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『あさきゆめみし』  作者: 八神 真哉
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第五十一話  『笛』

【陰陽師】


姫が持ち込んだ大きな衣筥の蓋を開けると瘴気があふれ出た。

広がらぬように呪を唱え印を結び、玉の形にして封じ込める。


筥の中で、頭にかぶり物をした十五、六の若者が眠っていた。

身に着けたなにかから瘴気が湧き出ているようだ。

それらもすべて玉の中に封じ込めた。


体を探ると、笛を包んだ袋が二つが出てきた。

二管とも、いかにも風情を持った笛である。


瘴気が流れ出ていたのは一方の笛であった。

笛そのものが瘴気を持っているわけではない。

笛を媒介してどこからか送ってきているのだ。

しかも常に送り込まれているのではなく、一定の間隔をあけているようだ。


姫の身に何もなかったことも、それでうなずける。

瘴気を送り返してやってもよいが、敵対する相手が一人とは限らない。

気づいている事を相手に知られないほうがよいだろう。

呪を唱え、印を結び瘴気を浄化させる。


身舎に戻ると、扇で口元だけを隠した姫が、身を乗り出すように声をかけてきた。

言葉の代わりに笑顔で答える。

姫は顎を引き、目を閉じて嘆息した。


礼を述べる姫に、

「見覚えはありませんか」

と、瘴気が送り込まれていた方の笛を見せる。


「義守が持っていたのですか?」

驚いたようすを見せながらも、嬉しげに声を上げた。

「酒呑童子の笛です」

だが、目の前にいるのが、私であることを思い出したのだろう。

笑顔をひっこめ、気まずそうに沈黙した。


息子たちの顔をつぶしてはまずかろうと、手立てひとつ講じず、様子見に徹していたことを後悔した。


この姫は、それほどまでに追い詰められていたのだ。

鬼の法師に頼ったあげく、今や、主上でさえ目にすることが出来ない神聖なる神器を素性ひとつわからぬ男に持たせようとするほどに。


姫が酒呑童子に好感を持っているのは意外だった。

恐ろし気な容貌の事ばかりではない。

ある分限者によると、その鬼は慇懃な対応はするものの笑顔ひとつ見せず、身内である法師たちにさえ気を許していないように見えたという。


「義守という男が、それを譲り受けたと?」

「酒呑童子は、ずいぶんと義守を気に入っていたように見えました。事情は分かりませんが預けたのではないでしょうか」

だが、その酒呑童子は、都とその周辺で起こっている厄災を、この義守という男の仕業だと断じている。


姫君が考えこみ、そして続けた。

「そういえば、笛のことで訪れた、と、口にしました」

その直後に倒れたという。


姫に、義守という男が倒れた理由に心当たりがありますかと尋ねると、首をふり、ここ数日、調子が悪い、と言っていたという。

酒呑童子や姫と会って以降ということである。

ならば、この笛を預けた理由は明白である。


しかし、あれだけの瘴気を幾度も浴びて、よくも生きていたものだ。

並の者であれば、一刻とかからぬうちに命を落としていただろう。


それにしても奇妙な男である。

吉平が興味を持つのもわかろうというものだ。

見鬼の才を持つ吉平であっても、鬼と断じることができなかったのだ。

かく言う私でさえ見誤りかねなかった。


都やその周辺で起こっている怪異や干ばつ、疫病。

それらは、鬼である酒呑童子の呪詛によるものだと言う噂が広がりつつあった。

酒呑童子が、それを打ち消すために、この男の命を奪い、罪をかぶせようとしている――そのように推測することもできる。


その鬼、酒呑童子は、私が倒れ、床についた二年ほど前に突然、山城国に姿を現わした。

陰陽寮では、呪術の盛んだった壱支国の鬼の生き残りではないか、という噂がたったらしい。


出世欲に目が眩んだ小役人が、国司を唆し、国一つを滅ぼした――その二か月ほど後のことだったからだ。


かの国で生き残ったのは百人にも満たず、おなごと童は奴隷として売り払われたと聞く。

壱支国の者ならば、怒りが天を衝くほどに恨みは深かろう。


だが、かの国は、鬼を奴隷としていた。

そのような扱いを受けてきた鬼が、この国に恨みを晴らそうとするだろうか。

ならば、おのれの力を誇示し、寄進を受け、贅沢な暮らしをしたいがためか。


――それにしても、それほどの法力を持った鬼が、これまで一体どこに隠れていたものか。

わたしの掴んでいた壱支国の法師の中に酒呑童子の名前はない。

かつて壱支国に、わが息子たちに匹敵するであろう力を持った法師がいたが、その男も十年以上前に、この世を去った。


むろん、わたしの情報や占いとて万能ではない。

定まったように見える運命とて、目の前の蝶が、はばたくだけで一転してしまうこともある。


――厄介なことになったものだと、ため息をつく。

先日、主上より、出仕するようにと使いがあった。

ありがたいことではあるが、何事も若い頃のようにはいかなくなった。

体調はすぐれぬが、それでも重い腰を上げねばなるまい。


まず調べねばならぬのは壱支国を攻め滅ぼし、その功で殿上人となった、かつて国司だった男のことだ。

その邸が火事になったと聞いている。

が、果たしてこれは偶然なのか。


何年かおきに、朝廷から壱支国征伐の時期を占うよう下知があった。

その都度、時期尚早と上申してきた。


征伐が延期され続けてきたのは、私の占いが尊重されたこともあろう。

だが、それだけではない。

かつて河原の砂をすくうだけで容易く採れたと言われる砂金が底をついていたからだ。

近年は、落盤の頻発する鉱山で奴隷の鬼を働かせて、ようやくかつての千分の一だという。


とは言え、荒覇吐ほどの術者を生み出した国だ。

個人的な興味もあり、幾度か式札も飛ばしている。

すでに、かの国に十種神宝を発動させるほどの力を持った者は存在しなかった。


荒覇吐が別格だったのだ。

その伝説にしがみついているだけである。


放置していても脅威には当たらない。

十種神宝のほかにも荒覇吐が鍛えたという呪具があり、長や十二大師の法力を増幅させているが、それを使ってようやく陰陽寮の者たちと同等というところであろう。


しかも、壱支国は遠からず瓦解する――私の占いではそのように出ていた。


ならば、待てばよい。

わざわざ戦を起こし、多くの命を失うほど馬鹿げたことはない。

あの時、倒れていなければ、どのような手段を用いてでも、征伐など中止させたものを。


酒呑童子の出自はともかく、その法力は確かであろう。

内所の豊かな貴族や豪族が列をなして訪れているからではない。

陰陽寮の者たちが式札を飛ばして酒呑童子の身辺を調べようとしても、札が返ってこないか、結界に阻まれて近づくことができなかったと聞くからだ。


その事実だけで侮れぬ相手だということがわかる。

ならば、老骨に鞭打ってでも、でしゃばるほかあるまいと決断した矢先のことである。


それにしても、見事な笛である。

しかるべきところに収まっていたと聞かされても疑うものはおるまい。

姫は酒呑童子に好感を持っているようだが、状況から見れば悪意があったとしか思えない。


なぜなら、主上は笛の名手である。

この若い男は、とばっちりを受けたのだ。


姫は、酒呑童子が検校を務める神宮寺を訪れる前に、牛車や衣に加え、従者たちも地下の役人に借りたという。

加えて当日、先乗りさせての祈祷依頼であったと言うから、さすがに姫の身分まで把握はしておらぬだろうと思っていた。


が、これほどの笛を意図もなく手放すとは思えない。

ならば知っていたのだ。


義守とやらを言いくるめ、姫君の手から主上に渡ることを計画していたのだろう。

だが、もし、姫君の言う通り、酒呑童子に悪意がなかったとしたら話は複雑である。


一条戻り橋には式神を置いて見張らせている。

蝶に姿を変えた式神が、姫君の乗る牛車の屋根に式札が貼りついているのを見つけた。

吉平のものでは無かった。


その札が帰るのを待ち、後をつけ、放った相手を特定することも考えたが、姫君の立ち寄り先を知られぬことを優先した。

式神を鳥の姿に変え、つつき破らせた。


吉平の落ち度である。

後でこっぴどく説教をしてやらなければならない。

なんにしても、中宮の行動に興味を持っている者がいることは確かである。


この笛に呪がかけられていたということは告げないほうがよいだろう。

ようやく姫は自信を取り戻しつつある。


「この笛は、わたしがお預かりしましょう。酒呑童子から主上に献上してほしいと頼まれたはずです」


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