はまだまだ聞こえておる」
「ふふっ、本当に頑固な子ですよ。・・・誰に似たんですかね?」
「・・・・・・・・」
間違いなく爺ちゃん―――そして、母さん譲りだ。
この一家は本当に頑固で、強い人たちだから。
勿論婆ちゃんも芯があって強い人だ。
むしろラスボスかもしれない。
「突飛もないことをいうのは修也そっくりだな」
「父さんは俺の目標ですよ」
「・・・もう、いいんじゃないですか? あなた」
「・・・・・仕送りはする。お前は子供なのだから困ったことがあったら連絡を忘れるな。いつでも迎えに行く」
「ありがとうございます!」
本当に、ありがとうございます。
孫に甘い祖父母に心からの感謝をささげて頭を下げる。
流石に中学生で一人暮らしを始めるというのは初めてだが、心配をかけないように連絡はしっかり取ることにしようか。
これで問題は殆ど解決した。
あとは、振られなければいいんだが。




