【番外編➀】 子育てって、大変ですよ
「おいグスタ、カイウスがはなし、が……」
その日の出来事は、グスターク以外の記憶にびっしりと刻まれることとなった
カイウス、エディが頼みごとをしにリンディハイム家に訪れていた日のこと
応接室にて待機していたカイウス、エディ、護衛達やルーシス達
そんな面々の耳に
『なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!』
リヴァストの絶叫が届いたのだった
ハディレイは慌ててグスタークの部屋へ駈けて行ったが、ものの数分で帰ってきた
『る、ルーシス……』
ハディレイは困惑気味に廊下を眺めつつルーシスに声をかける
ルーシスも困惑気味に首を傾げる
「は、はい?」
『…………まだサーシャの服は残っているか?大体二歳くらいの』
「ある、にはあると思いますよ」
『準備しろ!』
「はっはいッ、ただいま!」
『ハァァァディィィィィ!戻ってこい俺を一人にするなァァァ!』
『うるせぇぇぇ!』
いや、二人ともうるさい、と思った
ハディレイはうるせえ!と言いつつもリヴァストに言われるまま声の方へ走っていく
この場にヘルミーナが居たら躊躇いなく同じように部屋へ行ったことだろうが、その日は長期遠征でそもそも国にはいなかった
暫くして何か必要なものがあったのかハディレイが戻ってきてガサゴソ何かを漁っていた
『ハディレイ!』
『ぅー?』
リヴァストの腕から抜け出そうと小さな何かが腕の中で動いている
『連れてくんな!』
それに対してハディレイは怒鳴る
怒鳴られて怯えるかと思われたが、そんな事はなくて手を伸ばしてハディレイを掴もうとしている
ただ、その身体の大きさにしては………人語を全く話さないのが気になるほど、それは小さな子供だった
『てめぇが一人にしたんだろうが!』
『そんなグスタと一緒にいたら魔法の暴発に巻き込まれる!丁度頻発してた歳だろ!』
などと言いつつ下から人形に見えなくもない木を振ってご機嫌取りをしているあたり、子供、グスタークの扱いに関しては甘いらしい
そう、なぜか、小さなグスタークがそこにいた
幹を伸ばして個体を作ったのか、と思いきや、そうでもないらしい
『だからだよ!』
『質ワリィんじゃボケ!』
「あらあらまあまあ!グスタったらワザと小さくなってるの?可愛い歳に戻りたいなんて甘えん坊ねぇ」
母であるに抱き上げられたグスタークは暫く呆けていたが、その腕がリヴァストじゃないとわかると、途端に瞳を潤ませる
『ふぇ……』
「あらら?えっ、と」
『記憶はねえ、だから、返せ、泣くぞ覚えてるだろこの歳のグスタのことは……』
「……はい」
グスタークはぶるぶる震えながら今にも決壊しそうな瞳を、リヴァストはビクッと身体を震わせて……
『………おーしおし!グスタなくな男の子が簡単に泣くんじゃねえぞ!ほらリヴィスタ《リヴァスト》〜』
駄目だこれは!と慌てながら背中をさすったり頭を撫でたりしながらグスタークをあやす
人間不信も若干あったので仕方がないのだが、相変わらずこの顔は心臓に悪い
己の名を精霊や聖獣の言葉に直して言うとグスタークは嬉しそうに……
『きゃぁぁぁっ』
ぼん!とリヴァストの顔面に爆裂魔法が炸裂する
機嫌は急上昇して嬉しそうな声を上げたグスターク
機嫌が良く、笑っているとどうしても幼い頃は魔力操作が下手くそだったので暴発していた
『ああ、これ、懐かしいわぁ……うんうん、今ほど魔力操作得意じゃなかった………って!お前そこまで戻らんでも!』
『良かった、リヴァストで』
ハディレイの本音がボソッと漏れた
自分だったらキレてると思う、とハディレイは本当に思った
結構短気なのだ
『てめえ、張り倒すぞ』
はあ、と髪を掻き上げる黒髪金眼青年に、暫く誰もが固まっていた
傷一つない美しい顔のままである
『無傷イケメンかよ!』
リヴァストのイケメン補正壊れろ!と、十分イケメンなハディレイが怒っている
ルーシスはイケメンがイケメンにキレてらぁ、となんとも言えない顔をしている
『あ?防御魔法舐めるなよ』
『舐めてねえよ!くそ、焦げたお前を見たかったのに』
『り、りびー』
『はいはい、ノイド達が泣くから人見知り時期から少し成長してくれよぉ……おいハディレイ、ヴィスティ呼んでこい、湯浴みさせる』
『ヴィスティなら今シャーリィと旅行してるはずだけど呼び戻すのか?』
ヴェスティとシャーリィは、ヴェスティがリヴァストの執事的な存在の魔獣で、シャーリィがハディレイのメイド的な存在の魔獣だ
何故か側近二人は仲良しだし愛し合っている
一度邪魔をしようとした二人がグスタークに血祭りに挙げられる寸前までボコボコにされた事があるのて、以来邪魔はしようとは思わない
死にたくはないのだから
『…………じゃあ俺がまた風呂入れるのかよ!』
『頑張れパパ!』
『誰がパパだ!』
誰もが思っても口にしなかったことを……とカイウス、エディ、ルーシスが心の中で言っている
多分、ノイドよりも父親っぽいことはしている
たまに逆転する割に、大樹の王となってからのグスタークはリヴァストに幼い面ばかり見せている
だから最近は余計に父親に見えてくるのだ
そんな感じで、二人が言い合いをしていると……
『ぱ、ぱぁ?ぱっ、ぱぁっ』
手を伸ばしてリヴァストに満面の笑みでパパと呼ぶグスターク
リヴァストはしばらく色々頭の中で思考を巡らせたらしいが……
『そうです俺がパパです、偉いなぁグスタ』
あっさり認めた
ハディレイはうげぇ、というような顔をしてリヴァストから距離を取る
『うわ、きめぇ……』
『うるせぇよ』
『ぅぁぅーっ』
嬉しそうにリヴァストにぎゅうぎゅう抱きつくグスターク
リヴァストは立派に育ててやるからな、と涙ぐんで言う
いや、もう本当は育ってんのに………と、ハディレイはどんどん距離を開けていく
そんな中……
「わ、私が父なのですが」
ノイドは悲しそうに手を上げた
そうだ、本当の父親はノイドだ
『あ』
ハディレイは何とも言えない顔をノイドに向ける
『…ノイド、風呂一緒に入れるか?こいつ、風呂には入るけど自分では出来んからな、あの頃みたいに暴れるかもだから一緒に入れるぞ、臭いが気になるとか今は言って渋々入るけど……』
そう、今は事情があれば渋々入るが、幼い頃は大の風呂嫌いで、入る入らないの押し問答、入らないと泣いて暴れることも多々あった
びーびー泣いて、風呂に入れることには成功するが翌日、その反動で高熱を出すという悪循環
ノイドはあったなそんなこと、と遠い目をした
だが、それでも、幼いわが子を久しぶり見たというのもあってテンションが上がっているらしい
「!はい!」
「服はありましたが…………って!えっちっ、え!?」
戻ってきたルーシスには理解するのが難しい状況だった
まず、自分の弟のような小さな何かがいる
そして、父と母がやたらと嬉しそうに何かを突いている
何かは二人に突かれているが困惑している
『ぅ、ぅ?』
『そういえば、この頃は人の言葉がわからなくてまだ人語練習だから、言葉理解してても話せない頃だな』
『理解するだけマシじゃないの』
突然やって来たアレクに、リヴァストは慌てて顔を上げる
『??』
グスタークは首を傾げて誰?という疑問を顔に表している
そう、この幼い頃のグスタークには、アレクとの記憶は微塵もない
この歳では出会っていなかったから
『アレク………グスタークはお前のこと知らねえからなまだ』
『はっ!』
『だからここにいろ』
アレクは悲しみのあまりハディレイに抱きついてうわぁぁん!と泣きわめく
巻き込まれたハディレイはいやぁぁぁ!と叫んでいてなんと可哀想なことか……
「ぐ、グスタ、グスターク!?」
ルーシスはようやく思考を戻らせて慌てて自分の弟に駆け寄る
『ルーシス、弟だぞちゃんと』
『ぅーぃしゅ』
指を指してルーシスを見つめるグスターク
ちんまりした弟の手を優しく自身の手で包むルーシスは、未だに困惑しているのか、グスタークとリヴァストに視線が行ったり来たりととても忙しい
『……そうだな、ルーシスだ、こっちはノイドだ、ノイド、言えるか?』
『ょぃょ?』
よいよ!と再度口に出したグスタークに対して、リヴァストは苦笑しながら身体を揺らして話しかける
『器用だねお前』
『リヴァストって、今もそうだけど、グスタのこと何歳児と思ってんの?』
『うるせえかわいいもんに可愛い言って何が悪い』
真顔で言い放つリヴァストにハディレイはアレクを引っ付けながら震える
もはや引き剥がす気は無いらしい
多分、アレク然り、グスターク然り……独り占めしたい願望がなかったのはハディレイとリヴァスト位だろうから素直に引っ付いているのかもしれない
『えー……素直……あ、でもこの頃って言ったら、ほら、ウィルナスと遊ぶの大好きじゃなかった?ほら、ぶらぶらしてもらうの、呼んでみたら?』
『あー、あんな奴なのに子供の扱いうまいもんな』
脳筋なのにな、とアレク含めて三人でははは、と乾いた笑いを漏らす
いつも戦うか!なんて聞いてくるのに、何故子供の扱いはうまいのか……
『うぃゆー?』
『そういえば、この頃って、ウィルナスが言えなくて、それの影響で最近までうぃゆ呼びしてたっけか』
「そうなんですねぇ……」
ノイドは執事達と話していたのを終えて言葉を挟んでくる
『ノイド、風呂は使えるか?』
「はい、先程伝えました、すぐに使えるとの事です」
『そういうわけだ、カイウス、エディ、話は後日にしてくれ』
そういえばそうでした!とノイド、ルーシスは慌ててその二人の方へ視線を向ける
元々要件があって屋敷を訪れていた二人を完全に忘れていた
「あの!」
エディは立ち上がって声を上げる
『あ?』
「我々も、湯浴みしているグスターク様、見ていても?」
カイウスはエディの言葉を代弁して話す
『ああ、それと、今のグスタは様付けられるの嫌いだから、言うなよ』
「あ!そ、そうですよね!」
それから、テキパキとこなして、グスタークは大きめの、入れるくらいの桶に温かい湯をためたそれに入れられて最初は元気にはしゃいでいた……
珍しく嫌がらなかったのだ
そして、数分後の事……
『グスタ、温いか?』
「ね、寝ていませんか?半分」
気がつくと、安心しきっているのかすやすやと桶の中で寝息を立てていた
座らせていたが、流石に危ないので支えるためにもゆっくり抱き上げて肩までつける
それでも起きないあたり、急にスイッチが切れたようで少し不安になった
『珍しいな、風呂嫌いだからこんな事滅多になかったが』
『と、いうか……これ、ヘルミーナ凄く嘆きそう』
『やめろ、思い出すな、ミーナは面倒くさそうだから言うなよ』
「……グスタ、溺れちゃうぞ寝てたら」
ハディレイが小突く
それに目を開けて首を傾げるグスターク
リヴァストは起こすなよお前、と言いたいが、事実なので黙る
子供って何故寝れそうにない場所でも寝るのか
『ぅー……と、と』
「んー?」
『と、と、ぉーょ……』
「そうか……」
ノイドは我慢しなくてもいいんだぞ、とグスタークの頭を撫でる
ノイドの服の裾を持って支えられながらも桶から出ようとする
『おーよ?』
「昔、リヴァスト様たちがいらっしゃらない日だったのか、私と妻の部屋に来たグスタが、絵本を読んでほしいと来たので、でも途中で半分寝てしまいそうになっていて、私が指摘したら起きている、という意味でよく話していました」
そもそもリヴァスト達がいるとノイド達には近付かないので、今なら何故寄ってこなかったのか、一人で寝られたのかは察せられる
勿論、リヴァスト達がいる日はリヴァスト達が寝かしつけていたし、朝まで一緒に寝て、そしてグスタークの元気な飛び回りの被害を受けて朝だと実感する面々
ただ、ウィルナスやルシュテーカは危機回避能力がすごくて、グスタークが起きるよりも先に起きて、起きたグスタークの整髪やら着替えをしたりと、飛び回り被害は無かった
リヴァストも装備はたまにあれど、まだ4時なのに起きて飛び跳ねるグスタークには一苦労させられたものだ
ノイドと寝た日の翌朝は大人しいのに……
『だから分かんだなぁ』
「はい、息子が、あまり懐いていないと思っていましたけど、そういう時はちゃんと甘えてくれて嬉しかったものです」
『グスタ、なんで優しい親がいるのに人見知りなんだよお前……』
「グスターク、起きないと」
頑張って様を付けないようにしているカイウスは言いづらそうに、うとうとしているグスタークに話しかける
むちむちしている子供の身体に触れると、どうしようもなく子供が欲しくなる
「はぁ……それでも、競い合った、というか、競えてたかもわからんが、あの頃くらいの大きさなら、嬉しかったな」
『ほぼ成長しとるがなそれ』
「あはは、まあ確かに………でも、やはりグスターク様は……あの当時のグスターク様みたいに破天荒であって欲しいですね」
破天荒とは、と誰もが思うけど、確かにグスタークはどこか破天荒なときがあるので、確かに、と頷くものも出てくる
『破天荒?』
「…………急に、商業ギルドで………それ市場ならもっと安かったのに、とさらっと値切ったあたりがもう凄かったよな」
商業ギルド長に直で、と言うと、絶句した
そして、カイウスとエディは、何となくそれでも思い当たる節はあった
「ああ、もう、前王様も驚いていたよ」
『こいつ、外で生きたりしてたからその辺はちゃんとしてるからな』
ただ、時と場合と場所と相手を選んで交渉(強制値下げ)して欲しい
まあ、その値下げだって、妥当な額にさせただけだが
あまりにも高額すぎたので指摘しただけだ
『………』
「寝ましたね」
『寝たな……まあ、十分温もったか、出るかグスタ』
大きな桶に溜められた湯から上げられても起きることなくリヴァストに抱えられて、ふわふわしたタオルに包まれたグスターク
数人がほわ、と顔を緩ませてすやすや眠るグスタークを見守る
テキパキと拭いていくノイド、服を準備するカイウスとエディ、その間もグスタークを寝かしつけているリヴァスト
父達と兄達が動いているのにこんな感じだ
『ぅ~……』
『ちっちぇなぁグスタ』
『おい、呼んだか?』
ウィルナスがやって来ると、全員がため息をつく
『おっせえ……寝たわグスタ』
『なんだ、寝たのか』
『ぐずってもあれだからな、面倒任せられるか?一応どれくらいで戻るか調べるつもりだ』
『わかった』
ウィルナスがグスタークを抱えて寝かしつける
寝心地が悪かったのかずっと寄っていたグスタークの眉は、ウィルナスが抱えたことによって穏やかになった
流石、とリヴァスト、ハディレイと、見守る者たちは思った
ウィルナスは、普段は脳筋だが、自分よりも小さくて弱い存在にはとても優しかった
多分、子供の扱いならこの中で一番うまい
「服着ましょうね、グスターク様」
テキパキと着せられたグスタークはぐずることもなく眠り続けた
応接室に戻ったあとも、書類仕事をこなしたりと、各々の仕事をしつつ、グスタークの眠りを妨げたりはしなかった
ただ、人の声を聞いているのは好きなのか、誰かが話していると眠ってはいるが身じろぎして口元がもにゅもにゅと動いて、話そうとしているのか?と誰もがほのぼのとしていた
そんな中、グスタークを抱えていたウィルナスも、器用に抱えたまま寝こけていた
そんな姿は初めて見たのでリヴァストもハディレイもアレクもとても驚いた
そして、それから数日がたったある日の夕方、グスタークは静かに元の姿に戻った
全員が残念に思いつつも、ほっと息を吐いた
『戻ったな』
『ああ、ちょっと構ってほしくて退行したのかね』
『構ってほしいなら言えば構ってやるのに』
『子供の頃にやり残したことがしたかったんじゃね?ノイド達と仲良くするとかさ』
『ああ、かもな』
穏やかに寝息を立てるグスタークと、その横で丁度寝かしつけていた両親に、母親に抱きつくようにして眠るグスタークが居た
可哀想だと言う事で、ノイドも引き離そうとはせずに起きるまで待とうと全員の意見が一致した
「ノイド様!グスターク様はおられま……え、なんです?この空気」
「……ヘルミーナ嬢……グスタークは今寝ておりましてね」
静かにしてあげてくれると……とノイドは静かにヘルミーナへ返す
ヘルミーナはごめんなさい、と口を噤む
『タイミングわりぃなぁ』
「え?え?」
結果、ヘルミーナ達のパーティーが、幼児になったグスタークを見ることは無かった
「何かあったかと思って帰ってきたのに!」
『カンは鋭いなこいつ』
カンだけな、間に合ってないけどな、とリヴァスト、ハディレイは話す
その後、昼過ぎに目を覚したグスタークは何があったかわからず、でも確実に自分のせいで何か事件が起きたことは理解したのか、珍しく床に頭をつけて謝りまくって、しかもパニックになって泣き始めた挙句高熱を出した
そこからまたメンタルを落ち着かせてやるために全員が必死で看病して、落ち着いた頃にはグスタークは何時ものグスタークに戻っていた
子供って大変だな、と全員に思わせたグスタークは、また首を傾げるのだった……
気分転換を兼てでした
グスタークさんは人を困らせたいわけじゃない、天性天然の厄介者です




