第二十二話 『業深きおなご』
【輝夜】
夜着を裏返しにした。
夢の中で恋しい人に会えるというまじないだ。
皆が競うように行っていた。
口には出さなかったが、愚かな者たちよ、と嗤っていた。
まさか、自分が、その愚かなおなごになろうとは思いもしなかった。
先ほど宿直の女房に、その姿を見られてしまった。
ようやく、主上に会いたいと、積極的な気持ちになられたようだと、勘違いされただろう。
入内して六月もしたころ、女房の勧めもあって、文をしたためた。
わが身を、白露に例えて。
だが、出せなかった。
はしたないからだ。
だが、それ以上に傷つくのが怖かったのだ。
それでも帝のお気持ちが変わらなかったら、と。
こたびのまじないは帝に向けてのものではない。
勘違いされることは、誇りが許さないと思っていた。
だが、意外なほど気にならなかった。
義守に会えて以降、夢心地だった。
もう一度会いたかった。
愛想ひとつない男だからこそ、つまらぬお世辞や追従は口にしないだろうと思った。
孤独な男だからこそ、わたしの気持ちをわかってくれるのではないかと思った。
義守に会う理由が欲しかった。
先日の礼がしたかった。
高価なものは受けとるまい。
そうだ、単衣がよい。
あの男の肌に触れる単衣を縫おう。
どのような家柄の、どれだけ大事に育てられた姫であっても裁縫だけは習わされる。それが妻の仕事だからだ。
自分で言うのもおこがましいが、恥ずかしくない腕前である。
どのような生地がよいだろうか。
身分を考えれば平絹であろうが、上等なものでなければ綾でもよかろう。
あの男に似合うのはどのような色目、どのような柄だろうか。
喜んでくれるだろうか。
さっそく宿直の女房を呼び出し、父に単衣を仕立てるので生地を用意するよう伝えた。
文も書かなければならない。
わたしの立場を知らぬ者は、こちらから出向くのが礼儀だと思っているだろう。
だが、相手が神か主上でもなくば、こちらから足を運ぶことなどない。
そもそも、宮中から出るのは容易ではない。
しかも先日の事もある。
わたしが外に出られぬよう、吉平が手をまわしているだろう。
ならば口実を作り、呼び出すほかあるまい。
何が良いかと思案するまでもなかった。
いま、世間を騒がせ、朝廷を悩ませている案件があるではないか。
邪を祓う剣を与え、洛外を闊歩しているという魑魅魍魎を退治させるもよし。
郡や郷、分限者の蔵を襲っているという盗賊どもを一網打尽にするもよし。
むろん従者、あるいは見分者をつけ、それを証明させなければならない。
ならば訴訟にも有利になるはずだ。
武勇に優れた義守には、うってつけの仕事である。
気がつくと、わたしの前で幸せそうに微笑んでいるおなごがいた。
よくよく見れば、鏡に映ったわが姿であった。
背筋が寒くなった。
多くの者を死なせてしまったにもかかわらず、義守を呼び出す口実を見つけ喜んでいるわが身の愚かさ、業の深さに。
先日のわたしの行動が表ざたになれば、父の政敵が失脚をもくろむに違いない。
それを虚言だとする父と、新たな帝を擁立しようとする者たちの間で武力による衝突も起こるだろう。
そうなれば新たに命が失われるのだ。
にもかかわらず、わたしは笑っている。
――すでにわたしは、生きながら鬼となっているのだろうか。