#12 下手に突っ込んでも良いことないない
実家に連れ帰られたらまじで地元寒い
「グスタークっ」
走りはせず、それでも、素早く近付いてくる女性にグスタークは会釈をする
「姉上」
姉であるアリス・フォン・リンディハイムは、まったく自宅に帰ってきてくれないグスタークに飛びつく
それに少しむっとしているナタリシアをリヴァストがどうにか宥める
「怪我は?」
「無いですよ、ほら無傷です」
怪我をしそうな場所をある程度見せるグスタークに、アリスはほっと息をついてグスタークを優しく抱きしめ直す
いつも一人で頑張りすぎてしまうグスタークの無事が心底嬉しいのだ
「よかった……それで?陛下には怒られなかった?」
「もはや諦めてましたね」
あの人そんなに厳しくないですし、とグスタークは姉をダンスに誘って踊る
姉と踊るなんて、と思われるだろうが、グスタークは何なら兄のルーシスとも踊っているし、リンディハイム家は基本自由なのだと知られているので気にはならないらしい
グスタークは視線が刺さる方を見て、姉とのダンスを終えると、ナタリシアを手招きする
機嫌が良くなったナタリシアは嬉しそうに美しいシルクのような髪を靡かせながらグスタークの胸元に収まる
「でっしょうねぇ」
「んふっ……あっ明後日から魔道士訓練参加しますんで」
「あら!楽しみだわ」
アリスは魔道士部隊の副隊長になる程の実力で、グスタークも驚く程センスはいい
あのリヴァストも認めている程の腕を持っている
「それにしても、何も魔道士に志願なんてしなくても」
いくら自由が良いといっても、魔道士なんて、いつ命を落としてもおかしくないのだ
グスタークの心配も父の心配も、アルブエストの心配だって相当だ
「いやよ、だってだって!普通に嫁いだら父上の思う壺よっ」
「姉上……」
父の思う壺というのは、結婚で、叔父であるアルブエストに嫁ぐという事になりそうだから
まあ、アルブエストも可哀想だから、と何度も言うのだが、二人共婚期逃してるんだから文句言うな、と言われると二人してぐうの音もでない
アルブエストが結婚しないのは、いつ戦場へ出ないといけないかが解らないからだし、アリスだって、いくらメインは後方支援だからと言っても戦っているのだからいつ戦士してもおかしくない……
それが、二人の結婚しない理由だ
ゆらゆらとナタリシアと踊っていると、その後ろから二人の人物が歩み寄ってくる
「グスターク様、お怪我がなく安心致しました、娘達が無礼を働いたと」
よく見ると、リフィターニャ家のドーファは忙しそうに動いている
そして、ヘルミーナとそのリフィターニャ家当主が目の前に立っていた
「無礼とは?」
「ハーブティーを淹れて頂いたと聞いております」
「別にその程度が無礼にはなりませんから怒らないであげて下さいな」
グスタークはナタリシアを抱き上げて頭を撫でている
別に、自分の趣味を拒絶したりしないんだから無礼というわけでもないのだ
「はっ、慈悲のお言葉感謝致します」
「彼らは立派というか、魔海域にも行けるというのでとても興味があるんですよ」
「なる程、有り難きお言葉、他の者にも伝えておきます」
「はい、それでその娘さんは?」
「今から外回りでして」
気が付くといなくなっていたヘルミーナをグスタークは探すがやはり見当たらない
外にいるのなら探知魔法の使えそうなメンバーに任せようとグスタークは振り返る
「おやまぁ……ハディ、お願い」
『たく……まあ、リヴァストに頼むよりマシか、よいせっ』
そう、ハディレイは兎も角、何故かリヴァストはヘルミーナが嫌いなのだ
理由を問いかけても聞いてくれないし教えてくれないので今はもう聞かないけれど、素直に教えて欲しいのも本心だ
「…そういえば、娘達はとても閣下の淹れてくださったハーブティーとやらを気に入っていた様子でした」
「嗚呼、そのハーブティーの件なんですけれど、そのゼリーを作ったんで……こちらです、無理にとは申しませんが、こちらからロゼマーニ、ラディロット、トゥレーゼの果肉を入れたゼリーです、ロゼマーニはさっぱりとした後味、ラディロットは甘く、トゥレーゼはラディロットよりも甘みが強いので、それに合わせたハーブティーで合わせてジーラで固めたものです」
語りだすと止まらないグスタークをどうにかゴリアテが後ろから止めに入って止まるものの、まだ話したりなそうな顔をしている事にゴリアテは困る
何だかんだで苦労性なのが可哀想だ
「頂いてもよろしいですかな」
「はい、どうぞ」
「グスターク、私も頂きたいわ」
「はい姉上もどうぞ」
グスタークはトゥレーゼのゼリーをアリスに手渡す
アリスは珍しそうにゼリーを眺める
色々手間もかけられているようで、キラキラと輝いていてグスタークはアリスの金の髪に良く似合う、と嬉しそうだ
アクセサリーには物申したいけれど
「トゥレーゼね」
「姉上は甘いものがお好きですからね」
「うんっ美味しいものっ」
「…………よかった」
グスタークはナタリシアにトゥレーゼのゼリーの一番綺麗な物を手渡す
ナタリシアも選んでもらうのがいいのか頷いてそれを食べる
「これはっ、ロゼマーニの渋さとですがそれすらも美味に感じる事のできるハーブ、これは複数の調合ですな」
「流石ですねリフィターニャ卿、ハーブは5種類をブレンドしています」
「なるほど!」
今度特別のブレンドのハーブのブレンドを渡そう!とグスタークは嬉しそうだ
それが面白くないのはリヴァストと、意外にもゴリアテらしい
ゴリアテは紅茶やハーブティーなどのお茶が好きなのもあるんだろうけど
「私このトゥレーゼ好きだわっ」
アリスも気に入ってくれたのか、今度機会があれば試しに自分で作るので教えてほしいと、約束もした
案外甘いものは好きらしい
『おいグスタ、トゥレーゼの挟まってるアレはねぇのか』
「あー……あれは明日のお茶の時間に出す予定だったんだけど、食べたいの?ウィル」
『食う』
トゥレーゼの挟まっているアレ、というのは、クロワッサンの間にクリームや甘味と共にトゥレーゼを細かく切ったものを入れられたお菓子のようなもの
一度作ってからというもの結構好きになったのかウィルナスは何度もそれを作るようにグスタークに頼んでいる
ウィルナスは、言動行動がちょっとアレだが、基本、大きくなりすぎて危うい感じのナタリシアの扱いだ
「そう……帰ってからでも良い?」
『ああ』
「ありがとウィル」
ウィルナスを撫でると、ウィルナスはそっぽを向いて拗ねる
頭を撫でられることは好きだが、何か気に食わないらしい
『ここじゃ暴れらんねぇから寝る』
あー、それか、とグスタークは涙を流しそうになる
なんでだよ、と
「出来たくらいに起こすね」
『おー』
ウィルナスは魔法袋の中に入っていく
色々中へ持ち込んでいるらしい
中へ入って行く姿はちょっとシュールだが、魔獣姿な事もあって可愛くもある
ただ腰近くでやっているのでこそばゆくて困るグスターク……
『グスタ』
色々とわちゃわちゃしている所へ、真剣な顔をしたリヴァストがやって来る
随分と不機嫌そうなのでグスタークがゼリーを渡すと『いや……』と言いつつ受け取ってくれる
受取を渋られることなんてないからグスタークはリヴァストの頭を撫でながらどうしたの?と首を傾げる
「ん?」
『俺らにビビらねえ馬鹿共が来やがった』
リヴァストにとって、グスタークは他の人間とは違う存在だから、あまり下手な事は避けたいのだ
それはハディレイも同じらしく、外を見て機嫌が悪い
いくら聖獣王だの精霊王だのと呼ばれていたとしても、使役外の別の場所からやって来た存在の場合は対応出来ないのだ
「…………でも緊急避難宣言出てないしそれまでは放置で」
『らしくねぇな』
「…ふふっ、面白そうじゃない?」
『……お前』
ゴリアテは目を合わせないように逸らしながら話を聞いている
正直グスタークの機嫌が悪すぎて目を合わせたくないのは人でも精霊でも聖獣でも変わらないのだ
グスタークは機嫌が悪いのを隠して振り返る
「ナタリ、ナタリシア」
『?あまいの……』
「トゥレーゼたっぷりパイはどう?」
『……ふへっ、たべる』
「うん、おいでおいで………」
グスタークはナタリシアを抱き締める
途端にその圧に近くにいたその顔を見た人々の背筋に悪寒が走る
ナタリシアは気にもせずグスタークに甘えている
というか、多分気付いていないんだろう
だって他の精霊、聖獣達は顔を引きつらせているのだ
ナタリシアは鈍いと言う事がわかる
「紅茶とハーブティー、どちらにしましょうお嬢様?」
『!あのねっハーブティーっ』
「そっか、じゃあ、ナタリの好きな味のハーブティー淹れようね」
『うん!やくそくねっ』
グスタークの優しい笑顔だけを見ているナタリシアには、あまり知ってほしくないグスタークの裏の顔を見た貴族達だった……
グスタークさんは怒るまでは長いけど怒ると質が悪い人の部類
怒らせた人は相当のバカ……