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前世の記憶をましろで染めて  作者: ブロンズ
第一章:俺と彼女のこれまで
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第九話:まだ親孝行をしていない

 真白誘拐事件から数か月が経った。


 学校側も事件を公にはしたくなかったようで、特に一般生徒にそのことが伝えられることは無かったが、やはり噂が立つのは止められなかったようで暫くの間『誰かが誘拐された』という噂でもちきりとなっていた。

 まあ、冬にはいることにはほとんど鎮静化したので問題ないか。


「刀夜君、僕はスリーカードだけどそっちは?」

「残念、ストレートフラッシュだ」

「・・・イカサマの帝王かよ。というか、まだ予備のカード持ってたのか」

「誰かアイツの制服調査しろー!」


 現在は昼休み。

 男子は工作の時間に作った即席トランプでポーカをしている。


 賭けの対象は缶ジュースという可愛さだが、いくらでも偽造ができる画用紙製のトランプはよろしくない。

 絶対悪用して汚い手を使うやつが出てくるからな。


 ―――まあ、俺なんだが。


「そういえば刀夜? 今日は放課後も遊べるんだろ?」

「ああ、今日はオフの日だからな」

「言い方芸能人かよ」


 水無瀬をポーカーで完全に打ち負かした俺が新たな獲物を探していると、村紗が放課後の予定について話しかけてくる。 


 今日は父さんが有給休暇を取っているようで、母さんと一緒にドライブデートとしゃれこんでいる。

 そういう理由もあって、前々からそのことを友人たちに伝えておいたので遊ぶ約束みたいになっていたわけだ。


「じゃあ、家帰ってから再集合だな。どこ行く?」

「水無瀬居るなら合コン行こうぜー」

「え? 僕はそういうのはちょっと遠慮しておきたいんだけど」

「マセんなガキども。バーで離乳食でも食ってな」

 

 中学生が合コンはおかしいだろ。

 やってる奴らがいるんだったらぜひとも俺も参加させてほしいものだ。


 ―――と、本音が。


「じゃあ、次は俺と水無瀬が・・・と、電話っぽい音なってるけど誰だ?」

「俺は取り上げられてる」

「俺も」

「・・・刀夜君だね。行ってくれば?」


 うちの学校は父兄との連絡用としてなら携帯の持ち込みが許可されている。

 まあ、今ここで話しているメンバー五人の内三人はゲームをやって没収されているが。


 制服のポケットに入っていた携帯を取り出すと、控えめなバイブレーション機能が着信を知らせてくれている。


「じゃあ、ちょっと電話してくるから勝手にやっててくれ」

「おけ。置いてくならジュース貰うぜ?」


 ・・・別に欲しかったわけじゃないからいいだろう。

 携帯をもって廊下に出た後に画面を確認する。かけてきたのは―――誠さん? 随分珍しい。

 まあ、とりあえず出るか。


「はい、もしもし―――どうしたんですか? 誠さんが連絡してくるなんて珍しいですね」

『・・・刀夜君、落ち着いて聞いてほしい』


 なんだ? いつもハキハキと話す誠さんらしくない声量だ。

 携帯だから声がくぐもっているという訳でもないみたいだし。


 ―――なにか、嫌な予感がする。


「いったい・・・・・」

『香奈枝さんと修也が交通事故にあった。今すぐ迎えに行くから学校の校庭で待っててくれ』

「―――――――」


 携帯が手から滑り落ちる。

 だが、今の俺にはそんなことはまるで重要ではなかった。

 いま、誠さんはなんていった? 


 事故? 


 誰が? 


 体が震え、感覚さえもなくなってくるような錯覚に陥る。


「俺は、まだ・・・・・」


 

 そこからの記憶は完全に抜け落ちたようで、何も覚えていない。


 ただ、俺はいつの間にか誠さんの車に乗っていた。


「・・・・・誠さん、どういうことなんですか?」

「僕も連絡を受けただけなんだけどね、居眠り運転のトラックが横から突っ込んできたらしい」


 ―――トラックって。ただでさえ冷静さを欠いている精神状態が一段階暴走に近づく。

 もうまともに体が動かないようにさえ錯覚するほどに


「横から―――・・・あと、どれくらいですか?」

「・・・・・もう少しだ」


 会話が途途切れる。


 運転席か、助手席か。


 どちらかは間違いなくトラックの直撃を受けていることになるわけで、誠さんは両親がどんな状態なのかを知っているのだろう。


 それを俺に言うのをためらっているようだ。







 一瞬とも無限とも感じられるような時間が過ぎ、走って()()()()の前にたどり着いた俺と誠さんはそこで足を止める。


 手術室はドラマのような赤いランプがついており、俺たちは待つしかできない。


「今は修也が手術を受けているらしい」

「・・・・・・・・」

「刀夜君、君は・・・すまない」


 何かを言おうとした誠さんが口をつぐむ。


 ―――手術を受けているのは父さんだけ。


 それだけで、俺は理解していた。

 そして、どれだけ待ったかもわからないような時間の末、ようやく部屋のドアが開いて外科医だと思われる医者が出てきた。


「明槻さんと白峰さんですね?」

「―――はい」

「・・・そうです」

「今回の手術の説明をいたしますのでこちらの部屋へ」


 どうやらドラマのような立ち話ではなく座って手術などの話をするようで、近くにある一室に案内される。


 だが、その空気は重々しいもので、とてもいい知らせには思えない。




「残念ながら明槻修也さんは――――」


 手術の説明やどのような手を尽くしたかの説明、それらすべてを聞きながらも医者の言う言葉がすべて言い訳にしか聞こえなかった。

 神妙な表情で言葉を紡ぐその顔が俺を嘲笑っているようにしか見えなかった。

 俺は、どこまでひねくれているんだろうな。


「母は、どのように亡くなったのですか?」

「・・・即死に近い状態でした」


 母さんは手術すらなかった。

 いつも助手席に座っていた母さんはそのままトラックに潰されたのだろう。


 神とやらが本当に存在するのであれば、どうしてこんなことをするのだろうか。

 今生こそ、両親に親孝行ができると思っていた。


 俺が記憶をもって生まれてきた理由はそのためだと思っていた。


 なのに――――なぜこんなことになるのだ。


「・・・刀夜君」

「誠さん・・・俺、まだ・・・・・まだ親孝行をしていない」


 ようやく紡ぎだした一言は二度と叶わないであろう願い。

 生まれた時にはすでに考えていた俺の最初の願いは―――当たり前の日常の中で、たった一回の事故で永遠に達成できないものになった。


 部屋から出て誠さんが外科医に挨拶をしている間、俺は一言も言葉を発さなかった。


 勿論これからの事なんて考えてもいない。


 俺の頭の中はあることで一杯だった。


「刀夜君、もう既に連絡は行っているはずだけど、君からもお爺さんに連絡をしてあげた方がいいんじゃないかな」

「・・・・・はい」


 爺ちゃんに電話して何を話せばいいのだろうか。

 婆さんになんて伝えればいのだろうか。

 考えれば考えるほど何もわからなくなる。


 電話をかけると、数コールもしないうちに電話がつながった。


『刀夜か。大丈夫か?――――変な気を起こすでないぞ?』

「・・・・・ハハッ・・・爺ちゃんは、俺が何か変なことをすると思ってるのか?」


 あたり。


 今の俺の脳みそは復讐という言葉でいっぱいだ。


 ―――居眠り運転、その一言だけで殺す理由になると思わないか?


 俺がおかしいのか?


「・・・刀夜、儂と(すみれ)もすぐそっちに向かう。だから待っておれ」

「・・・・・」


 通話越しでも俺が何を考えてるのか分かるなんて、もしかしてエスパーなんじゃないのかな。

 もしそうなら、呪い殺したりすることは出来ないのかな。


『刀夜』

「・・・・・爺ちゃん。俺、だれに親孝行したらいいんだ? これから誰におはようって言えばいいんだ?」

『・・・すぐにそちらに行く』


 転生しようが、元がただの人間だ。

 別れを何とも思わないような人間にはなるはずがないし、ましてやこの世で最も大切だと思っていた人たちが突然いなくなって平然としていられるずなんてない。


 結局のところ、俺は右も左も分からないただのガキなのだ。

 通話が終わり、俺は制服のポケットに携帯をしまう。


「帰ろう、刀夜君。今日はうちで夕食を食べていくといい」

「・・・ありがとうございます」


 帰る。自宅に帰っても、もう二度と俺にお帰りと言ってくれる母親は居ない。

 ただいまと声をかけけくれる父親もいない。


 俺は、何のために家に帰るんだろうな。




―――――――――――――――――――――――――




「刀夜君、入ってもいいかな?」

「・・・・・・・・」


 白峰家の一室を借りて寝支度をしていた俺のところに真白がやってきた。

 返事が無い部屋にそのまま入ってきた彼女は可愛らしいピンクのパジャマをしているが、今はそれに声をかける気にはならない。


 俺は振り向いていた顔を戻して彼女から視線を背ける。


「・・・刀夜君」

「ゴメン、真白。今は一人にしてくれるかな」

「・・・・・やだ」


 やだ・・・か。


 幼稚園生だった頃ならともかく、小学生時代からは一度も聞かなかった覚えすらある言葉だ。

 思えば、本当に長い間一緒に居るんだよな。


 帰ってくれば父さんと母さんがいて、偶に隣の真白や恵那ちゃん、誠さんとティネラさんが一緒に騒いで。


 もう二度と戻ってこない日常だ。


「その言葉、久しぶりに――――」


 背中に感じたのは彼女の温もり。

 少しだけ震えていることが分かる彼女は後ろから俺を抱きしめていた。


 でも、こんなことで俺が安らぐと思っているのだろうか。

 

「・・・すまないけど、もう寝るから―――」

「やだ!」

「・・・・・・・・」


 ただでさえ真白が言わないような言葉、それが強い語気を伴って現れた。

 なんで今日の真白はこんなにも頑固なのだろうか。


 いつもの彼女とはまるで別人だ。


「いま放っておいたら刀夜君がいなくなっちゃう。ここにいるのにどこか遠い所に行っちゃう」

「―――さい」


 聞きたくない。

 

 今だけは誰の言葉であろうとも聞きたくない。


 夜は、今まで忘れていたこと、忘れようとしていたことが一気に押し寄せてくるから。

 だから早く夢に逃げたかった。

 何も考えなくていい世界に逃げたかった。


「私が刀夜君を―――」

「うるさい! なら! 君も大切な人・・・を・・・」

 

 すぐに正気に返って自身の口を閉ざす。


 俺は今何を言おうとした? 

 真白に向かって何を言おうとしたのだ? 

 家族のような存在、大切な女の子だと幼稚園の頃に母さんに話した、そんな女の子に俺はなにをぶつけようとした?


「・・・ゴメン。でも、いま優しくしないでくれ。君に当たりたくない」


 優しくされるのは怖いから。

 依存してしまえば別れが辛くなるから。

 優しい幼馴染を・・・・・いや、自分自身が傷つかないように、彼女を拒絶する言葉を紡ぐ。


「・・・・・・・・」


 それでも、頑なに彼女は離れようとしない。

 何がそうさせるのかは分からないし、どうしてそこまでするのかも分からない。ただ、何かがこみあげてくるのを必死に抑える。


「刀夜君は一人で頑張り過ぎだから。辛い時は誰かに頼っていいんだよ?」

「なら―――なら、君に何が出来るんだ?」

「・・・・・刀夜君のこれまでの悲しみもぜんぶ、全部受け止める。これからの悲しみも一緒に背負いたいから。私は絶対に刀夜君の味方だから」


 意味が分からない。

 果たしてそれは会話になっているのか?

 

 俺がそうであるように彼女も感情的になっているのか分からないが、絶対の味方なんてものがこの世に存在すると本気で思っているのだろうか。


 ・・・・・なのに


「・・・・はは・・・よく、分からないな」


 彼女は俺に前世の記憶があることなど知らない。

 たった十代前半の少女がその三倍は生きた男の悲しみを全て受け止める? 何をバカなことを言っているんだろうか。

 そんなことができるはずない。

 なのに・・・・・なのに何故か涙が流れる。


 彼女が本当にすべてを受け入れてくれるような気さえして、全てを許してくれそうな気さえして、物心ついてからは一度も泣いたことなどなかった俺が声を出して泣いた。


「刀夜君は今まで沢山私の事を助けてくれたんだもん。私だって、刀夜君が悲しい時は助けてあげたいよ」

「君が俺を守る?」


 例えばどのようにだろうか。

 彼女は勉強は学年でもトップクラスだが、運動は平均より少し上といった程度だ。

 そんな彼女が俺の事を守る? 

 まるで想像ができないし、理解不能だ。 


「おかしいかな。確かに運動は得意ってほどじゃないけど、皆の相談にはよく乗るんだよ?」

「・・・・・そうなんだ」


 俺でも知らないことはたくさんある。

 転生したところで女性になったわけじゃないから、女の強さというものを自分で経験したわけじゃない。

 でも、少しだけわかってきたことがある。


 俺は、今まで勘違いをしていたんじゃないだろうか、と


「本当に、守ってくれるの?」

「守るよ。―――絶対の味方だもん」

「・・・・・・・・・・大好きだったんだ。・・・・本当に、大切な人たちだったんだ」


 一度も彼女に泣き言を話したことは無かった。

 そんな俺が子供のように泣きじゃくって―――真白はただ何も言わずに抱きしめてくれる。


 今まで俺は自分だけが守っているのだと、守ろうとしているのだと思っていた。

 でも本当は俺が彼女の事を守ると思っていたように、彼女もまた俺の事を―――俺の心を守ろうとしてくれていたのではないだろうか。


 後ろから回された柔らかい手に自分の手を重ねながら深呼吸をする。

 今なら、少しだけ落ち着くことができるかもしれない。


 ―――だから、もう少しだけ


「・・・・ましろ・・・もう少しだけ泣いてもいいかい? もう、絶対に・・・」

「いつでも泣いていいんだよ? 私は強くてかっこいい刀夜君も、優しくて弱い刀夜君も全部受け入れるから」

「・・・・・ありがとう」



 だからこそ、もう泣かない。


 今までずっと一緒に居た。

 父さんも、母さんも、皆が祝福してくれた。

 守ってあげろと、幸せにしてあげるんだよと、俺にいつも話していた。


 本当に君がこれからもずっと一緒に居てくれるなら、隣で笑ってくれるなら、いずれは・・・。


 この胸の穴は簡単には塞がらないだろうけど・・・もう俺は泣かないことを自分自身に誓った。


 だから、今は、今だけはもう少しだけ―――――

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