第七十五話 『罪業』
【酒呑童子】
毎夜、毎夜、夢に見る。
悪夢が蘇える。
お前に生きる資格はあるのかと、問いかける。
――あの日、わしは、あわてて岩屋に結界を張った。
壱支国中に目の代わりを果たす呪符を放った。
数え切れぬほど放った。
侵攻の理由、編成の様子など探ろうともしなかった。
ひたすら、逃げ道だけを探させた。
にもかかわらず、見たくもない場面が次々に目に飛び込んでくる。
まさに、この世の地獄であった。
抵抗ひとつしない、逃げ惑う母子が串刺しにされた。
歩くこともできぬ赤子が、火の中に投げ込まれた。
床を離れられぬ年寄りが、切り刻まれた。
四百年もの恨み――いや、そうではない。
先兵の多くは出雲か、伯耆国から徴用された者たちであろう。
ならば呪の国、壱支国の怖ろしさは嫌というほど聞き及んでいよう。
奴らも怖ろしいのだ。
年端のいかぬ者とて、思いもよらぬ呪を使うのではないかと。
わしとて怖ろしかった。
囚われたら、どのような目に合うのかと考えるだけで。
――いや、正直に言おう。
それ以上に怖ろしかったのは、おのれの性根に気づいてしまったことだ。
――われら鬼と同様の辛苦を味わうがよい。
心の片隅で、そう考えている、さもしいモノが棲んでいたことに。
*
【酒呑童子】
戦とも呼べぬ虐殺から三日が過ぎた。
その月の明かりの下、道摩に同行して荒覇吐神社に向かった。
わしの呪符で、人の目には映らぬよう姿を消した。
火に焼かれるでもなく、いたるところに屍が積みあがっている。
そもそも、そのような気がないのか。間に合わないのか。
その匂いに足が止まった。
殴られるよりも足蹴にされるよりも、はるかに、わが心に痛手を与えた。
我ら鬼も、戦勝祝いの日に参拝を許される。
正確には参拝とは呼べぬだろう。
境内に入ることは許されず、神社の外の地べたに座らされ叩頭するのみなのだから。
拝殿らしき巨大な建築物は、見るも無残に打ち壊されていた。
壁どころか、床も天井もほとんど残っていない。
神社の近くにある長の邸も同様だった。
大和の者どもが十種神宝を探しているのだ。
見つかるまで探索は続くだろう。
道摩は、四鬼を同行させず岩屋に残した。
まだ、十分な力を手にしていなかった道摩は、四鬼の事を信用していなかったのだ。
十種神宝と鬼の名を記した竹簡は同じ場所にあろう。
道摩の目的は、それらの回収も兼ねていたであろうからだ。
早々に、わしを取り込もうという腹もあったに違いない。
境内には要所要所に警備の兵こそ配置されていたが、もはや抗う者などいないとみて、皆、気が緩んでいた。
眠っているか、世間話に興じているかのどちらかだった。
道摩は先を急いだが、夜目の利くわしの目は、杉の立ち並ぶ斜面の羊歯の中に倒れていた女童の姿を捕らえた。
うっかり見過ごすところだった。
まったく気配がなかったからだ。
肌も唇も渇いた女童からは、かすかにすえた匂いが漂ってきた。
それでも身に着けている衣や髪の長さから、身分の高い者だということは一目でわかった。顔立ちも整っている。
襲われた最中はどこかに隠れていたのだろうが、それにしても奇妙だった。
社が打ち壊されるほどの探索に遭いながら見落とされてきたというのか。
抱き上げようとして、道摩の様子がおかしいことに気がついた。
倒れている女童より遥かに顔色が悪い。
唇は震え、視点があっていない。
崩れかかった体をあわてて支え、その場に座らせた。
女童が無事だった理由は、すぐに判明した。
首からかけた守袋に見覚えのある呪符が入っていたからだ。
わしが書いた、姿を隠す呪札である。
道摩に問いただすと、この女童は、妹の「るり」様だという。
たったそれだけを聞き出すのに往生した。




