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『あさきゆめみし』  作者: 八神 真哉
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第四十五話  『四天王』

【酒呑童子】


結界を解いていたことを後悔した。


一人、磐座の下で、都の東にある朝日に照らされた山々を眺めながら酒を飲み、笛を吹いていると、山伏姿の四法師――四鬼が押しかけてきたのだ。


こやつらは、恥ずかしげもなく、「四天王」と名乗っている。

鬼は、わしだけで十分――五匹もいればありがたみがない――ということで、角を大きな兜巾で隠し、人のようにふるまっているものの、その悪相は、隠しきれなかった。


熊童子、虎熊童子、星熊童子、金熊童子である。

四天王と名付けたのは道摩だ。

おだてて、体よく働かせようというのだろうが、嘘と見栄で塗り固めたこやつらには過ぎた名だ。


虎熊童子が、わしの手元を見て不快そうに、

「いつもの笛と違うではないか」

と、文句を付けてきた。

こやつらは常にわしを見張り、足元を救おうとしている。


「持ち歩いて傷をつけたくないのでな」

「それは、どこにある?」

熊童子が、何とも底意地の悪い、ねめつけるような目で訊いてきた。


間の悪いやつらだ。

わしは今、酒を飲んでいる。

切らすと頭の中で鳴り始める不快な羽音を消そうとして。


熊童子の表情が瞬時に変わった。

顔をしかめ、額に手をやる。

おこりでも発症したかのように、その手が震えはじめ、続いて膝が落ちた。


たとえ力は簒奪されていようが、こやつらごときが束になって向かってきたところで、わしの敵ではない。


印を解くと、熊童子は岩の上に倒れ、荒い息を吐いた。

腕も脚も震え続けている。

しばらくは動けまい。


残りの三鬼が虚勢を張って睨みつけてきた。

侮っているのだ。

少々痛めつけるのが関の山だろうと。

おまえにできるのは、そこまでだろうと。


主人である道摩に報告すればどうなるか、わかっているのか、とばかりに虎熊が、口泡を飛ばす。

「荒覇吐様から下賜されたものを失くしたというのであれば……」


ふつふつと怒りが湧きあがる。

何が「荒覇吐あらはばき」だ。

あ奴に――道摩に、その名を名乗る資格はない。


何が下賜だ。

わしが何も知らぬと思っているのか。

熱田神宮から盗んできたのであろう。でなければ御所か。


都のあちこちに放っていた式札がもたらした報告をまとめてみれば見当はつく。

いかに、素晴らしい笛であろうが、人の命を奪って手に入れた物を身近に置く気になれようか。


「ならばこそ大事に保管しておるのではないか」

「荒覇覇様を裏切った者が、どのような最期を迎えたか、承知しているのであろうな」

四鬼の腹の虫は収まらぬようだ。


いや、それだけではあるまい。

わしを焚きつけ、道摩と刺し違えさせようとしているのだ。


「報告すればよいではないか。酒呑童子は信用できぬと」

叩きつけるように口にした。

お前たちが道摩に向けて放った式札など、鳥に姿を変えたわしの式札で一枚残らず落としてくれる。


昨夜、こやつらに酒宴を覗かれぬよう結界を張った。

こやつらの力で破れるようなやわな結界ではない。

にもかかわらず破り覗いてきた。

道摩から与えられた呪符の力を借りたのだろう。


そもそも、それは道摩の力ではない。わしのものだ。

四鬼とて、充分承知している。

それでも、かつては、口答え一つしなかった年下の鬼が自分たちを見下している――それだけで許せぬのだ。


わしを縊り殺したくとも、その力の差は大人と赤子ほどもある。

忌々しいを通り越し、憎くてたまらぬのだろう。

虎熊が、かぶっていた兜巾を脱ぎ捨て、足元にたたきつける。


その額、中央から角が現れた。

四鬼どもは皆、角が一本だけである。


「なぜ、あの姫に呪をかけなかった」

昨日、道摩から式札が届いた。逃がさぬようにしておけと。

だが、その後の指示はなかった。


ならばと、都合よく解釈した。

姫君を足止めしている間に目的は達したのだろうと。

そもそも、わしには、あの姫君や男の素性ひとつ知らされなかった。


「面白いことを。お前たちであればできたというか?」

挑発した。

「お前が磐境に誘わねば、われらでやっておったわ」

「おうよ」と、金熊が後押しする。

「しかも、われらが入れぬよう、結界を張っていたではないか」


相変わらず、物の見えない奴らだ。

「忘れておるのではないか。姫君についていた警護の者のことを」

「ふざけるな。あのような若造など指一本でひねりつぶせるわ」


思わず鼻で笑った。

「お前たちにまかせておれば、さぞかし面白い見世物を楽しめたであろうな」

「おのれに力があるからと言って、われらを見くびるではない。しょせん人間ではないか」

顔をゆがめた虎熊が、吐き捨てるように口にする。


目玉を二つも揃えながら何を見ているのだ。

しかも、さらに言い募ろうとするので、袖をめくり、黙って腕を差し出してやった。


四鬼が言葉を失った。

その左手首には、やつが掴んだ指の跡がくっきりと残っている。


星熊が目の前の力岩に目をやって小さく声を上げた。

その星熊の目線を追った皆の表情が一変した。

ようやく気付いたようだ。

「……人ではなかったのか?」


鈍い奴らだ。

黙殺していると、腹立たしげに続けた。

「何者であろうが、呪をかければすむことだ」

金熊の言葉に星熊が頷いた。

「かからぬのよ」

と、答えると、虎熊が声を荒げる。


「呪を返したとでもいうのか? 奴は呪文を唱えるどころか印も結んでおらなんだぞ。魔物か化け物でもなくば、そのような真似は……」

その言葉を遮り、

「……かもしれぬ」

と答えると、四鬼は、いら立ちを一層あらわにした。


信じられないのだろう。

わしとて、信じたくなかった。

いつ切り捨てられるかと日々不安に怯え、絶望の淵に立ち、死と隣り合わせの修行に耐えて来た、そのわしの法力が撥ね返されるなど。

しかも、あのような若造に、だ。


ただ、四鬼には、あえて勘違いされるように嘘をついた。

術をかけたのは義守と言う名に、だ。

「虎熊」にかけたように直接かければかかったであろう。


だが、あえて試さなかった。

義守と呼ばれる男に興味が湧いたからだ。様子を見たかったからだ。


あやつは、わしが結界を張っていた講堂に、こともなげに入ってきた。

八の齢に師に破られて以降、一度たりとも破られたことのなかった、このわしの結界をいとも容易く破ったのだ。

正確に言えば、破られたことに気がつかなかった。


あやつが、ここに入る直前にも結界を張り直した。

にもかかわらずやつは突破した。

このわしの面前で、だ。


愕然とした。

破ったのではない。

抜けたのだ。


――何もせずに、だ。

虎熊の言うように呪文も唱えず、印も結ばなかった。


つまり、あやつは術者ではない。

しかし、何かに護られている。

わしの直感がそれを告げていた。

それが知りたかった。


「報告するがよかろう。酒呑童子は嘘をついている、と」

皮肉を込めた……が、こやつらには伝わるまい。


嘘を常習とする者は、自分を嘘つきだとは思っていない。

おのれの失敗は隠し、他者の行いは不当に報告し、他人がやったことをおのれの手柄とし、できてもいないことを順調に進んでいると報告する。

主人もそれに気がつかない。

偽りの報告の方が心地よいからだ。


何が「荒覇吐」じゃ。

道摩は、神として祀られた(いにしえ)の英雄の名を名乗り始めた。

わが師、弱法師は、さぞかし無念であろう。


わが師は、荒覇吐様を崇拝していた。

どこで見つけたものか、荒覇吐様に関する古文書を目にしたという、その日のことは今でも鮮明に覚えている。

師は、普段口にせぬ酒を手に、誇らしげに話してくれたものだ。


およそ四百年ほど前。

今の帝の祖先である大王(おおきみ)が頂点に立つ大和は、他国に服従を強い、聞かぬとあらば侵略し、勢力を広げ、壱支国の目前に迫っていた。


その大和に対抗し、『王』と名乗ってはどうかと荒覇吐様に側近が提案した。

それを聞いた、荒覇吐様は、

「自分は皆に推された『(おさ)』であり、それを誇りに思っている」

と、一蹴したという。


だが、その荒覇吐様がこの世を去ると、その『長』は世襲となった。


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